25話 屋敷とメイド
「さぁ、着いたわよ」
王都の中央区のさらに奥。
立派な建物が並ぶ通りを抜けると、骨の馬車は甲殻類のように客車から伸びる脚の動きを緩め減速した。
「……もう、いや……」
リゼは力尽きたように、隣に座るサリーの膝へと倒れ込む。
骨の馬車を見て泣き叫ぶリゼをなんとか乗せて、俺たちはナターシャの屋敷にたどり着いた。
サリーは震える妹の頭をなでながら、正面のナターシャを生気のない瞳で見つめている。
「二人ともほんと可愛いわね、これからが楽しみだわ」
「可愛いのは俺も同意だが、変な気を起こすんじゃないぞ」
ナターシャは立ち上がると、自身の頬に手を当て妹たちをうっとり眺める。
その隣で座っていた俺も、ナターシャの視線から妹たちを隠すように、体を入れて立ち上がった。
「もう着いたんだろ、出口はそっちだったよな?」
ナターシャは、「はい、はい」と残念そうに返事をしながら窓に触れる。
骨を組み上げてできた窓枠は、ガタガタと鈍い音を立てながら地上へと続く階段に形を変えた。リゼは目を丸くしながら悲鳴を上げて、サリーに抱きつく。
リゼを気遣いながら、俺はナターシャに続いて馬車を降りた。すぐさま、目の細かい鉄格子が視界いっぱいに広がる。
俺の背よりもはるかに高いアーチ状の建造物。何物の侵入も許さない監獄のようだ。
威圧感のある門に圧倒されていると、その端でちょこんと女の子が佇んでいることに気づく。
きれいにまとめられた髪、黒を基調とした高級感のあるドレス。その上に清潔感のある白いエプロンを身に着けている。
これはあれだ、王都の中でも金持ちの家にしかいない『メイド』ってやつか? 前にガインからそんな話を聞いた覚えがある。
「あら、ネルンじゃない。今日はあなたがお出迎えしてくれるのね、ありがとう。後ろの子たちも中に入れるからよろしくね」
ネルンと呼ばれた少女は、コクリと頷き、俺の方を見る。目が合った瞬間、背筋に冷気が走った。
引き結ばれた唇、感情のない死んだような目。
――これは……
ネルンはスカートの裾をひらりとなびかせ体を反転させる。そして門へ向かってそっと手をかざした。
キーッと耳を塞ぎたくなるような金属音とともに、門がゆっくりと開く。
ちなみに、ネルンは門に触れてはいないので、魔力か何か別の力を使っていることになる。
「さぁ、ついて来て」
ナターシャは顔だけをこちらに向けて言った。
ネルンを先頭に敷地内へと足を踏み入れる。
少しして、歴史を感じさせながらも汚いとは思わせない、大きな屋敷が見えてくる。
タイル張りの道を進む度に、ナターシャの歩きにくそうな踵の高い靴はコツコツと音を鳴らした。両脇には、様々な色の花が植えられた花壇が並んでいる。
「お姉ちゃん、お花だよ」
不気味な馬車から離れて安心したのか、リゼがサリーの手を引いて花壇に向かう。
花の香りを嗅ぐようにリゼが顔を近づけると、サリーも同じように鼻を寄せた。
「いい匂いだね」と姉に笑いかけるリゼを見て、俺は胸をなでおろす。
妹たちが離れている間に、俺は上機嫌で歩くナターシャの隣に駆け寄った。
頭によぎった疑念をそっと耳打ちする。
「あのネルンって女の子、もしかしてサリーと同じなんじゃないか?」
「あら、さすがにあなたも気づいたみたいね」
ナターシャはニヤッと微笑み、茶化すように俺の鼻の頭に指を当てる。
「可愛いからって取っちゃだめよ」
「そんなことするわけないだろ」
指をさっと払うと、眉を垂らしてナターシャはわざとらしく残念そうな顔を作った。
「お前、もしかしてとは思うが、あの女の子……」
核心に触れようとしたところで、先頭を歩くネルンが屋敷の玄関にたどり着いた。ネルンは重厚な扉に向かって手をかざすと、門と同様に触れることなく屋敷への入り口が開かれる。
広いエントランス、正面には大きな階段。その手すりには金色に輝く装飾が施されている。天井には存在感のある特大のシャンデリア。
そして――
「みんな、ただいま」
ナターシャの声に合わせ一斉にお辞儀。俺たちを出迎えてくれたのは、ネルンと同じメイド姿の女の子が四人。背丈は違えど、ぱっと見た感じ年齢は俺と同じくらいか。
二手に分かれ、入り口から階段まで伸びる赤い絨毯を挟むように等間隔で並んでいる。
最後にサリーとリゼが屋敷に入ると、ガシャンと扉が閉まった。ネルンもメイドの列に加わると、その間をナターシャは優雅に歩く。
俺は分かりやすく足を止めた。
「おい、ナターシャ」
「あら、どうしたの?」
振り向きざまに、彼女の絹のような髪がさらりと揺れる。
「この子たちは死んでるんだろ? お前が手を下したのか?」
「そんなこと気にしてたの」
唇に指を当て、いつものように悪い笑みを向けるナターシャ。
「答えろよ」
威勢よく啖呵を切ったものの、ナターシャの見下すような目に生唾を呑む。
たとえ俺の質問通り、ナターシャがこの子たちを殺めていたとしても、俺にはこいつを裁く資格なんてないしその力もない。
部外者なんだから、このまま関わらずにそっとしておくのが正しい判断なのだろう。まして、俺たちのことを助けようとしてくれている相手だ。
でも、何の罪も犯していない彼女たちがナターシャに殺されていたのなら、ガインのように不条理な死を迎えたのなら…… 俺は何も言わずにここで過ごせるほど、できた人間じゃない。
「私が答えるまでもないでしょ。あなたが直接、この子たちから聞けばいい」
ナターシャは首を傾げ手を差し伸べる。同時に、俺は五人のメイドから一斉に視線を浴びた。
誰も皆、サリーと同じ凍りつくような冷たい目をしている。
彼女たちは直接喋ることはできないが、ネクロマンサーには死者の声を聞く力がある。
「死者は嘘をつかない」ナターシャが言っていた言葉だ。初めて死者を呼び出した時に、それが紛れもない事実であることを俺は知った。
目を閉じ、彼女たちへ意識を向ける。心の奥底を覗き込むように。
あれ……? 予想していたよりも明るく楽しそうな声がする……
五人もいるからか、声が混ざって内容が聞き取りづらい。俺は気持ちを落ち着かせ、その中の一人に集中する。
『やばい! あの子たちめっちゃ可愛いんですけど!?』
「え……?」
俺の間の抜けた声が、静かなエントランスに広がった。




