29話 楽しいお茶会
『冒険者』というものを、俺はよく知っているわけではない。
知っていることと言えば、村を襲う魔物を討伐したり、毒の沼地にしか咲かない薬草を採取したり、危険をかえりみず自分の力で生計を立てる人たちだということ。そして、その派手さとかっこ良さから、誰しも子どもの時に憧れを持つ職業だということぐらいだ。
だからこそ冒険者とは、俺のような凡人ではなく選ばれた人間だけがなれるものだと思い込んでいた。
だが、ソファーにふんぞり返って紅茶を嗜むこの女が言うに、俺はその冒険者にならないといけないらしい。
「あぁ、言い方を間違えたわ。冒険者になりなさいじゃなくて。あなた、もう冒険者になっているわ」
「なって…… いる……?」
俺は膝に両手を突き、ソファーからぐいと身を乗り出す。
ナターシャはローブの袖から手の平ほどの大きさのプレートを取り出し、目の前のテーブルへ放り投げた。ガシャンと鋭い金属音が部屋に響き、俺は反射的に体をソファーに戻す。
銀色に輝く板には『ダレス・ハーパー』と、俺の名前が刻まれている。
「冒険者ギルドに、あなたの名前で登録依頼を出しておいたの。そのプレートが冒険者の証。なくさないでね」
冒険者になっているという言葉の衝撃が、俺の脳をグラグラと揺らした。
「えーっ! お兄ちゃん、冒険者になったの!?」
ナターシャの隣に座るリゼが目を瞬かせ、プレートと俺の顔を交互に見る。
「ちょっと待ってくれ、全く話が掴めないぞ」
「だから、今から順を追って説明するわ」
ため息混じりに、ナターシャはカップを机に置く。俺の隣に座るサリーは無反応で、ただ足をプラプラと上下させている。
「私との契約を忘れたわけじゃないと思うけど」
「ああ、それは覚えてる。お前の師匠を復活させるんだよな?」
「そうよ。最強、最悪のネクロマンサー、レスティー・アグナリア。彼女を復活…… ネクロマンスするには、恐らく膨大な魔力が必要になる。悔しいけど、私だけじゃ力が足りないと思うの」
ナターシャは親指の爪を噛んで眉をひそめた。
「だからあなたの力が必要なんだけど。ネクロマンサーとして、あなたはまだ使い物にならないザコだから特訓が必要なのよ」
「ザコって……」
強調して告げられたセリフに、俺は怪訝そうに目を細めた。
「魔力を底上げするには実戦が一番なのよ。だから冒険者。私は忙しいから相手してあげられないし、魔物討伐の依頼を集中的にこなして経験を積みなさい。それに――」
『ナターシャ様』
「あら、ありがとうソラナ」
脳に直接張りのある声が響く。
ソラナと呼ばれたスラッとした長身のメイドが、ナターシャの空のカップに紅茶を注ぐ。漂う爽やかなフルーツの香り。
ソラナはナターシャが見出した死者の一人だ。凛とした所作、うっすらうなじが見える横顔に、俺は思わずドキッとしてしまう。
「そうそう、城のクソジジイ共からもらったクッキーがあったでしょ。あれも出してちょうだい」
『そうおっしゃると思って、すでに用意しておりますナターシャ様!』
「さすがね、ロップル」
皿いっぱいに盛られた焼き菓子が、机の上に置かれる。
リゼが「わぁー、お菓子だ!」と机に手をつき立ち上がると、背の低い赤毛のメイド、ロップルは、どこか誇らしそうに鼻の下を指でこすった。
ネクロマンスされたメイドたちは無表情なので、憶測でしかないが…… なんだか部屋がにぎやかになってきた。
「好きなだけ食べなさい」
「やったー!」
ナターシャが積まれた焼き菓子に手の平を向ける。リゼはその一つを手に取り、幸せそうに頬張った。
「話の途中だったわね」
ナターシャはそっと紅茶を手にとり、背もたれに体を預ける。長い髪を耳の奥へと押しやると、艶のある毛先がするすると流れた。
「なにより、冒険者になって依頼をこなせば、魔力の向上だけでなくお金も手に入るわ。あなたにとっては願ってもないことでしょ」
「それは…… 本当に理想的だな」
ナターシャの提案に俺は深く頷いた。
俺にしっかりとした稼ぎがあれば、妹たちに辛い思いをさせることはない。なんなら、妹たちと幸せな生活を願っていた俺にとっては夢のような話だ。
かわいい服を着て、大好きな焼き菓子を食べるリゼ。目の前にある、幸せに満ちた笑顔を俺は護っていきたい。
「じゃあ、そういうことでいいわね」
「ナターシャ」
ナターシャは驚いたように軽く目を見開き、紅茶を口にしようとした手を止める。
「教えてくれないか? お前の師匠、レスティーのこと。冒険者として行動するなら、お前の目的のために知っておいて損はないかと思って」
目を伏せ一つ呼吸を入れたあと、ゆっくりとナターシャは紅茶をすする。
最強で最悪。そこまで言われた人間のことを俺はまだ名前と、ネクロマンサーってことしか知らない。未熟な俺でも情報を共有しておけば、少しはナターシャの手助けができるんじゃないかと思った。
彼女の力になりたいという、胸の内からすっと出た言葉だった。
「まぁ、あなたの言う通りね。いつか話そうとは思っていたことではあるし」
紅茶の中身を覗く瞳を、長いまつげが薄く隠す。
ナターシャは小さく息を吐き、話を続けた。
「レスティーはね、私と同じでここ、モルジス王国の軍人だった。五年前に起きた聖王国アストロイアとの戦争で命を落としたの」
「……最強のネクロマンサーでも敵なかったのか?」
「あの人は誰にも負けないわよ」
俺の素朴な疑問を、ナターシャは少し声を荒げて返す。
「モルジス王国は降伏したの。表向きには休戦ってことになってるけど。その条件として、戦争の発端となったネクロマンサーを、レスティーの命を差し出したの」
ナターシャの瞳の奥が、激しい怒りの色に染まっていく。
荒野でもそうだった。
ナターシャはレスティーのことを話すとき、感情を剥き出しにする。
これが本物のナターシャなのかもしれないと、ぼんやりと俺はそんなことを思った。




