44話 理想の魔法使い
「わたしは、攻撃魔法を諦めきれないんです」
メロは俯いたまま静かに口を開いた。
太陽に向かって伸びる麦の穂先が、そよ風を受けて一斉に波打つ。
「だいたいの魔法使いは、魔術学校で魔法を習うんです。わたしもその一人で、入学当時は十年に一度の逸材と言われたんですよ」
少し照れたように微笑みながらも、淡々とメロは回想を続けた。
「火球を飛ばす魔法も、授業が始まって一日もしないうちに扱えるようになりました。先生もクラスのみんなも、もの凄く褒めてくれて。だけど――」
メロは目を閉じ、力なく首を横に振る。
「それがわたしの限界でした。十日もすればみんなに追い抜かれて、進級しても後輩に追い抜かれて。いつまでも小さな火の玉しか出せないわたしに、学校中の人間が、同情するような目を向けてきましたっけ」
「メロ、お前……」
「あっ! そんな悲しい顔しないでください。ダレスは仲間なんですから、今のは笑うところですよ。まぁ、アシュードはわたしのことをバカにしすぎですけどね」
先程まで憔悴しきっていたのに、一転して屈託のない笑顔を見せるメロ。幼い見た目とは裏腹に、芯が通った心の強さが伝わってくる。
「誰しも向き不向きがあるのは分かってるんです。今まで何度も説教されましたし。わたしは攻撃魔法が使えない、デバフ特化の魔法使い。自分だけじゃ何もできないんです……」
言いながらメロは眉を下げて笑う。
「キサラは自分が戦えないことを申し訳ないと言っていましたが、わたし自身も思うところはあります」
「そんなことないだろう。メロもキサラもパーティには欠かせない」
魔法が使えない俺からすれば、たとえデバフ魔法でも使えるだけで凄いことなんだが。だけど、メロの悩みはもっと深いところにあるように思う。譲れない何かがあるのだろう。
思い出すのは、王都でフレンに言われたサリーを看取れという言葉。絶対に諦めるつもりはなかったのに、あの時の俺は心が折れてフレンの助言を飲み込んだのだ。
けれどメロは、誰に何を言われても攻撃魔法を諦めていない。俺にはできなかったことだ。
アシュードの夢の件もあったし、メロの心の内を知ることは自分の世界を広げることにも繋がると思った。
俺は、メロの真意を探るべく一歩を踏み込む。
「なんでそこまで攻撃魔法にこだわるんだ? 背負ってるものとか、何か込み入った理由があるんだろ? 俺に協力できることがあるなら教えてほしい」
「こだわる理由って……」
メロは頬をポリポリとかきながら俺の顔を覗き込み―― 眩いほどに目を輝かせた。
「そんなの、かっこいいからに決まってるじゃないですか!」
「え?」
疲労の溜まった脚でフラフラと俺に近づきながら、鼻息を荒くしてメロは語る。
「ダレスも読んだことありますよね? おとぎ話や冒険譚に出てくる魔法使いは、みんな攻撃魔法を使います。天高く伸びる火柱、竜を貫く雷、全てを飲み込む激流!」
「お、おう」
俺は両手を前に出しながら少し後ずさる。
「そんな魔法使いに憧れて、わたしは魔術学校の門を叩いたんですから。デバフだけ使う魔法使いなんて、お話に出てきませんからね」
メロが唇をとがらせる。さっきまでのしんみりした表情は何だったんだ。
「そんな理由だったのかよ」
「そんなとはなんですか! わたしにとっては大事なことなんですよ」
眉間にしわを寄せるメロだが、微塵も怖さを感じない。頭をなでてやりたいとすら思う。
「でもな、メロ」
「なんですか? 攻撃魔法のかっこよさが分からないなら、もう話すことはありませんよ」
メロは腕を組んでプイッとそっぽを向いた。ここまで連れて来といて、それはあんまりじゃないか。
「デバフでも魔法が使えるってのはすごいことだと思うよ。誰にでもできることじゃない」
「陰湿魔法使いって言われたことないから、そう思えるんですよ。わたしがどれだけ苦い経験をしてきたか」
それ、アシュード以外にも言ってるやついるんだ……
「いやいや、陰湿なんてとんでもない。俺はかっこいいと思うぞ」
「ほ、ほーう…… わたしの魔法がかっこいいと……?」
平静を装っているつもりかもしれないが、メロの右の頬だけはニヤけている。
「そうだ。ただ、使う魔法に得意不得意があるだけだろ。得意な部分で苦手なところを補えたりしないのか?」
「うーん……」
完全に納得はできないようで、メロは難しい顔をしながら暫し沈黙。
「その辺は追い追い考えることにします」
そして思考することを止めたように胸を張った。
「ですが」
メロは後退りし、両腕を広げてくるりと回る。紺色のローブをばさりとなびかせ、こちらへ向き直った。
「わたしの魔法を肯定してくれたのはダレスが初めてです。少しだけ、自分の見方が変わった気がします」
「それならよかったよ」
僅かながらでも胸の荷が下りたようで、メロは無邪気に笑えるようになっていた。
「ただ、特訓はまだ止めませんよ。燃え盛る業火で魔物を焼き尽くすまでは―― きゃっ」
さっきの喜びの舞を最後に、メロの体力は限界を迎えていたようで。
意気揚々と踏み出した足は、小さな体を支えることなく崩れ落ちていく。
「危ないメロ!」
咄嗟に腕を伸ばし、倒れ込むメロを抱える。が、俺の足にも自分の体と少女を保持する力は残っていなかった。
俺は、メロを押し倒す形で柔らかな草の上に倒れ込んだ。つばの広い帽子が宙に舞い、メロの髪が無造作に広がる。
「すまない、俺はもう限界みたいだ」
絡まる脚に、柔らかい感触が伝わる腹部。顔同士はなんとか腕を地面に着いて接触を免れた。メロの吐息が、優しく頬に触れている。
「限界って…… こんなところでやめてください……」
なぜか赤面してメロは目線をそらす。心なしか、うっとりとした瞳。いやいや、そういう意味じゃ…… あれ?
――ここじゃなかったらいいのか?
メロは期待と若干の恐怖が混ざった視線を俺に戻す。上目遣いの潤んだ瞳。
俺は溜まった唾を静かに飲む。メロは口を噤んだままだ。
風車の回る音が意識から遠のき、お互いの息遣いが鮮明に聞こえるようになる。混じりそうで混じり合わない二人の呼吸音。
周囲に作られた麦の壁が、世界から俺たちを隔離していく。そう認識しかけた時、背後から刺すような視線を感じた。
「そこのお二人さん、一体なーにをしているんですか?」
振り向くと、土手の上から呆れた目で俺たちを見つめるキサラがいた。
「キ、キサラ! これにはわけが―― うわぁ!?」
無理な体勢をとったせいで、支えにしていた腕に力が入らなくなる。
メロは、ギリギリのところで急速に近づく俺の頭部をかわした。土と汗の混ざった匂いが鼻の奥を刺激する。
「わけも何も、休憩ってこういうこと? 明るいうちからお盛んですねー。でも大丈夫! アシュードとフレンには黙っといてあげるから」
「「違うってば!」」
ニヤニヤしながら現場を離れようとするキサラに、俺とメロは身の潔白を訴えかける。
誤解しているキサラを何とか呼び止め、俺とメロは彼女とサリーの手を借りて宿へと向かった。道中の質問攻めに恐怖を覚えながら。




