40話 抱えているもの
漂う香ばしい匂いと、油の弾ける音。焚き火が森の暗がりを照らしながら、蓋をした鉄板に熱を通す。
「まだですか、アシュード。もうそろそろいいんじゃないんですか? ねぇ、ねぇ」
「落ち着けメロ、あともう少しだ。我慢してるこの時間が良いスパイスになると思え」
鉄板に熱視線を送り、ピョンピョンと飛び跳ねるメロ。アシュードは火をじっと見つめながら難しい顔をしている。
パーティーの連携確認で討伐したアサルトボアの肉を、俺たちは今晩のメインディッシュにしたのだ。
アシュードの指示で調理が始まり、やっと終盤。分厚い肉塊が焼き上がるのを、俺たちは焚き火を囲んで今か今かと待っている。
夜空に輝く星々も、料理が完成するのを羨ましそうに眺めているようだ。
「それにしてもアシュードが料理できるなんて、なんか意外だったよ」
「料理は男の嗜みだぞ、ダレス。お前も一人前の男なら、これくらいできるようになれ」
アシュードは機嫌よく膝を打つ。そして余った木片を手に取り、燃える木々を器用に動かして火加減を整えた。食材が焼かれる音に、バチバチと小気味良い音が混ざる。
「まぁダレスも、野菜の皮をほとんど身ごと削ぎ落としたそこの二人に比べれば筋は良いがな」
「「すみませんでした……」」
キサラとメロが肩をすくめる。それを見てアシュードは、子どもの粗相を面白がる父親のように笑った。
確かに、二人に渡した芋が半分以下の大きさになって返ってきたときは目を疑ったが。
「普段は俺に任せっきりなのに、見栄張ろうとするからだぞ」
「だって、先輩メンバーとして良いかっこしたいじゃん。なのに、フレンとダレスまで私たちより料理出来るなんて」
「ほんとですよ。少しは先輩を立てることを覚えたほうがいいですね」
キサラとメロは片眉をピクリと上げながら、俺とフレンを睨む。いやいや、俺たちは何も悪くないから、二人が全くできてないだけだから。
「俺が意外だったのはフレンだな。最初は何処ぞのお嬢様かと思っていたが、初めての森で香草と毒のないキノコを採ってきてくれるなんてな。さすがはゴールドランク。旅慣れしてるってもんだ」
「いえいえ、私なんて大した事ないですよ」
フレンは謙遜しながらも、嬉しそうに笑ってみせた。
「はいはい! 私だって魔物が寄り付きにくいこの場所を見つけました。フレンだけじゃなくて、私のことも褒める必要があると思います」
キサラは手を挙げ、アシュードに訴えかけるような眼差しを向ける。
「そうだなキサラ。安全に野宿できるのはお前のおかげだ。ありがとよ」
「もー。当たり前のことしただけなのに」
キサラはモジモジしながら、照れたのを隠そうとしている。
「でもなんでここが安全ってキサラはわかったんだ?」
俺が首を傾けると、「そういえば話してなかったか」とキサラはポンと手を打つ。
「私は地導師なの。簡単に言うとパーティの水先案内人ね。周りの空気や痕跡を読み取って、魔物がこない場所がわかるの」
「それは凄いな」
「ただの優秀なリーダーというわけじゃないのだよ」
キサラはふふんと鼻を鳴らしながらも、「……戦闘はできないんだけどね」と申し訳なさそうに付け足した。
「わ、わたしだって!」
メロも負けじと声を大にする。しかし、何も言えることが思いつかないようで、歯を食いしばりながらだんだん涙目になっていった。
「メロもね…… そう! デバフ。デバフが凄かったから」
「デバフですか……」
なんとかフレンが助け舟を出したものの、メロの表情はさらに曇っていく。
「そうです…… 私にはデバフしかないんでした。ははっ…… じゃあこのお肉の防御力を下げて、もっとおいしくとろけるような味に……」
