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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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33話 特訓します


「やっと着いたよー!」


 キサラはパーティの列から飛び出し、大きく伸びをした後くるりと向き直る。


 やっとの思いでたどり着いた、のどかな農村。その入り口。


 丘を石垣で舗装した街並みにぽつぽつと民家が立ち並び、村の外れには大きな風車が数台、朝の陽光を受けながらゆっくりと羽を回している。


 王都の北部、ルナール湖を目指して早四日。疲労困憊(こんぱい)の俺たちは、土と牧草の匂いが漂うこの村で休息を取ることにしたのだ。


「今日はやっとベッドで寝れる……」


 俺は肩の力を抜くように大きく息を吐きだす。クエストをこなしながらの旅がここまでのものだとは…… 腰が、全身が、もうぼろぼろだ。


「ダレスってば、ほんと体力ないんですから。もっと私たちを見習ってください」


「そう言ってやるなメロ、今回は結構きつかったぞ。それに、野宿に慣れるまでは誰だってこんなもんだ。」


 アシュードが笑いながらドスン、ドスンと俺の肩を叩く。膝から崩れ落ちそうになるのを俺は必死にこらえた。


「それじゃあ、冒険者ギルドの支部に行ってクエストの報告しとくね。そのあと、全員分の宿を取っておくから。では、解散!」


 魔物から取れた素材でパンパンになったリュックを背負い、キサラは勢いよく走り出そうとする。


「ちょ、ちょっと待って! キサラだけで行くのか?」


 呼び止める俺の声に驚くキサラ。無理に止まろうとして転びそうになったのを、ステップを踏んでなんとか体勢を保つ。


「そうだぞキサラ。その荷物も、お前が無理言うから仕方なく持たせてるんだ。ここからは俺が運ぶ」


「えー、でも、わたし戦闘で役に立てないし、みんな疲れてるだろうから……」


 嫌がるキサラから、アシュードは無理やりリュックをかっさらった。


「そんな。キサラの道案内があったから、安全にこの村へたどり着いたんだろ? 役に立ってないなんて言うなよ」


「ダレスの言う通りですよ、キサラ」


「うぅぅ…… フレンー」


 鼻水をすすりながらキサラはフレンに抱きついた。

 フレンはまるで天使のように微笑みながら、キサラの頭をそっとなでる。


「えっ…… サリーちゃんまで」


 涙目になっているキサラの視線の先に目を向ける。そこには、キサラを鼓舞するように力強く親指を立てるサリーがいた。

 

「サリーちゃーん―― うげぇ」


 フレンの優しさに味を占めたようで、サリーにも同じように抱擁(ほうよう)を交わそうとするキサラ。たが、サリーは腕を突き出し、キサラの額を抑えてそれを拒んだ。


「サリーちゃん! 私ならいいですよね? あれれ…… 前が見えません」


 キサラに続いてフレンも、姿勢を落としてサリーに這い寄る。が、サリーはもう一方の腕でフレンの額を抑え、これを制圧。少女に抑えつけられる変態二人。なんだこの光景。


 サリーはむやみに触られるのは苦手らしい。ていうより人形の設定なんだから、今のも俺が操作してることになってるんだよな…… そういうところもちゃんとわかってくれているのか、サリー。


「悪いがその辺にしてやってくれ」


「ダレスには、もっとサービス精神を身につけてほしいところだよ」


 完全にすねてしまったキサラの肩に、アシュードが手を置く。


「それじゃあ、俺とキサラでクエストの報告に行ってくるから、宿の手配はフレンに任せていいか? ゴールドランクの冒険者なら慣れたもんだろ?」


「はい、任されました」


 フレンはあざとかわいく首を傾げて、ニコッと微笑む。


「私もフレンについて行きますよ」


 ビシッと手を挙げるメロであったが、アシュードは顎髭を触りながら眉端を下げる。

 

「メロよ。さっきダレスには強がっていたが、お前も足が限界なのはバレバレだぞ」


「えい」


「うぎゃっ」


 キサラはメロの背後にすっと回り込み、膝裏に向け、つややかな膝頭をぶつけた。

 成す術なく膝から崩れ落ちるメロ。


「ごめん、大丈夫だった?」


「もぉー、急になんですかキサラ」


 メロは眉をしかめながら、差し出されたキサラの手を掴む。そのまま腕の力を頼りに立ち上がろうとするが、思ったように足の踏ん張りが利いていない。それを見兼ねてか、アシュードはメロの背中を掴み、持ち上げるようにして起立させた。


「今のでわかっただろ。お前も早めに休んだほうがいい。ダレスと一緒にな」


「――わかりましたよ」


 ボソっと声を漏らすメロ。帽子のツバを掴んで表情を隠しているが、ショックを受けたことを感じ取るのは容易だった。


「じゃあ行ってくるね」


「また後でお会いしましょう」


 キサラ、アシュード、フレンの三人は村の門をくぐり、それぞれ目的の場所へと向かっていく。

 残されたのは、体力の限界が近い俺とメロ。サリーは、ぼーっと風車を眺めている。


「とりあえずどっかで休憩するか、二人で」


「何か言い方がやらしいですよ」


「違うわ! 何勘違いしてるんだよ」


 メロは控えめな胸もとを腕で覆い、隠すように身を背ける。怪訝な目を向けてくるが、俺に一切落ち度はない…… はずだ。側にサリーもいるのだから、そういう反応は控えてほしい。


