22話 どんな手を使ってでも
「おいっ、やめろナターシャ!」
「傷つくわ。あんなことまでしてあげたのに」
ぎゅっと俺の腕に抱きつき、ナターシャは耳元で囁いた。
振りほどこうにも、抱えているサリーを離すわけにはいかない。
嫌な汗が流れ落ちるのを感じながらも、俺は仕方なくナターシャに身を委ねた。
「ダレスを振り向かせるために薬を貢いだの、それに……」
ナターシャは自身のローブの袖に手を入れると、握りしめた何かを顔の横へと持ってくる。
閉じた手を素早く開き、指で挟んだ二枚のそれを披露した。
「き、金貨じゃねぇか!」
痩せた男が目を丸くする。
俺は金貨を生まれて初めて見たが、男たちの慌ただしい反応を見る限り、本物で間違いないのだろう。
「でもね、私って弱い男は嫌いなの。だからダレスに勝てたらこの金貨をあげるわ。ほら、復讐もできてお金も手に入る。私は強い男を見つけられるし、みんな幸せ。これで退屈な話はおしまいね」
「お前な―― っ……!?」
突如として光る何かがナターシャに迫った。ナターシャは軽く体を傾け、最小限の動きで回避する。
乾いた土の上に転がったのは、手のひら程の刃渡りをもつナイフだった。
「外した? そんなバカな…… 人の動きじゃなかったぞ」
驚きを隠せない痩せた男を見て、俺はナイフの出どころを認識する。
金があるとわかった途端にこの迷いのない行動。どうやら、人を襲うのは初めてではないようだ。
――だけど、ナターシャには敵わないだろう。
「熱烈な愛情表現をありがとう、積極的な男は嫌いじゃないわ。だけど、ちゃーんと話は聞かないと。特に女の子の話はね」
挑発するようにナターシャは片眉を持ち上げる。
痩せた男が再び懐に手を伸ばすのを見ると、彼女はケラケラと笑った。
「私とこの墓場でやり合おうって言うなら止めないわ。だけど、戦うのは嫌いなのよね」
ナターシャはくるりと俺の体を回り、今度は反対の腕に抱きつく。肘に当たる柔らかい感触。
俺は身を引きながら怪訝そうに目を細める。ナターシャは上目遣いでぐっと顔を近づけた。
「か弱い私のこと、守ってくれるよね? ダレス?」
「お前がか弱いなんて冗談だろ、俺は戦わないぞ」
そう吐き捨てると、彼女は不機嫌そうに唇をとがらせて俺の腕から離れていった。
「ふざけてんじゃねぇぞ! おいお前ら、金が手に入るなら文句ねぇな!? ダレスは俺が殺すぞ!」
激しく捲し立てるフレッドさんに、仲間の二人の男は無言で首を縦に振る。
「なぁ、ダレス。お前は俺の心をボロボロにしたんだ…… だったら、お前の妹に何かあっても文句言えねぇよな!」
握った短剣を、フレッドさんは俺の体に隠れるリゼに向けた。リゼは小さく声を漏らし、俺の服をさらに強く掴む。
「妹は関係ないでしょ」
俺の声が届くわけもなく、最悪の結末が駆け足で迫ってくる。俺はどうなったっていいが、リゼだけでも助けないと。
「リゼ! 墓地の裏から回って孤児院まで走れ! ここは俺がなんとかするから」
「嫌だ!」
リゼは後ろから俺に抱きついた。服越しに、小さな体から熱が伝わってくる。
「お兄ちゃんまでいなくならないで! 私を一人にしないで……!」
悲痛な叫びが胸に突き刺さる。
大切な家族を失いたくないのは、俺もリゼも一緒なんだ。
俺が犠牲になっても、残されたリゼが絶望して生きることになるなら、その選択肢を選ぶべきではない。
リゼを守りたいなら、最後までリゼが笑っていられる結末を選ぶべきだ。
「リゼ、ちょっと目をつむってろ」
「えっ……? わかった!」
俺が今からやろうとしていることを、リゼには見てほしくなかった。嫌われたくなかった。
目を閉じると墓地に住まう死者たちの叫びが、濁流のように頭の中へ流れ込んでくる。
「なめてんのか!? おい!」
近づいてくるフレッドさんの大きな足音。
俺は死者に呼びかける。俺の願いに一番共鳴してくれるのは――
今だけ力を、リゼを助ける力を貸してくれ。
「行こう、サリー」
全身から魔力が抜け、どっと体が重たくなる。だけど、腕の中のサリーは羽みたいに軽くなった。
そっと手を離すと、右、左と小さなつま先が地面につく。二本の足は、病に蝕まれた体をしっかりと支えた。
細い腕、スカートから覗く素足。さっきまであったひし形の紅斑は、役目を終えたかのように消え去っている。
成功した―― 俺は安堵の息を吐く。でもすぐに、胸の中が罪悪感でいっぱいになった。
サリーを、蘇らせてしまったと。
けれど、俺は現実から目をそらすように首を左右に振った。今は自分を責めている時間などない。
俺の声に応え目覚めてくれたサリーと、リゼを守るんだ。




