34話 新人への洗礼
「お前って言ってんだろ!」
槍の男が荒々しい顔つきで威勢よく言い放つ。
後ろにいる仲間の二人は少し慌ててはいるが、槍の男を止める様子はない。
受付のチャコさんは心配そうに俺を見つめている。
「なんですか、急に」
「さっき新人研修がどうだって言ってたよな? 新入りのお前がなんで討伐クエストを受けられるんだよ!?」
まくし立てながら槍の男は距離を詰めてくる。背も体格も俺とは然程変わらないが、剥き出しの威圧感のせいかその体がより大きく見える。
「言ってることがわかりません。俺が新人なのは間違いないですが」
俺は軽く両手を上げて、隣で立ち尽くすサリーを庇うように少し後ろへ下がった。
「はぁ!? ふざけてんのか」
さらに一歩を踏み出す槍の男。近づいてきた分だけ後ずさりすると、背中が受付のテーブルに触れた。
「たった今研修で討伐クエストを受けられると教えてもらったんです。ねぇ? チャコさん」
助けを求めるようにチャコさんの方を向くと、なぜかチャコさんは俺から目をそらした。
「おいおい、受付嬢さんよ。どうなってんだ?」
「ええっ!? そ、それはですね……」
突然のご指名に、チャコさんは顔の前でぶるぶると両手を振る。そして、何か思いついたようにポンっと手をついて自信満々に口を開いた。
「ダレス様はシルバーランクなんです! だから討伐クエストを受けられます!」
「意味わかんねぇよ!」
俺も意味が分からなかった。これは、槍の男に共感せざるを得ない。
槍の男の標的が俺からチャコさんに変わる。
「そもそも新人冒険者は、見習いを一年間やってブロンズランクに昇格。そこからまた経験を積んで、やっと討伐クエストを受けられるシルバーランクになるんだろ? 俺だってまだ、ブロンズランクになったばかりなんだぞ……」
チャコさんより詳しく、槍の男は冒険者の説明をしてくれている。
「そうなんですか? チャコさん?」
「あっれー? 私、お話ししてませんでしたっけ?」
「してないです」
テヘッとなぜかウィンクを飛ばすチャコさん。
俺は頬を引きつらせて苦笑いする。
「なんだ、説明されてないのか。……そりゃ知らねぇわな」
槍の男は同情するような目を俺に向けた。
「ダレスっていったか。挨拶が遅れたな、俺はトージってんだ。冒険者にもこういう理不尽なことはよくある」
トージは腕を組んで、こくこくと頷きながら語る。
「けどよ」
そして俺の肩にポンと手を置いた。
「新入りのお前が、いきなりシルバーランクって方が納得いかねぇな」
消えかかったかと思えたトージの怒りが、また息を吹き返した。敵意剥き出しの吊り上がった目。肩に感じる静かな痛み。
「だから俺は知らないって言ってるだろ」
俺は肩に置かれた手を払う。
「こんな新人のザコがシルバーランクなんて、ふざけんじゃねぇよ!」
「もうよせ、トージ」
仲間の、剣を背負った男が駆け寄って間に入る。
剣の男は俺に目配せしたあと、周囲に視線を巡らせた。
「おっ、なんだ? 喧嘩か?」
「兄ちゃんビビってんじゃねえよ、もっと言ってやりな」
「待ち時間が長いから暇なんだ、早くやり合ってくれよ」
ぞろぞろと、退屈しのぎに冒険者が俺たちの周りに集まってくる。
あまり目立ちたくはなかったんだが……
「チャコさん説明してください。俺にも、こいつにも分かるように」
俺は受付のテーブルに両手を突く。
中立の立場であるチャコさんにしか、この場を収めることはできないだろう。
「おい、チャコさん! 白けさせないでくれよ」
チャコさんを煽る冒険者たち。なぜか当の本人は勝ち誇るようにクククと笑う。
「ダレス様がなぜ、新入りにしてシルバーランクかといいますと」
チャコさんはしたり顔で俺を指差した。
「デザートウルフの群れを討伐した実績があるからです!」
俺のデタラメな自己紹介に、冒険者たちから「おーっ」と驚きの声があがる。
大きく誇張された実績に、俺の背中を冷たい汗が流れた。