杖を拾うとメロはフラフラと焚き火に近づいていく。
「バカっ! ちょっとやめなさい!」
「離してくださいキサラ。私にはこれしかできないんです」
「お肉にデバフかけて、水に浸したパンみたいな食感になったらどうするの。ちょっと、ダレスとフレンも座ってないで手伝って」
キサラに羽交い締めにされるメロ。俺はフレンと視線を交わし、互いに苦い笑みを浮かべて立ち上がる。メロには悪いが、デバフを使うのは敵だけにしてもらおう。
「よし! お前ら!」
アシュードの声に、もみくちゃになっていたキサラとメロがピタリと止まる。
「完成だ。蓋を開けるこの瞬間も、料理の楽しみの一つだぜ」
アシュードはみんなを見回すと、勢いよく蓋を持ち上げる。渦を巻きながら広がる湯気と爽やかな香草の匂い。
俺たちは出来上がった料理を覗き込み、口に溜まった唾を呑み込む。
鉄板の中央に置かれているのは、こんがり焼き色のついたアサルトボアの肉。それを囲むように、蒸し焼きになった赤と黄色の根菜と、きのこがびっしり敷き詰められている。
「さぁ、できたぞ。メロ、肉を切り分けてくれるか?」
「わかりました!」
メロは杖を放り出し、アシュードと料理を取り分ける。底の深い木皿によそうと、それを一人ずつ配った。
「とっても美味しいです」
フレンがフォークで崩した肉を咀嚼する。「アシュードの料理は最高なんだから」とキサラが得意げに言った。
「俺だけじゃない、全員で作ったんだ」
アシュードは、楽しそうに食事をするパーティーメンバーを微笑ましそうに眺めている。
静かな森に、陽気な声が広がっていく。
こんなに賑やかな食事ができたことって、今までどれくらいあっただろう。俺は話の輪に入りながらも、自分がこの場にいることの違和感を胸に抱えていた。本当はここに居てはいけないような、漠然としたものを。
そんな感情を拭うように、俺はフォークで刺した一枚肉に豪快にかぶりついた。
「美味いよアシュード。店を開いてもやっていけそうだ」
誉め言葉のつもりで言ったのだが、キサラとメロは口を結んでなぜか気まずそうに目を伏せる。
「おいおい二人とも、そんな顔するな。飯がマズくなるだろ」
アシュードは俺の言葉を気にせずスカッと笑うが、キサラとメロの表情は変わらず暗いままだ。
「すまない、何か変なこと言ったか?」
「そんなことはない、嬉しいさ。それに、店を出すってのは俺の夢でもある」
アシュードは食事の手を止め言葉を紡ぐ。
「ただ、俺の生まれと境遇に色々とあるもんでな。誰しも抱えているものはあるだろうに、この二人は必要以上に俺の心配をする」
煮え切らない様子で、キサラとメロは自身の器をじっと見つめていた。
そんな二人を見て、アシュードは頭をかきながら大きくため息をつく。
「このままじゃ楽しく食事を再開ってわけにもいかねぇだろうし、口直しに俺の英雄譚でも聞いてくれるか」
アシュードは取り繕ったように明るい口調で言う。俺とフレンは無言でゆっくりと首を縦に振った。
「ったく、今のは笑うところだぜ」
「茶化さなくていいですよ」
フレンは胸の前に手を当て優しい声色で告げた。
「私も知りたいです、アシュードのこと。その…… 仲間なんですから」
一瞬目を丸くしたアシュードであったが、また大きな口を開けて笑い出す。
「フレンには敵わねぇな」
「俺もアシュードのこと教えてほしいよ」
「そこまで言われたら、話さないわけにはいかないか。俺の故郷の話を」
アシュードは柔らかい眼差しで焚き火を見つめる。
役目を終えて徐々に小さくなる火が、俺たちを幻想的に照らしていた。




