24話 これからのこと
「まっ…… 待ってよー、お姉ちゃーん!」
息を切らして声を上げるリゼの先には、肩まで伸びた髪を揺らし、無表情で走るサリーがいる。
突然追いかけっこを始めた二人を見守る、俺とナターシャ。
突如として俺たちを襲った脅威を、誰一人怪我することなく乗り切れた今、貧民街の墓場に天使が二人、微笑ましい光景を作り出している。できるなら絵に残しておきたいほどだ。
冷たいサリーの手を握り、リゼは酷く困惑していた。だけど、死んだはずの姉とまた会えたという喜びが、その戸惑いを拭い去った。
「遊ぼう!」と無邪気にはしゃぐリゼに、サリーは言葉を返すことはなかった。けれど、リゼのリクエスト通り、二人は追いかけっこを始めたのだ。
まるで、失われた姉妹の時間を埋めていくように。
ただ、色々なことが起こりすぎて分からないことが多い。
隣で温かい目をして二人を見つめるナターシャに、俺は解説を依頼する。
「なんでサリーは…… あぁ、追いかけられてる方の妹な。持っていた剣は消えていったのに、本人は何ともなく走ってるんだ?」
「まぁ、あなたの魔力の問題でしょうね。あの剣も魔力で作り出したものだから、維持するのに必要な量が無くなったから消えていった。本来なら、サリーちゃんも死体に戻るはずなのにね……」
しれっと「サリーちゃん」と呼んだことに嫌悪感を抱きつつも、俺は話を続ける。
「なら、サリーはいったい……? 俺も魔力は使い切ってる感じはするが、立っていられないことはないんだよな」
初めて死者を呼び出して戦った後は、今まで感じたことのない倦怠感に襲われていた。とてもじゃないが、あのまま無理して戦闘を続けていたら、自分が死者になりかねない。
それなのに、走り回るサリーがいても疲れをあまり感じないのだ。
「ネクロマンスした死者を維持するのに、必ず魔力は必要だから…… まぁ、術者との繋がりが強いと必要な魔力量が少なくて済むのかもね」
「そんなもんなのか。あと、サリーから死者の声が聞こえないんだけど?」
「前にも言ったけど、ネクロマンサーは選ばれた人間しかなれないから数が少ないの。分析できるほどの情報が無い分、分からないことが起きても不思議じゃないわ」
俺は淡々と告げるナターシャの顔を横目に見る。
そう言われてしまえば、無理にでも納得するほかない。
「それに――」
「あっ、転んだわよ」
ナターシャの心配そうな声色に、俺は目を見開いた。
何かにつまずいたのか、サリーを追いかけていたリゼが倒れている。
「大丈夫か! リゼ……」
駆けだした俺の脚が止まる。姉であるサリーが、リゼに駆け寄っていたのだ。
素足でペタペタと近づき、サリーは蹲るリゼに手を差し伸べる。顔は無表情のままだ。
対照的に、顔を上げたリゼは輝くような笑顔だった。リゼの目尻に薄っすら溜まった涙は、転んだ痛みによるものではないと、俺はすぐにわかった。
サリーの手を取り、リゼは立ち上がった。
家族で暮らしていた時の情景が脳裏に浮かび、今、自分の瞳に映るものと重なる。今も昔も、二人のやり取りに変わりはない。
天真爛漫、お転婆だけど妹思いの女の子。目の前にいるのは本物のサリーだ。
「感極まってるところ悪いのだけど」
聞き慣れた甘ったるい声が、俺の意識をハッと呼び起こす。
「あなた、これからどうするか考えてるの?」
「どうって、サリーと一緒に暮らすよ。さすがに孤児院へ戻すわけにはいかないし、稼ぎがないからしばらくは辛い思いをさせるかもしれないけど……」
俺の言葉を聞きながらナターシャは自身の額を押さえる。「そうじゃなくて」と呟くと、呆れた顔でこちらを見た。
