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23話 最強のネクロマンサー


「レスティーはね、私と同じでここ、モルジス王国の軍人だった。五年前に起きた聖王国アストロイアとの戦争で命を落としたの」


「……最強のネクロマンサーでも(かなわ)なかったのか?」


「あの人は誰にも負けないわよ」


 俺の素朴な疑問を、ナターシャは少し声を荒げて返す。


「モルジス王国は降伏したの。表向きには休戦ってことになってるけど。その条件として、戦争の発端となったネクロマンサーを、レスティーを引き渡した」


「……すまない、話があまりわからなくて。戦争のこととか……」


「そう。まぁ、貧民街にいたら無理はないわね。国の情報統制が上手くいってるとも言えるけど」


 ナターシャはカップを真っ白なソーサーに置き、呟くように話す。いつもの皮肉っぽくなじる言葉だが、今は嫌みを感じることはなかった。


「分かりやすく一から話すわ。モルジス王国は元々弱くて貧しい国だったの。……貧しいのは今も変わらないけど、昔はもっと酷かったそうよ。生きていくのがやっとの生活。あなたならわかるでしょ?」


 俺は無言で首を縦に振る。


「貧しい国に強い戦士や魔術師なんて育てることはできないから、諸外国からの侵略にも(おび)える日々が続いていてね。そんな中、私たちと同じネクロマンサーの素質を持った人間が現れだした」


「俺たちと同じ…… 死への理解が深い人間しか、ネクロマンサーになれないんだよな? それって……」


 震えがちな俺の声に対して、ナターシャは軽く笑顔を作る。


「そんな顔しないの、昔のことよ。今よりも死が身近にあっただけ」


 風のように消え入る言葉だったが、胸をえぐられるような痛みが俺にはあった。


「ネクロマンサーたちは、死者を操って国を豊かにしていったわ。死人なんてそこらじゅうにいただろうし、労働力には困らなかったでしょうね。畑を(たがや)し、橋を作り、敵の侵略から土地を守る。まさにモルジス王国は死者の国だった」


 ナターシャはつややかな髪を指先で遊ばせる。


「力を手に入れたモルジス王国は、他国とも対等に渡り合えるようになったんだけど、豊かになるにつれネクロマンサーの素質を持った人間が現れなくなってね」


 どん底の国が死者の力を使って復権を果たし、普通に生活できる国になったのに。豊かになればなるほど、理不尽に命を落とす人が減って、ネクロマンサーとして目覚めるものがいなくなるってことか。なんとまぁ、バランスの取れた話だ。


「国はネクロマンサーに頼りきりだったのを反省して、武術や魔術に優れた人間の育成に力を注ぎ出したんだけど、これが全く上手くいかない。当たり前よね、戦場の前線に立っていたのはネクロマンスされた死者ばかりなんだから。実戦経験ゼロの人間が教えられることなんて無いに等しい」


 目を伏せがちにナターシャは語る。


「そんな時に現れたのが、レスティーだった――」


 普段とは違う、ナターシャの弱々しい声と表情。


「レスティーの噂を聞きつけた国はすぐに彼女を取り込み、軍を編成して他国への侵略を開始したわ。今まで受けてきたことへの報復という名目でね。国はこう考えたのよ。自分達を守るために国を強くするのではなく、相手を排除さえすれば国は守られると」


「そんなにもレスティーは強かったのか」


「強いってものじゃない、戦場のレスティーは無敵よ。魔力で極限まで強化した死者を、何千、何万と操れるんだから。あまりの脅威に、他国から着けられた異名がモルジスの死神。目の前で殺された兵士が、立ち上がって仲間に剣を振るう。相手にとっては絶望しかない光景が広がっていたわ」


 その戦場を想像するだけでも、背筋に冷たいものが走る。最強で最悪と言われるわけだ。

 それに、規格外のネクロマンサーとしての力。俺なんて、一人死者を呼び出すだけで精一杯なのに、何万人と操れるレスティーは化け物としか思えない。


「そうやって、敵を打ちのめして喜んでいたのも束の間。この近辺では最も力のある聖王国アストロイアに、モルジス王国は目をつけられた」


「……最も力のある」


「そう。奴らは、「死者を操ることなど、我々をお導きくださる神への冒涜だ」と言って、モルジス王国に宣戦布告したの。まぁ、それは建前で、力をつけてきた王国を潰したいのと、あわよくば領地を奪いたいってのが本音でしょうけどね」


