31話 冒険者の朝
真新しい黒のローブに袖を通し、ナターシャから貰ったリュックを背負う。中には水や食料、毛布にナイフなど、王都の外で生きていくのに最低限の荷物が入っている。
「今日だけね」とナターシャが用意してくれたベッドで夜を明かし、俺は冒険者としての朝を迎えた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
早朝の澄んだ陽光が、道を作るように咲き誇る花壇の花へと降り注ぐ。俺は屋敷の玄関を出ると、見送りに来てくれたリゼに手を振った。
「頑張ってね、お兄ちゃん…… お姉ちゃん……」
眠たい目をこすりながら、メイド姿のリゼは手を振り返す。俺の隣で、サリーも無表情のまま手を振った。
「リゼも屋敷の仕事、頑張るんだぞ」
「うん、頑張る……」
言いながら、リゼは胸の前で小さく拳を握る。
「頑張ってね、お兄ちゃん」
「まさかお前まで見送りにくるとは思わなかったよ……」
大きくあくびするリゼの隣。俺が怪訝そうに両目を細めたその先に、ナターシャがいる。
「一つ、あなたに伝え忘れたことがあってね」
「なんだよ?」
「昨日、冒険者証を渡したでしょ」
ナターシャが顎で俺のリュックを差す。俺は眉尻を下げながらも、中から手の平ほどの大きさの銀色のプレートを取り出した。太陽の反射が目に入り、俺は咄嗟に顔を背ける。
「冒険者の登録には、名前の他に職業を記入しないといけないの」
「戦士とか、魔法使いみたいなことか?」
「そうよ。名前の裏面にあなたのも書いてあるわ」
手に持つプレートをくるりと反転させる。そこに刻まれていた文字に、俺は首を傾げた。
「人形師?」
「そう、あなたは人形師で登録してある。前にも言ったけど、ネクロマンサーを名乗ってはだめよ。よく思わない連中が多いからね」
「それはわかっているが、人形師って人形を操って劇をしたり、戦ったりする人のことだろ。俺はそんなことできないし、そもそもどこに人形が」
「隣にいるじゃない、かわいいお人形さんが」
ナターシャがニタリと笑いながら、指を差した。その指先をなぞり、俺はサリーに目をやる。
幼さの残る出で立ちに変化のない表情。フリフリのドレスを着た姿は、確かに人形といわれても違和感はない。
「本気で言ってるのか?」
「いたって本気よ、戦い方もネクロマンサーとよく似ているわ」
「でも――」
「じゃあ、頑張ってね」
俺の訴えを無視し、ナターシャは後ろ手に手を振りながら屋敷の中へと入っていく。「じゃあね……」とリゼもそろそろと、ナターシャに続いた。
言いたいことは山ほどあるが、ナターシャがまともに対応してくれるとは思えない。
「やるしかないか……」
息を吐いて呟きながら、俺はサリーの頭を優しくなでた。
♢♢♢
ここで、合ってるよな?
俺は、王都の冒険者ギルドの前でサリーと二人、無様にも固まっていた。
分かりやすい看板まであるのに、場所を間違えていないか何度も読み直したり、もじもじして時間を無駄に潰している。貧民街以外の場所はどうも緊張してしまうのだ。
俺だけでなく、貧民街出身者はみな同じ劣等感を抱えていることだろう。
近くには街の外を繋ぐ大きな門があり、検問を終えた人々が次々に流れ込んでくる。
その中でも一際目立っていたのが、剣や槍を背負い、鎧兜で武装した三人組。その一人が冒険者証を荷袋に入れたのを確認すると、俺は注意深く彼らの観察を始める。
「とりあえずクエストを受けてから休もう」
先頭を歩く剣を背負った若い男が、振り返りながら口を開く。若いとはいえ俺よりは年上だろうが。
身にまとう質素な鎧には汚れやサビが目立っているが、へこみや傷といった戦闘の跡は何故か見当たらなかった。
「先に飯にしようぜ」
「俺も腹減ったぞー」
槍を背負う長髪の男と、大柄な男が気だるそうに話す。先頭の男がそれをなだめ、後ろの二人もしぶしぶ冒険者ギルドへと向かってくる。長髪の男が背負う槍の矛先には、刃を隠すように布が巻かれていた。
俺は道を譲って、目を合わせないようにして三人の様子を窺う。
俺の前を横切ると、槍の男だけが冒険者ギルドの扉の前で立ち止まった。そして、何かを思い出したようにこちらへ振り返る。
「ちっ……!」
俺の顔をキッと睨み、あからさまな舌打ち。まさか、この数秒で俺が貧民街出身って気づいたのか? これが、冒険者…… いや、そんなわけないか。
先に行く二人に続き、槍の男は中へと入っていく。
少し驚きはしたが、その後に遅れてやってきた馴染みのある感覚が、俺の頭の中を支配する。
結局みんな一緒じゃないか。
子どもの頃に憧れた冒険者も、元をたどればただの人間だ。元をというより、人間が冒険者の皮を被っているだけか。
俺が貧民街出身ってことに気づかなくても、気に入らない奴、自分より劣っている奴は平然と見下す。
やはり、この世界はそんな連中ばかりのようだ。
扉の前で二の足を踏んでいた体が、すっと軽くなる。不安が消えたわけじゃないが、どこか踏ん切りがついたような、諦めたような感じ。
俺はサリーの手を引き、冒険者ギルドの扉を開く。血の通わないサリーの手が、なぜか冷たいとは感じなかった。