「サリーちゃんはそれでいいかもしれないけど、リゼちゃんはどうするの。貧民街の連中にあなたの妹ってバレてるんだし、人質に取られるのがオチよ。孤児院じゃリゼちゃんを護れない」
「そ、そうだよな」
いつになく真剣なナターシャの目。不覚にもナターシャにまともな事を言われてしまった。妹のことは俺が護るって決めたのに。
ただ、俺一人でサリーとリゼを食わしていくのは無理があるし…… ここは……
「……ナターシャ、すまないが手を貸してくれないか?」
悔しいが、ネクロマンサーの力を手に入れたとはいえ、まだ俺にできることは多くない。正直なところ自分一人で生きていくのさえ困難だろう。
それでも、妹たちを諦めるわけにはいかない。家族のいない世界に生きてる価値はないとハッキリ言い切れる。
無様に見えるだろうが、これが今の俺の精一杯だ。
頭を下げたまま少しの沈黙。何の反応も示さないナターシャの顔を恐る恐る覗き込むと、彼女は意外にも優しい笑みを浮かべていた。
「その言葉を待っていたわ。おいで、ダレス。遊んでる二人も呼んでちょうだい」
俺がポカーンとしていると、ナターシャは大通りの方へと歩いていく。微かにローブから漂う血の匂い。
「ちょっ、ちょっと待て、どこに行くんだ?」
「私の家に住ませてあげる。少し遠いけど馬車に乗ればすぐ着くわ」
ナターシャは振り返ることなく進んでいく。
「私の家って…… そんな急に、準備も何も……」
「それしか道はないんだから、うだうだ言わないの」
背中越しに手を振りながらナターシャは墓場を出る。
並外れた行動力に感心さえするが、振り回されるこちらのことも少しは考えてほしい。リゼの気持ちだってあるんだし。
俺は遊んでいるサリーとリゼに声をかける。二人は手をつなぎながら、楽しそうに近づいてきた。
その姿にほっこりしながらも、俺は自分の身に起きた全てと、これからのことを分かりやすく伝えた。
「……ネクロマンサーって何? お姉ちゃんは元気になったんじゃないの?」
リゼはかわいらしく首をかしげる。なかなかに説明が難しい。
「『死者を操る魔術の使い手』ってナターシャは言ってたな。だから、サリーは元気になったわけでも、蘇ったわけでもないんだ……」
リゼはサリーの顔をじっと見つめる。サリーは瞬き一つ返さない。
「お兄ちゃん!」
リゼはサリーの分まで補うような弾ける笑みで、俺の顔を見上げた。
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ!」
リゼの笑顔に、ふっと頬が緩む。
「そうだな」
リゼを護るためとはいえ、俺はサリーの命を無下に扱ってしまったという罪悪感がずっとあった。でも、リゼは俺のことを間違っているとは言わなかった。
まだ子どもだから、善悪の基準があいまいなのかもしれない。けれど、リゼのおかげで俺は前へ進むことができる。
「それと、ナターシャの家に住むって話なんだけど…… 急にそんなこと言われても決められないよな……?」
「私、ナターシャさんの家に行く!」
意外にも、リゼは力強い眼差しと言葉を俺に向けた。
「本当にいいのか?」
俺の問いに対して、リゼは目を伏せ自分の細い腕を強く握る。
「……孤児院に帰っても、もう私はみんなと一緒に笑えないから。きっと悪い子になっちゃうから……」
孤児院でのマリエラ先生とのやり取りが脳裏に蘇る。マリエラ先生は、サリーのための薬をお金に換え、孤児院の子どもたちを救った。
俺とマリエラ先生は互いに自分を責めたがリゼは違う。まだ十一歳の女の子には、消化できるはずがないのだ。
「大丈夫、リゼは良い子だ。一緒に行こう」
優しく頭をなでると、リゼはコクリとうなずいた。




