39話 冒険者たち
予定より遅れて王都を出発した俺たちは、少し進んだ森に潜む魔物を相手にパーティーの連携を確かめていた。
「すごいじゃない、サリーちゃん! アサルトボアをこんなにあっさり倒すなんて。やっぱり私の目に狂いはなかったね」
太陽を眩く反射する大剣を振り回すサリー。キサラはその勇姿に見惚れながら感嘆の声を漏らす。
サリーは自分の体ほどの大きな剣で、自分より大きな猪の魔物を次々になぎ倒していく。
「サリーちゃんのどこにあんな力が―― うわぁ!? こっち見ないでください!」
一頭のアサルトボアがメロを睨みながら、突進の前準備をするように前足で地面をこする。
紺色のローブをなびかせながら、メロはアシュードのもとへと駆け出した。
「なんだメロ。新入りの前で情けない」
「だ、だって…… しょうがないじゃ…… ないですか」
メロは息を切らしながら涙目になって大きな背に隠れる。その様子をアシュードは鼻で笑った。
アシュードは木目の粗い大きな木の盾を背負っている。あれではまるで亀だな。
ズドン。メロに睨みを利かせていたアサルトボアの頭部に、サリーは飛びかかって強烈な一撃を放った。
「ダレス。しっかり武器代分は働いてくれそうだな」
「あぁ、ま、任せてくれ」
胸をチクリと刺すアシュードの言葉に、俺は顔を強張らせながらも親指を立てる。
王都を出発する前。キサラの「サリーちゃんの武器はどこにあるの?」という質問に俺は返事を濁してしまった。
共同墓地でサリーをネクロマンスした時、本人に合った武器を具現化することにも成功している。だから、厳密に言えばキサラの問いに対して「武器はいつでも出せる」というのが嘘偽りない答えなのだが、ネクロマンサーとしての片鱗を見せる訳にもいかず。
武器は前回の戦闘で破損して、今は買う資金もないと嘘をついた。
そんな俺を見兼ねて皆は資金を持ち寄り、共同でサリーの武器を購入することになったのだ。
このパーティーではサリーが唯一の攻撃担当だ。それを承知しているパーティーメンバーは、嫌がることなくサリーのため、もとい、自分の身を守るためにお金を出してくれた。
「ダレスー、もっとキビキビやってよ」
キサラのジロリとした視線を感じる。「わかってるよ」と、俺は指先を柔らかく動かしサリーを操作した。
この一件で、パーティー内での俺の立場は最底辺になった。
「確かに素晴らしい攻撃ですけど…… これじゃあパーティーの連携を確かめられませんね」
フレンは苦笑いしながら、抱くように杖を握りしめる。杖先に結びつけられた装飾品が、風に煽られ神秘的な音を鳴らした。
「いっけない、そうだった」
キサラが手の平で口元を覆う。
敵わないことを悟ったのか、一頭のアサルトボアが情けなくお尻を揺らして森の奥へと逃げていく。
「アシュード、あれ! あれ!」
必死に駆ける獣の後ろ姿をキサラが指差した。
「よしきた!」
アシュードは不敵に笑い、担いでいた木の盾を構える。筋骨隆々の大きな体が、すっぽりと盾に隠れてしまった。
「あいつを追いかけるのか? さすがにそれは無茶だろ」
「まぁ、見ときなさいって」
キサラは得意げにニッと笑う。この間にも、アサルトボアは土煙を上げながら戦場からの離脱を図っていた。
小さくなる巨体を見つめ、アシュードは息を吸い込んで口を開く。
「俺を見ろ!」
アシュードの咆哮とも言える叫びが森一帯に広がる。
逃げるように小鳥が飛び立ったかと思うと、アサルトボアは急ブレーキをかけて反転した。
「まじかよ……」
「びっくりしたでしょダレス。あれが敵の注意を引くアシュードのスキルだよ」
キサラが解説する中、規格外の頭部と二対の牙を揺らし、アサルトボアが戻ってくる。一度戦闘を諦めた目には野生の火が戻り、アシュードだけを一点に捉えていた。
「さぁ! かかってこい!」
ドンと、アシュードの盾にアサルトボアは突っ込んだ。耳を覆いたくなるほどの衝突音が広がる。その衝撃波を受けたかのように、辺りの木々が静かに揺れた。
「そんなに勢いよく突っ込んだら、綺麗な顔に傷がついちまうぜ」
余裕を見せつけるような発言だが、アシュードの表情は険しい。アサルトボアの突進を止めることには成功したが、全体重を乗せてもジリジリとアシュードは押されている。地面をえぐりながら、真っすぐ二本の轍が伸びていく。
「おい、メロ! まだビビってんのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
アシュードの言葉に表情を引き締めたメロは、アサルトボアに向けて杖をかざす。
「ウィールス・パワー!」
杖にはめ込まれた紫色の宝石が光を放ち、アサルトボアは赤い膜に包まれたのだが…… すぐに膜は無くなった。相手に変化は見受けられない。
「やるじゃないかメロ。まるで子猫が飛びかかってきたようだ」
アシュードは両手で構えていた盾を左手だけで握り、涼しい顔で額の汗を拭う。さっきまで押されていたはずなのに、片手でアサルトボアを止めているのだ。
さっきのがメロのデバフ魔法ってやつか。
「ダメージはほとんど無さそうですけど、連携の確認ですもんね」
フレンは神妙な顔で一つ咳払いし、アシュードに向けて手をかざす。
「ヒーリング」
緑の温かな光がアシュードを包んだ。
「おおっ! 手の痛みが消えてく。ありがとうなフレン」
「いえいえ、お互いに役割を果たしているだけですよ」
手の感触を確かめるようにアシュードは右手で拳を作る。アサルトボアはうめき声を上げながら盾に食らいついているが、もうアシュードの眼中にはないようだ。
まさに、だだっ子が大人にあしらわれているような姿で、哀れにすら思えてくる。
「最後はダレスの番ですよ」
「そうだったな」
ニコッとあざとく微笑むフレンを見て我を取り戻す。冒険者たちの連携につい見惚れてしまっていた。
俺は両手をサリーに向け、指先と手首を繊細に動かす。人形を操るように。
サリーは両手で握った大剣の剣先を地面に擦らせながら、アシュードの背に向かって駆けていく。
距離を詰めたところで大きく跳躍。重量感のあるスカートがバサリと広がる。
長身のアシュードを軽々と飛び越え、盾に釘付けになっているアサルトボア目掛けて剣を振り下ろした。
アサルトボアは縦に二つに裂かれ、動かなくなる。サリーは討ち取った敵を背に、無表情でピースサインを掲げた。
「完璧ね、これなら大抵の魔物はなんとかなるでしょ。私の作戦通り!」
「もう、キサラはほんと変わりませんね」
サリーに応えるようにピースサインを返すキサラ。
その様子を見て、メロはヤレヤレといった具合で両手を広げる。
冒険者の仲間入りをし、俺は、俺たちは簡単に魔物を倒すことができた。
血の匂いの混ざる風が、俺の長い前髪をさらう。
子どもの時に聞いた冒険譚、その登場人物になれたようで。
今だけはネクロマンサーとして危うい自分の立場を忘れて、得も言えぬ高揚感に浸っていた。
視界には横たわる数頭のアサルトボア。コイツらだけで、どのくらいの価値があるのだろう。
俺とサリーでお金を稼ぎ、リゼと三人で暮らす。
ずっと思い描いていた夢に近づけたような気がした。




