32話 再会
「この時間は大変混み合っておりまーす! 順番にお呼びしますので、今しばらくお待ち下さーい!」
受付の女性が手を高く上げる。その快活な声は、喧騒に包まれる冒険者ギルドの中でもよく響いた。
俺はきょろきょろと視線を巡らす。
鎧兜の老人に、剣を下げた若い男女。ギルドは様々な装いの冒険者でごった返していた。
とりあえず、受付の人に仕事を紹介してもらえばいいのだろうか?
右も左もわからず思案していたところ、品のある声が俺を呼び止める。
「もしかして、ダレス? ダレスじゃないの!」
声のする方を向くと、人混みをかき分ける大きな女性の姿があった。
「ローラじゃないか! 久しぶりだな」
命の恩人との再会に、自然と自分の口角が持ち上がる。
ローラは俺と同じ貧民街出身で、共に鉱山で働いていた仲間だ。ガインの死に激高し、貴族に歯向かおうとした俺のことを、彼女は身を挺して引き留めてくれた。
ローラは姿勢を低くし、俺の瞳をのぞき込む。
「ガインのこと、まだ引きずってるんじゃないかって心配していたんだけど、その様子なら大丈夫そうね」
ローラは優しく頬を緩め、安心したような表情をみせる。
「あぁ、しおらしくしてるとガインに笑われそうだしな」
「それもそうね」
俺がニッと笑うと、ローラも釣られるように声を出して笑う。
「それで、なんでこんなところにいるんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。私、冒険者になったのよ」
ローラは自分の胸をドンッと叩く。その手には、拳を保護するように包帯が何重にも巻かれていた。
「この間の稼ぎでやっと冒険者の登録料が払えるようになってね。今は武闘家としてクエストをこなしてるんだよ。まだ見習いだから、本格的な戦闘経験はないんだけど」
ローラは深く腰を落とし、拳を俺の顔に向けた。形だけとは分かっていたものの、その迫力に俺は思わず顔を手で覆って後ずさる。俺の姿をからかうようにローラは笑った。
そういえば、あの時広場でガドックが武闘家のスキルを使っていると見抜いたのはローラだったか。その頃から武闘家の心得があったとは。
「冒険者はいいわよ。ここにいる人たちは、性別や身分、出身がどこかなんかで人を差別することはない。実力だけがここでの正義」
真剣な眼差しで、ローラはゆっくりと冒険者たちを見回す。『出身』という言葉に力強さを感じたのは、俺の気のせいではないだろう。
だがそうなると、俺がさっきギルドの前で舌打ちされたのはなぜだ?
「そう言うダレスはなんでここにいるの? あれ? あなたの後ろで立っている子って、もしかしてサリー……」
「あぁー! ロ、ローラ、この続きは向こうで話そうか」
「えっ、なに? わかったから、そんなに引っ張らないでよ」
俺は慌ててローラの手を引き、人けのない隅の方へと急ぐ。
「で、どうしたの? 急に血相変えて」
ローラは心配そうに眉尻を垂らす。
俺は話せる範囲で、これまでの経緯をローラに伝えた。
「そう…… サリーちゃんは亡くなって、ダレスは人形師として冒険者に…… この子はただの人形――」
ローラは口を軽く手で覆い、ぼそぼそと呟く。サリーは凍ったような瞳で、ローラを見つめていた。
嘘の混じった内容ではあるが、ここ数日の出来事を改めて思い返すと未だに信じ難いものがある。
全てを話せないことに罪悪感を覚えつつも、俺はローラからの反応を待った。
「――ダレス、大変だったでしょ。よく頑張ったわね」
何かを見透かしたような目でありながらも、彼女の表情は優しさで満ち溢れていた。
「どうってことないよ。だって俺は、冒険者だぜ」
「そうだったわね」
俺が拳を突き出すと、ローラは華やかに笑いながら応える。軽く触れ合う二つの拳。
「それと、あんたの師匠って人にしっかり感謝しなさいよ。冒険者ギルドの登録料は安くないんだから」
「ああ、もちろんだよ」
ローラは腕を組んでピクリと片眉を上げた。俺は思わず苦い笑みを浮かべる。
冒険者になるために、ローラは必死で稼いだんだもんな。同じ故郷の仲間とはいえ、俺が人の金で冒険者登録したというのは、あまり気持ちの良い話ではなかったのかもしれない。ナターシャにはちゃんと感謝を伝えておこう。
「これ以上は聞かないわ。いつか一緒にパーティを組んでクエストに臨むこともあるだろうし。また、その時に語り合いましょう」
「すまん、パーティって何なんだ?」
「何って、研修受けたでしょ」
「研修? そんなの聞いてないぞ」
「あなたね……」
俺が首をひねると、ローラは眉間に手を添えて呆れたようにため息をついた。
「まぁ、受付嬢からしっかり話を聞いて頑張んなさい。私もまだ冒険者になったばかりだから、偉そうなこと言えないけど」
「ありがとうローラ」
「それじゃあ、もう行くわね。これからクエストなの」
ローラはサリーの前に立ち、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「ダレスをよろしくね」
サリーの頭を優しくローラがなでる。サリーは彼女の大きな手を、抵抗することなく受け入れていた。
立ち上がると、ローラはギルドの出口へと向かっていく。だが数歩進んだところで、何かを思い出したかのように振り返った。
「ダレス、仲間を作りなさい。そして、その仲間と色んな場所を見てきなさい」
力強いローラの眼差しに、俺は目を奪われる。
「あなたが考えているより、この世界は悪いものじゃないわ」
ローラは軽く微笑んだあと、人混みをかき分け外へと出て行く。俺は口をぎゅっとつぐんだまま、何も言葉を返すことができなかった。
年上の彼女は、俺なんかよりも長く、辛くて苦しい時間を過ごしてきたはずだ。
そんなローラが「この世界は悪いものじゃない」と言う。
母さんにガイン、サリーの命を簡単に奪っていったこの世界を。命の価値を平等に扱わないこの世界を。
貧民街出身者として、冒険者として。俺の先を歩くローラには、何が見えているのだろうか。
甘ったれているとさえ感じたローラの言葉を否定しなかったのは、きっと俺も、その景色を見てみたいと思ったからなんだろう。