「待ってくれ。さっきの話を聞いてると、レスティーがいればモルジス王国が負けるなんて考えられないんだけど」


 両手を広げ疑問を投げかける俺に、ナターシャはどこか物憂(ものう)げに一瞬口を閉ざす。


「――その考えが間違いだった。当時、国も同じように考えて、意気揚々と迎え撃つ準備をしたんだけど、聖王国アストロイアの強さは、私たちの想像をはるかに上回るものだったわ。相手の使うスキルや武具も一級品でね、死者の大群が簡単に倒されていった」


「どこかで見ていたような口ぶりだな」


 ナターシャは小さく息を吐き、耳にかかった髪をかきあげる。


「私もこの戦争には参加していたの。なんとか前線を維持するのがやっとの戦いでね。ほんと、国の兵士が使えない無能ばかりだから、実質、私とレスティーの二人で戦っていたようなものよ」


 ナターシャは脚を組み直し、指先で膝を小刻みに叩く。


「私たちは死に物狂いで戦って、多くの犠牲を出しながらも相手の騎士団長を討ち取った。なのに…… 国は敗北を悟って休戦を申し入れ、聖王国アストロイアの出した条件を受け入れた」


「その条件が、レスティーの命…… レスティーは黙って従ったのか?」


「そんなわけないでしょ!」


 ナターシャは机に拳を打ち付ける。皿に積まれた焼き菓子は、バラバラと机の上から床へと滑り落ち、紅茶の中身は弾けるようにしぶきを上げた。

 隣で座っているリゼがビクッと体を震わせるのを見て、ナターシャは申し訳なさそうに笑顔を作り、「ごめんなさい」と頭をなでる。慌てて片付けをするメイドたち。

 ここまで感情を表に出すナターシャを、俺は初めて見た。


「レスティーは()められたのよ。直接、「国のために死んでくれ」なんて言って、レスティーが反旗を(ひるが)えせばモルジス王国は完全に潰れる。だから国は気づかれないように、聖王国アストロイアが指定したレスティー引き渡しの場所へと、本人を誘導したの」


 優しくリゼの頭をなでながらも、ナターシャは薄い唇を噛む。不安そうに顔をのぞき込むリゼ。


「私も王国の策略に気づかなかった。私がいれば逃げきれる可能性があったかもしれないのに……」


 リゼと目が合い、ナターシャはまた(はかな)げな笑顔を作る。


「そのままレスティーは連れ去られ、大々的に処刑されたと聞いているわ。国のために尽くしてきたのに。あんまりよ……」


 ナターシャの口調、表情、全てからレスティーに対する敬意が痛いほどに伝わってくる。そして、国への失望と怒りも……

 ナターシャの師匠であり、最強のネクロマンサー。レスティーは最期(さいご)に何を思っていたのだろうか。きっとその感情は、俺の心の底に根付いているものと同じだと俺は確信していた。こんなことがあっていいはずがない。

 湧き上がる想いを言葉に変えて解き放つ。


「なぁ、ナターシャ。 ……こんな不条理、許せないよな?」


 目を丸くして一瞬固まるナターシャ。そして――


「あっははははは!」


 ゆっくりとソファーにもたれながら、大きな口を開けてナターシャは笑う。まるで子供のように。


「笑うことないだろ。レスティーを復活させて、モルジス王国と、聖王国アストロイアに復讐しようと考えてたんじゃないのか?」


「そこまでは考えてなかったけど。まぁ、それもいいかもしれないわね」


 潤んだ目をこするナターシャ。隣でリゼもつられるように、ぱぁっと笑顔を見せる。


「じゃあ、レスティーを復活させる目的って何なんだよ?」


 ソファーの背もたれを使って頬杖をつき、ニヤリと笑うナターシャ。その表情にもう曇りはない。


「なんでって。大切な人には、そばにいてほしいものでしょ?」


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