30話 楽しいお茶会2
ナターシャは真っ白なカップをテーブルに置く。焼き菓子の甘い香りが漂う中、彼女は静かに口を開いた。
「分かりやすく一から話すわ。ここ、モルジス王国は元々弱くて貧しい国だったの。……貧しいのは今も変わらないけど、昔はもっと酷かったそうよ。生きていくのがやっとの生活。あなたならわかるでしょ?」
俺は唇を引き結び、首を縦に振る。
「貧しい国で強い戦士や魔法使いなんて育てることはできないから、諸外国からの侵略に脅える日々が続いていてね。そんな中、私たちと同じネクロマンサーの素質を持った人間が現れだした」
「俺たちと同じ…… 死への理解が深い人間しか、ネクロマンサーになれないんだよな? それって……」
目を見開いて問いかけると、ナターシャは穏やかに笑顔を作った。
「そんな顔しないの、昔のことよ。今よりも死が身近にあっただけ」
あっけらかんとした口調だったが、胸をえぐられるような痛みが俺にはあった。
「ネクロマンサーたちは、死者を操って国を豊かにしていったわ。死人なんてそこらじゅうにいただろうし、労働力には困らなかったでしょうね。畑を耕し、橋を作り、敵の侵略から土地を守る。まさにモルジス王国は死者の国だった」
ナターシャは黒髪の毛先をなでる。
「力を手に入れたモルジス王国は、他国とも対等に渡り合えるようになったんだけど、豊かになるにつれネクロマンサーの素質を持った人間が現れなくなってね」
どん底の国が死者の力で復権を果たしたのはいいが、豊かになるほどに命を落とす人が減って、ネクロマンサーとして目覚める者がいなくなったってところか。なんとまぁ、バランスの取れた話だ。
「国はネクロマンサーに頼りきりだったのを反省して、兵士の育成に力を注ぎ出したんだけど、これが全く上手くいかない。当たり前よね、戦場の最前線に立っていたのはネクロマンスされた死者ばかりなんだから。実戦経験の無い人間が教えられることなんて知れているわ」
軽く目を伏せ、ナターシャは続ける。
「国が滅びの一途を辿っていた時、レスティーは現れたの」
普段とは違う、ナターシャの弱々しい声と表情。
「レスティーの噂を聞きつけた国はすぐに彼女を取り込み、軍を編成して他国への侵略を開始したわ。今まで受けてきたことへの報復という名目でね。国はこう考えたのよ。自分たちを守るために国を強くするのではなく、敵を排除さえすれば国は守られると」
「そんなにレスティーは強かったのか?」
「強いってものじゃない、戦場のレスティーは無敵よ。魔力で極限まで強化した死者を、何千、何万と操れるんだから。あまりの脅威に、他国からつけられた異名がモルジスの死神。目の前で殺された味方の兵が、立ち上がって剣を振ってくる。相手にとっては絶望でしかない光景ね」
その戦場を想像するだけでも、背筋に冷たいものが走る。最強で最悪と言われるわけだ。
それに、レスティーが持つ規格外のネクロマンサーの力。俺なんて、一人死者を呼び出すだけで精一杯なのに、何万人と操れるレスティーは化け物としか思えない。
「そうやって、敵を打ちのめして喜んでいたのも束の間。この近辺では最も力のある聖王国アストロイアに、モルジス王国は目をつけられた」
「……最も力のある」
「そう。奴らは、『死者を操ることなど、我々をお導きくださる神への冒涜だ』と言って、モルジス王国に宣戦布告したの。まぁ、それは建前で、力をつけてきた王国を潰したいのと、あわよくば領地を奪いたいってのが本音でしょうけどね」
「待ってくれ。さっきの話を聞いてると、レスティーがいればモルジス王国が負けるなんて考えられないんだけど」
両手を広げ疑問を投げかける俺に、ナターシャは一瞬口を閉ざした。
「――その考えが間違いだった。当時、国も同じように考えて、意気揚々と迎え撃つ準備をしたんだけど、聖王国アストロイアの強さは私たちの想像をはるかに上回るものだったわ。相手の使うスキルや武具も一級品でね、死者の大群が簡単に倒されていった」
「どこかで見ていたような口ぶりだな」
ナターシャは小さく息を吐き、耳にかかった髪をかきあげる。
「私もこの戦争には参加していたの。なんとか前線を維持するのがやっとの戦いでね。ほんと、国の兵士が使えない無能ばかりだから、実質、私とレスティーの二人で戦っていたようなものよ」
ナターシャは脚を組み直し、指先で膝を小刻みに叩く。
「私たちは死に物狂いで戦って、なんとか相手の騎士団長を討ち取った…… けれど国は敗北を悟って休戦を申し入れ、そして、聖王国アストロイアの出した条件を受け入れた」
「その条件が、レスティーの命…… レスティーは黙って従ったのか?」
「そんなわけないでしょ!」
ナターシャはテーブルに拳を打ち付ける。皿に積まれた焼き菓子は、バラバラと机の上から床へと滑り落ち、紅茶の中身は弾けるようにしぶきを上げた。
隣で座っているリゼがビクッと体を震わせるのを見て、ナターシャは申し訳なさそうに笑顔を作り、「ごめんなさい」と頭をなでる。メイドたちが黙々と片付けを始めだした。
ここまで感情を表に出すナターシャを、俺は初めて見た。
「レスティーは嵌められたのよ。直接『国のために死んでくれ』なんて言って、レスティーが反旗を翻せばモルジス王国は完全に潰れる。だから国は気づかれないように、聖王国アストロイアが指定したレスティー引き渡しの場所へと、本人を誘導したの」
優しくリゼの頭をなでながらも、ナターシャは薄い唇を噛む。リゼは不安そうに、彼女の顔をのぞき込んだ。
「私も国の策略に気づかなかった。私がいれば、逃げきれる可能性があったかもしれないのに……」
リゼと目が合い、ナターシャは儚げな笑顔を浮かべる。
「そのままレスティーは連れ去られ、大々的に処刑されたと聞いているわ。国のために尽くしてきたのに。あんまりよ……」
ナターシャの口調、表情、その全てからレスティーへの親愛が痛いほどに伝わってくる。そして、国への失望と怒りも。
ナターシャの師匠であり、最強のネクロマンサー。レスティーは最期に何を思っていたのだろうか。きっとその感情は、俺の心の底に根付いているものと同じだ。こんなことがあっていいはずがない。
「なぁ、ナターシャ。 ……こんな不条理、許せないよな?」
目を丸くしてナターシャは一瞬固まった。そして――
「あっははは!」
ゆっくりとソファーにもたれながら、ナターシャはまるで子どものように笑った。
「笑うことないだろ。レスティーを復活させて、モルジス王国と、聖王国アストロイアに復讐しようと考えてたんじゃないのか?」
「そこまでは考えてなかったけど。まぁ、それもいいかもしれないわね」
潤んだ目をこすり、ナターシャは少し呆れたように言った。隣のリゼも釣られたように、ぱぁっと笑顔を見せる。
「じゃあ、レスティーを復活させる目的って何なんだよ?」
ソファーの背もたれに身を預けて頬杖をつき、ナターシャは口端を緩めた。
「大切な人には、そばにいてほしいものでしょ?」




