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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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29話 パーティー結成?2


「まぁ、まぁ、立ち話もなんですからとりあえず座りましょうか」


 言いながらフレンは俺の両肩に手を置き、椅子の前へと誘導する。

 グッと肩を押し込まれ、なされるがまま椅子に腰掛けると、キサラ、メロ、アシュードも渋々テーブルを挟んだ向かいの席へと座った。

 フレンは俺たちの様子に満足しながら、俺の隣の席へ腰を落とす。一つだけ空いた俺の隣に座ったサリーは、足を伸ばしてくつろぐように、背もたれへと体を預ける。


 押しかけてきた部外者でありながら、場の空気を徐々に支配しようとするフレン。薬屋でも同じように、彼女のペースで話が進んでいたっけか。


「悪いんだけど、あんまりパーティの人数を増やしちゃったら一人あたりの報酬が減っちゃうからねー。うちはちょっと厳しいかもしれないな……」


 柔らかい物腰ながら、キサラはこわばった笑みを浮かべる。

 冒険者としてこの先関わることもあるだろうから、フレンの頼みをきっぱりと断ってしまうのは良くないのだろう。

 俺もパーティに加えないことには賛成だ。報酬が減ってしまうのは困るしな。


「そういえば自己紹介がまだでしたね」


 キサラの言葉を気にもせずフレンは切り出す。


「私はフレンと申します。治癒魔術師を生業(なりわい)としています」


「治癒魔術師!?」


 キサラの目の色が変わる。驚きと疑念が混ざった表情。対照的にフレンは穏やかに微笑む。


「はいそうです。あと、冒険者ランクはゴールドです」


「まじかよ姉ちゃん!」


「わ、私たちのパーティはシルバーランクばかりですよ」


「はい。何も問題ありません」


 キサラの両隣、テーブルに手をついて身を乗り出すアシュードとメロ。しかし、フレンは何一つ動じることはない。


「報酬のことなんだけど……」


「もちろん報酬は均等に分配していただいて構いません」


「採用します!」


「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」


 あっさりとフレンを受け入れるキサラ。フレンは少し首を傾げて、あざとく笑って見せる。


「やりましたねキサラ! ヤバそうな新人を勧誘しようと言い出した時はどうかと思いましたが、まさか治癒魔術師が来てくれるなんて。仕方なく傷んだ野菜を買ったのに、おまけでお肉を頂けたような奇跡ですよ」


「だから言ったでしょ、私って人を見る目あるんだから。ここまで私のプラン通りね」


「おい、聞こえてるぞ」


 両手を重ね合い興奮気味に喜ぶ古参の二人。

 新入りが傷ついてるぞ、もっと優しくしろ。


「そういえば、ダレスのことを知ってるみたいな素振りをしていたけど」


 キサラには俺の小言が届いていないようで、フレンだけを大きな瞳に映している。


「そう言われてもなんとも…… 彼には世間というものを教えてあげたくらいですし」


 こちらを向くフレンと目が合いそうになったのを、俺は(すんで)の所でかわしてしまう。薬屋では自分の無知を、愚かさをフレンに嫌という程突きつけられたのだ。

 もちろんその後に、手の傷を治療してもらったり、サリーのために治癒のポーションを恵んでくれたことには感謝している。


「なんだ、ダレス。こんな美人の治癒魔術師と知り合いなんて、なかなかやるじゃないか」


「恩人ではあるんだけど、そこまでじゃ――」


「全くの他人よりは少し知ってるくらいの関係ですね」


 とぼけた笑みを振りまくフレンに、アシュードは豪快に声を上げて笑う。

 自分から言い出したものの、こうも否定されるとくるものがあるな……

 俺は、これ以上フレンとの関係について掘り返されるのを避けるべく、疑問に抱いていたことを口にする。


「なぁ? そんなに治癒魔術師って凄いのか? 冒険者のパーティには一人は必ずいるもんじゃ」


「なーに言ってんの」


 キサラはバンバンとテーブルを叩く。


「治癒魔術師になれる人ってほんの一握りなんだから。それなのに、パーティの要になるほど重要な役割なの。回復の手段が多いと周りの仲間も動きやすいし、いるといないで戦闘の安定感が全然違うんだよ」