確かに、ナターシャに連れて行かれた荒野で俺はデザートウルフを倒した。だが、それは群れのほんの一部だけ。ナターシャがほぼ全てを討伐したのだ。
もし俺だけが戦っていたら、今頃奴らの腹の中で消化されて排泄物になっているだろう。
ナターシャはギルドにめちゃくちゃなことを報告していたようだけれど、彼女のおかげで討伐クエストをすぐに受けられる。実戦で魔力を鍛えつつ、お金も稼げる。
俺はあえてチャコさんの説明を否定しなかった。
「そんなの嘘に決まってんだろ!」
納得しないものが一名。
「こ、こんなガキがデザートウルフの討伐? 信じる方がどうかしてる。お前! 何かイカサマしてるんだろ」
少し声を震わせながら、取り囲む冒険者たちに訴えかけるようにトージは言う。
まぁ、イカサマと言われれば間違いはないのだが。
「はい、はい、はい、はい」
チャコさんは大げさに手を叩いて視線を集めた。
「イカサマなんてありません。ギルドはちゃんと彼を評価して、彼の実績に見合ったランクを与えています」
茶化すような声色から一変。背筋を正されるような凛とした口調でチャコさんは続ける。
「あなたも冒険者なら、相手をひがむのではなく、負けないくらいの実力と実績を身につけてはいかがですか?」
チクリと刺すような言葉に、トージは何も言い返せなかった。
「……なーんて! 私に言われても説得力ないですよね」
チャコさんは茶目っ気たっぷりの笑顔をみせる。この落差に、俺たちを囲んでいた冒険者たちは苦笑しながら離れていこうとしたのだが――
「このまま引けるかよ……」
トージだけは真っ直ぐに俺を見つめていた。だが、なぜか俺の隣で立つサリーを指差している。
「新入りなのにシルバーランクで、おまけに可愛い女の子まで連れやがって。ふざけんなよ」
言いながらトージは背負った槍を逆手で握った。
「あなたも懲りませんね。それに、その女の子は人形です。ダレス様は人形師なんですから」
チャコさんは額に指を当て、気だるそうに喋る。
「うるせぇ!」
トージは勢いよく槍を引き抜いた。矛先を保護していた布がスルスルと解けていく。
現れたのは、人の体など容易に貫くであろう鋭利な矛先。
「やり過ぎだトージ! もう止めろ!」
「――新入りに教えてやるよ」
仲間の忠告にトージは聞く耳をもたない。
「冒険者ってのはな、ナメられたら終わりなんだよ。ここで俺の実力を見せつけて、お前の方が格下だって証明してやるよ」
不敵に笑って槍を構えるトージ。強がってはいるが、手の震えが伝わって槍の先端が小刻みに揺れている。
トージの冒険者ランクでは、敵に槍を向けたことなどなかったのだろう。額から流れる汗、次第に荒くなる呼吸。
攻めているはずなのに、彼の表情は追い詰められたように濁っていく。その目の奥には、何をしでかすかわからない危うさも潜んでいて。
「よく言った兄ちゃん!」
「やっぱこうでなくちゃな」
傍観していた冒険者たちに再び熱が入る。
「ちょっと! ここで戦ったりしたら出禁ですよ!」
「お前が悪いんだからな――」
怯えたような表情でトージは槍を握り直す。チャコさんの最後通告も、当然ながら彼には届いていない。
さっきよりも大きな声で煽る冒険者たち。
トージにとって引くに引けない空気がこの場を支配している。その空気に背中を押されたように一歩を踏み込もうとした、その時だった――
ドンと重たい音が響く。同時に、槍を構えていたはずのトージが宙に浮いた。
そのまま受け身を取ることなく、トージは背中から地面に落ちていく。静まり返るギルド。カラン、カランと槍の転がる音が虚しく響く。
俺の目の前には、片脚を天高く伸ばした女の子。フリフリの黒のスカートが優雅に広がる。
俺の妹、サリーは華麗な上段蹴りでトージをぶっ飛ばしたのだ。
俺を守るために。
ギルド内の視線が、倒れて動かないトージからサリーへと移り変わる。
軽く汚れを落とすように、サリーはパンパンとスカートを払う。振り返ると、俺に向かって力強く親指を立てた。