「休んだほうがいいなんて言われて、ダレスは悔しくないんですか?」


 瞳を潤ませ、いつになく真剣な声色でメロが言う。急な落差に、俺は上がりかけた口角を意識的に抑えた。


「悔しいって気持ちが無いわけじゃないけど、さっきのはメロを気遣ってのことだろ?」


「それはわかっていますけど……」


 少し旅をして気づいたが、メロには強情なところがある。休むように言っても本人が聞かないから、キサラとアシュードは、メロの疲労度をみんなの前で(あらわ)にしたのだろう。

 上手く立てないところを見られてしまっては、メロも強がりを言わずに引き下がるしかない。


「ですが、このまま簡単に引き下がるわたしではありません」


 メロは親指で弾くように目尻をぬぐう。


「というと?」


「ダレス!」


「はい……!」


 思わず背筋が伸びてしまった俺を見て、メロは何か企んでいるかのように、くくくと笑う。


「少しでも悔しいという気持ちがあるのなら、私の特訓に付き合ってください!」


「はい?」


 特訓するの? えっ、今から……?



◇◇


 歩き詰めでボロボロになった足を無理やり動かし、俺たちはなんとか、風車に囲まれた村の外れまでたどり着いた。目の前には金色の麦畑が広がっている。


 この状態で特訓って…… 走り込みなんかしたら命が危ういぞ。前を歩いていたメロもフラフラだったし、早くもパーティ崩壊の危機かもしれない。


 元気なのはサリーだけで、相も変わらず風車に夢中だ。村の入り口からはかなり小さく見えたのに、ここまで近づくと見上げるほどに大きい。ゴォーッと迫力満点で羽を回す姿に、サリーは心なしかさっきよりも楽しそうに見える。


「では早速始めますか」


 気合を入れるように、ぎゅっと拳を作るメロ。俺はゴクリと唾を飲む。


「ダレス、まずは石を集めてください。手のひらぐらいの大きさのやつを」


「おう」


 言われるままに、俺は周囲に散らばっている石を集める。


「その石を地面に重ねてください―― ええっと、草が生えていないところがいいですね」


 かがむ度に鈍痛が走る腰を抑え、踏みならされて雑草のない地面に石を重ねる。あっという間に、子どもが遊びで作りそうな大きさの、小さな石の山が完成した。


「で? これをどう使うんだ? 飛んで足でも鍛えるのか?」


「まさか。そんな力残ってるわけないですよ」


「だよな……」


 その言葉に俺は胸を撫で下ろす。でも、本当に何に使うんだ?


「ダレスは少し離れておいてください」


「わかった」


 言いながらメロは、開いた右手を石山に向けた。距離は大股の歩幅で三歩分くらいか。

 メロは視線を石山に固定し、深く息を吸い込んで口を開く。


「ファイヤーボール!」


 力強く発すると、メロのかざした手の前に石ころ程の火の玉が現れた。片目を軽くつむり狙いを定めると、ゆっくりと石山に向かって飛んでいく。

 火の玉は真っすぐ標的に命中すると、ボッと外気に溶け込むように消え去った。石山はそのままの形で残っているが、これって……


「すごいじゃないかメロ。これって攻撃魔法だよな? 確か、使えないって言ってたんじゃ」


「その言葉は魔術師にとって皮肉でしかないですよ」


 興奮する俺とは違い、メロは遠い目で空を見上げた。


「今の魔法は、魔術師が習う攻撃魔法でも基礎の基礎なんです。こんなんじゃ話にならないんです」


 メロはまた石山に向かって手をかざし、詠唱を繰り返す。かよわい手から放たれる、手よりも小さな火の玉。ぶつかっては消え、ぶつかっては消え。だけれど、石山は崩れるどころか火の跡すら残らない。


「メロ……」


 それでもメロは詠唱を続ける。ただひたすらに、闇雲に。辛そうに歯を食いしばりながらも、メロは攻撃魔法を止めることはなかった。

 だが、魔力も無尽蔵ではない。限界が近いのか、生成する火の玉は次第に小さくなっていく。


「ファイヤーボール!!」


 震える右腕を抑えながら、メロは必死に叫ぶ。

 けれど、火の玉はもう現れない―― 


「メロ! もういいって」


 鈍く重たい風車の羽音が響くと、俺の声に乗るように一陣の風が吹いた。積み上げられた石山は、風に煽られあっさりと崩れ落ちる。

 メロは散り散りになった石を見つめた後、表情を隠すように大きな帽子を深く被り直した。


「これがわたしの実力なんですよ。攻撃魔法を使うよりも、この杖で殴った方がダメージありそうでしょ」


 背中の杖をパンパンと叩きながら、嗜虐(しぎゃく)的にメロは笑う。


「そんな風に言わなくても。お前には、デバフ魔法があるんだから……」


「ダレスもみんなと同じことを言うんですね」


 酷く突き放すような一言に、俺は次の言葉が出なくなる。帽子で瞳の隠れた横顔を、一滴の雫が伝っていった。


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