「致命傷を受けたら、自分で治癒のポーションを飲むこともできませんからね……」


 うつむきながら苦い経験を語るようにメロ。


「こんなシルバーランクの弱小パーティーなら、治癒魔術師がいないのは当たり前。それにフレンはゴールドランクなのよ。本当は上位のパーティーに入って、名のある魔物を相手に戦っていてもおかしくないし……」


 何かに気づいたようにキサラが固まる。


「で…… なんでそんなフレンがうちのパーティに?」


「それはですね――」


 もったいぶるように沈黙を作るフレン。俺たちは固唾をのんで彼女を見つめる。


「この子がいるからです」


 勢いよく立ち上がりフレンはサリーの背後へ。そして、そのまま熱いよくハグをする。ついさっき見た光景だ。

 サリーは手足をバタつかせ抵抗してみせたが、諦めたように直ぐ動かなくなってしまう。


「小さい頃からお人形さんと冒険するのが夢だったんです! だから声をかけずにはいられなくて」


「あぁ、もうそのへんにしてやってくれ」


「あら、私としたことがすみません。欲望を抑えきれませんでした」


 額に拳を置き、ペロッと舌を出して謝るフレン。

 すまんなサリー。このパーティはなかなか大変かもしれないぞ。


 フレンは度重なる強襲でぐったりしたサリーを座り直させ、元の席に戻る。


「フレンって意外と子供っぽいとこあるんですね」


「うぅ…… すみません、忘れてください」


 ほくそ笑みながら、一番子供っぽいメロが言う。縮こまりながら恥ずかしそうに目を潤ませるフレン。


「そんなに新入りをイジメちゃいかんなメロ。んじゃあ、こっちも自己紹介だ! 俺の名前はアスタウンド・バナド――」


「このデカい筋肉の塊はアシュードです。攻撃できないんで肉壁として上手く使ってあげてください」


 身を乗り出してアシュードの自己紹介に被せるメロ。さっき陰湿魔術師って言われたのを、だいぶ根に持ってるようだな。


「おいおいメロ」


「なんですか? 事実ですよね?」


 アシュードは頬を赤らめ、鼻の頭をこする。


「まぁ事実なんだが、筋肉の塊だなんてみんなの前で言われると……」


「はぁ? 褒めてないんですよ。頭の中まで筋肉でできてるんですか?」


「よ、よせよ。頭の中までなんて…… 照れるじゃねぇか」


「だから褒めてないんですよ!」


 メロは興奮しながらアシュードをビシッと指差す。なんか楽しそうだから何も言わないでおこう。


「そうそう、攻撃できないのはメロも同じだぜ。デバフ魔法特化の陰湿魔術師だ。仲良くしてやってくれ」


「はぁー!? また言ってはいけないことを言いましたね筋肉ダルマ。あなたと私を一緒にしないでください」


「はいはい、さっき喧嘩したばかりでしょ。もうやめようね」


 キサラはメロの頬に手を押し当て、椅子へと戻す。何かモゴモゴとメロは訴えているが、これ以上聞く必要はないだろう。


「仲良さそうでいいですね……」


「本当にな」


 これにはさすがのフレンも苦笑い。これには俺も同意だ。


「最後に私ね。名前はキサラ、地導師よ。ランクは私だけブロンズなんだけど、一応このパーティのリーダーをやらせてもらってるの」


「地導師?」


「あ、そういえばダレスにも私のこと話してなかったっけ」


 キサラはポンと手を打ち、指を立てて話を続ける。


「地導師ってのは、パーティの水先案内人みたいな役割なの。ダレスはまだ冒険者に成り立てだから知らないかもだけど、魔物の住んでる地域は危険が多くてね」


 説明しながらキサラはリュックから丸まった紙を取り出し、紐を解いてテーブルに広げた。

 (いびつ)で不規則な線が紙面いっぱいに引かれている。所々に地域の名前。左端に王都グルーケル、真ん中にはこの間行った荒野、右端は紙が丸まって見えにくいが聖王国アストレイアと書かれている。どうやらこの辺りの地図のようだ。


「普通の地図なんだけど、これだけでだいたいの魔物がどこに生息しているか私にはわかるの。ダレスが討伐したっていうデザートウルフがいたのはきっとここ」


 言いながらキサラはラキ草原と書かれた文字を指でなぞった。

 

