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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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41話 打ち上げ


「さぁ、今日は飲むよー! 乾杯!」


 元気ハツラツ。キサラの景気の良い音頭が酒場中に響き渡る。それに続いて、パーティメンバーは弾けるような声を上げた。四方から樽のジョッキが衝突し、酒場の喧騒を奏でる一つに加わる。泡立ちながら噴き出る、小麦色の水しぶき。メロは「アシュード強すぎます」と慌てながら手に持つジョッキを水平に保った。


「久々の酒は美味いな! おっ、今日はメロもいくじゃないか」


 アシュードが叩きつけるように、テーブルへとジョッキを置く。そのまま、隣でグビグビと酒を煽るメロに挑発的な視線を送った。


「当たり前ですよ」


 メロは両手で抱えるようにして、ジョッキをそっとテーブルに置いた。飲み口から荒い木目に、一筋の雫がこぼれ落ちていく。中身はもう空だった。


「らって、わたしがトレントを倒したんれすからね」


 得意げに胸を叩くメロ。


「おいメロ、もう酔ってるのか?」


「もう。うるさいれすね、ダレスは。こんらにわたしたちを心配させといて」


 とろけるような目で身を乗り出し、メロは俺の事を指差す。淡い橙色の照明に照らされた頬は、言うまでもなく真っ赤に染まっていた。「本当ですよー」と、俺とメロのやり取りを(さかな)にするように、フレンはジョッキを傾ける。


「そう言ってやるな。今回の件は誰が悪いってことじゃない。今、ここに全員いるんだから良しとしよう」


 アシュードはしみじみと言いながら、フォークで突き刺したソーセージに()じり付いた。

 キサラが「そうだ、そうだ」と調子よく合いの手を入れたが、直ぐ様フレンは、圧のある無言の笑みを振りまく。


 隣に座る俺とキサラは視線を交わし合うと、ジョッキの中身を覗き込むように視線を落とした。


 十五歳の俺だけ、中には水が入っている。酒は十七歳にならないと飲めないからだ。メロでさえ俺より年上だったのは、意外というか複雑な気持ちになったのだが。

 丸く縁取った水面には、俺の曇った顔がぼんやりと映っている。俺はふと、ダンジョンでの出来事を思い返した。

 

 


 地底湖から脱出した俺とキサラは、そう時間の経たないうちにみんなと合流することができた。

 キサラの読み通り、フレンは『ダンジョン内の空間は必ず別の空間に通じている』という性質を理解していたので、俺たちのことを探してくれていたのだ。

 とはいえ、なんとかパーティメンバー全員の無事が確認できた時には、キサラはうるうると涙を流していた。メロも貰い泣きして、キサラと抱き合っていたっけか。


 ダンジョンを出た俺たちは、そのまま村の冒険者ギルドに寄ってクエストの報酬を受け止った。締めて金貨十枚。五等分するので、一人頭金貨二枚となる。


 金貨を握りしめた時、脳裏に浮かんだのは、病に伏せるサリーの姿だった。あの時、この金貨があれば……

 今更そんなことを考えても仕方ないと分かってはいる。だけど、俺は自分を責めずにはいられなかった。


 みんながホクホク顔で金貨を仕舞う中、これに満足しなかったパーティメンバーがいる。キサラだ。


 ギルドからの情報では、ダンジョンのボスはゴーレムと言われる魔物だったのだが、実際に俺たちを待ち構えていたのは、大木の巨人、トレントだった。


 想定外の展開とはいえ、メロの活躍でなんとか討伐に成功したのだが、キサラはこの件を強く指摘。確かに、ダンジョンのボスがどの魔物かというのは、こちらの命に関わる重大な情報だ。間違えましたの一言で軽く済ませてはいけないのだろう。


 ギルドは素直に謝罪し、再発防止に努めることを約束した。そして、ゴーレムよりも格上であるトレントを討伐したということで、俺たちに追加の金貨一枚を支払った。


 そしてこの金貨一枚をどうするか――




「どんどん酒を持ってきてくれ! 姉ちゃん、ここの料理はなかなか美味いな」


 若さ溢れるウェイトレスが、「ありがとうございます」と言いながら、新しいジョッキをドンとテーブルに置く。アシュードは今日五杯目の酒を片手に、いつもよりも大声で笑っていた。