「草原って表記だけど、今は荒野になってたはず。どう?」


「確かにここで戦ったよ。荒野になってたってのも間違いない」


「でしょ」


 キサラは嬉しそうに笑い、白い歯をのぞかせる。


「実際に外に出れば、周りの空気や痕跡からどのくらいの数の魔物がいるとか、罠が仕掛けられてるかとか、私には諸々わかっちゃうのだよ」


「そりゃ凄いな。急に魔物に襲われるなんて心配もないわけだ」


 感心する俺を見て、キサラは得意気に鼻を鳴らす。


 デザートウルフに囲まれていると気づいた時は、本当に生きた心地がしなかったものだ。ナターシャほどの強さがあれば多少の魔物は気にならないのかも知れないが、このパーティにとってキサラの存在は大きいことを俺は理解する。


「まぁ戦闘では足手まといになるので、みなさん私を護ってください」


 頭をかきながらおどけるキサラを見て、パーティメンバーは愉快そうに笑う。


「あのー」


 フレンは視線をきゅろきょろと動かし、控えめに手を挙げる。ローブの袖口が垂れて、透き通るように白い手首が顔を出した。


「たしか、アシュードさんもメロさんも――」


「おいおいフレン、俺たちはもう仲間なんだぜ。さん、なんて堅苦しいのはつけなくていいんだ」


 アシュードは優しく微笑みかけ親指を立てる。フレンは「そんな、大丈夫ですよ」と戸惑いながら言うが、ここでアシュードが折れることはなかった。フレンは目を閉じ深呼吸をしながら、胸の上で(きら)めく翡翠色のネックレスを握りしめる。

 そして目を開いたフレンの表情はどこか和らいでいて、周りとの壁を作るために身につけていた仮面が剥がれたような、そんな印象を受けた。


「では改めまして。キサラだけでなく、アシュードとメロも攻撃できないんですよね?」


 頷くアシュードとメロ。メロだけは恥ずかしそうに目を伏せる。


「私も回復専門ですし、攻撃魔法はほぼ使えません。ではこのパーティではどなたが攻撃を? もしかして採取専門のパーティだったり……」


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」


 キサラは額に手を当て不敵に笑う。


「このパーティの攻撃の要はサリーちゃんです! ていうかサリーちゃんしか攻撃できません」


「やっぱそうなのか……」


 話の流れで薄々勘付いてはいたが…… これは荷が重いな。俺は椅子にもたれて天を仰ぐ。


「大丈夫だって、サリーちゃんの蹴り凄かったじゃん! サポートはみんなでバッチリするから、ダレスはサリーちゃんの操作に専念して魔物をやっつけてね」


「この前までいた剣士は、責任感に押しつぶされてパーティを抜けたんですけどね……」


「ちょっとメロ、余計なこと言わないでよ」


 しみじみと呟くメロに、だだ漏れの耳打ちをするキサラ。

 色々言いたいことはあるが、今さらここを抜けても他のパーティにすんなり入れるとは思わないし。なんとかやってみるしかないな。


「わかった。俺とサリーでなんとかするよ」


「そうこなくっちゃ。じゃあ気が変わらないうちにクエスト受けに行こ! 報酬もいいし、討伐クエストをメインに組むね」


 キサラは勢いよく立ち上がると、冒険者の集まる掲示板の方へと向かっていく。


「ほんとにキサラは調子いいんですから」


「それがあいつの良いところだろ」


 アシュードとメロは子供を見守るような温かい目を向け、キサラの後を追う。

 俺も後に続こうと腰を上げようとした、その時だった。


「ちょっといいですか?」


「っ……!」


 三人が離れていったところで、フレンは俺の顔にぐっと近づき懐疑的な視線を向ける。ほんのり漂う石鹸の匂い。


「私と橋の上で別れた後、どうなったのか聞かせてもらっても?」


 フレンの瞳に映る俺の顔がだんだん大きくなる。なんでこんなに距離が近いんだ。

 確かにあの時はフレンには世話になった。サリーを優しく看取るためポーションまで貰って。結局それは、自分の為に使ったんだけど。彼女には諸々のことを伝える義務が俺にはあるだろう。


「わ、わかってるよ。話すタイミングがなかっただけで……」


 温度を感じる吐息に思わず視線をそらすと、フレンは悪戯(いたずら)っぽく笑ってみせた。


「く・わ・し・く、お願いしますね」

 


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