 余った金貨は、パーティメンバー満場一致で打ち上げに使うこととしたのだ。


 テーブルの上には出来立ての料理がずっしりと並んでいる。やや肉っ気が多いせいか、色どりはほぼ茶色だ。しかし、思わずよだれがこぼれそうなほどの香ばしい香りが漂っている。実際に俺の隣に座るサリーは、凍った表情で料理を見つめ、よだれを垂らしている。前ほどドバドバしてるわけではないが……


「わたしたちならどんな魔物でも楽勝よ! あっ、お姉さん。このお肉の串焼き追加ね」


 キサラは頬を赤らめながら、薄くタレの残った串をプラプラと振る。ウェイトレスは空のジョッキを回収しながら、愛嬌の良い返事をした。


「どうしたの、ダレス? 全然食べてないじゃん。具合でも悪いの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど。何となく胃が痛くて」


「何となくってなに? もう! 男の子なのに情けないなー。育ち盛りなんだからもっと食べないと」


「ちょっと、痛いって」


 キサラは嬉しそうにバシバシと俺の背中を叩く。


「確かに、ちょっとお肉が多いですもんね。次はサラダを頼んでもいいですか?」


「フレンまでそんなこと言って。しっかり肉を食いなさい肉を。もしかして…… 二人ともお肉嫌いなの!?」


「そういうわけじゃないんだが……」


「じゃあなんでよ?」


「その…… 料理が来る度に、これは幾らするんだろとか考えてたら腹が膨れてきて」


「はい?」


 キサラは目を丸くしながら俺の顔をじっと見つめる。近い近い。フレンは手のひらを口に当て、くすくすと笑っていた。


「今更だけど、俺は贅沢するのに向いてないらしい」


「これはなかなか重症ね……」


 両手で頭を抱える俺に、キサラは哀れみの視線を向ける。


 そうだよ。別に肉の脂にやられて胸焼けしたのではない。テーブルいっぱいに並んだ料理を前に、体が拒否反応を起こしているのだ。そんな金の使い方をしていいのかと。これも貧民街出身の影響だろう。俺は生粋の貧乏性のようだ。


「でもね、ダレス」


 キサラは諭すように俺を指差し、アシュードへと視線を移す。アシュードはさっき頼んだ酒を空にし、次の一杯を注文していた。


「今日のお会計は、ギルドからの追加の報酬で払うって決めたでしょ」


「ああ」


「ダレスが食べなくても、お金はどんどん無くなってるんだよなー。つまり食べないと損。お姉さーん! サラダもお願いします!」


「っ……!?」


「キサラ。ありがとうございます」


 フレンは重ねた両手を頬に添え、にっこりと両目を細める。

 そうか、盲点だった。というより、店で食事なんてしたことないし、それが誰かとなんて想像したことさえなかった。食べなくてもお金はかかる。

 アシュードの前に並んだジョッキも、キサラが今受け取った串焼きも、みんなで買ったものなんだ。


 俺は両手で頬をパンと叩く。だったら。


「わかったよ。食べるよ」


 俺はスープに浸かった鶏肉をスプーンですくい上げ、勢いよく咀嚼した。ほろほろと繊維が解け、良質な脂が口いっぱいに広がる。


「俺が一番食って、一番得してやるからな!」


「そうだ、ダレス! その意気だ。じゃんじゃん食え」


 アシュードはテーブルをバンバンと叩きながら豪快に笑う。


 キサラとフレンは「食べ盛りの男の子は違うね」と小馬鹿にしながらも、なぜか嬉しそうに俺の事を眺めていた。


「あっつ……!」


 かきこんだスープの熱にやられ、上顎がヒリヒリと不快な痛みを持つ。けれど、俺は手を止めることはなかった。


 孤児院でいた頃も、こうやって急いで食事をしたことがあったっけか。一人分の量は決まっているのに、誰かに取られまいと必死で胃に押し込んでいた。あの時は今よりも生きることに必死だった。


「ダレスには負けませんよ」


 メロが舌足らずな声で言いながら、ぶつ切りにされた肉がたんまり乗ったピザを、ガツガツと頬張った。俺も負けじと、キサラが頼んだ串焼きに手を伸ばす。口の中だけでなく、心の中までも幸福で満たされていくのを感じる。


「ちょっと。そんなに慌てなくてもまだまだあるから」


 キサラとフレンのはしゃぐような笑い声を聞きながら、やはり温かい食事はいいものだと俺は思った。



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