13話 ネクロマンサーになる
「さぁ、着いたわよ」
「ここか? 周りに何もないぞ」
王都を出た骨の馬車は草原を抜け、荒野でその足を止めた。辺り一面を囲んでいた緑は嘘のように消え、ゴツゴツした岩と荒れた大地が、地平線の向こうまで続いている。
「いいから降りて、ほら駆け足」
「わかったよ……」
窓が鈍い音を立て変形し、地表へと繋ぐ骨の階段になった。言われるがまま、俺は馬車を降りる。
「それで、ここはどこなんだ?」
「ラキ草原よ」
「草原って…… 草なんてほとんどないぞ」
もう一度辺りを見渡すが、ひび割れた地面から申し訳無さそうに伸びる枯れ草が数カ所あるだけで、生命を感じる植物は見当たらない。
「五年前に私たちの住むモルジス王国と、聖王国アストロイアの戦争があってね。それ以来この有り様よ」
俺のことを急かしたくせに、ゆっくりとナターシャは階段を下る。痛いほどの日差しが降り注いでいるが、彼女は涼しい顔で周囲を見回した。
「誰もいないわね。じゃあ早速始めましょうか」
ナターシャが大地に向けて手をかざす。
「――おいで」
目を閉じささやくと、地面に新たな割れ目が生まれる。そこから骨の手がバッと伸びた。
地割れから抜け出すように、スケルトンが一体、また一体と顔を出す。数は三十以上、いや四十…… まだ増えるのか。
立ち上がると、脆い二本の足で直立した。まるで主の指示を待つ兵隊のようだ。それぞれが剣や槍、杖といった武器を手にしている。
「戦場こそ私たちネクロマンサーの聖域よ。ダレスも死者の鼓動を感じるでしょ!」
「何を言って……」
悪い笑みを浮かべながら、ナターシャはすーっと音も無く俺に距離を詰めてくる。
「いきなりなんだよ!?」
一瞬のうちに背後を取られ、左腕で胸をぐっと抑え込まれた。
狼狽える俺の右手の甲に、ナターシャは自身の手を重ねる。
「どぉ? 死者の声が聞こえる? お友達とはいえ、私の制御下にあったスケルトンを動かしたんだもの。あなたなら、感じるわよね?」
「っ……!」
耳元で囁きながら、ナターシャは重ねた手の指をねっとりと絡めてくる。彼女の長い黒髪が、俺の首筋にさらりと触れた。
「さぁ、手をかざして。初めは私が手伝ってあげるから。死者の声をよく聞いて―― 支配するの」
されるがまま、俺は絡み合った右手を伸ばし、目を閉じる。死人の声を聞くなんて芸当は耳にしたこともないが、なぜか自分にできないとは思わなかった。
ひたすらに耳へ意識を向ける。
荒野を抜ける乾いた風、岩壁から剥がれ落ちる岩、彼方から微かに鳥の声。
さっきまでのうだるような暑さが嘘のように感じなくなり、聴覚―― よりも第六感に近い何かが目覚めようとしているのがわかる。
真っ暗な視界の中に、無数の小さな光が見えてきた。いや、見えるというより感じると言ったほうが正しいか。
鼓膜に残っていた風の音が消える。俺は光の一つを掴むように手を動かした。
その時だった。
「うっ……!」
頭の中で無数の悲鳴が反響する。憎しみ、恐怖、絶望。人が持つ負の感情が、とめどなく脳に流れ込んでくる。
頭が割れそうな程の痛みと吐き気に俺は目を見開く。反射的に左手で口を覆い、地面に蹲ろうとしたのだが、背後のナターシャがそれを許さない。
「ダレス! あなたにもちゃんと聞こえたみたいね。みんないい声で鳴いているでしょ!」
「何を……」
胸を締め付けられ、俺の体は無理矢理に起こされた。下を向こうとする右手を力強く掴まれ、地面と水平になるよう引き上げられる。
線のように細い体からは想像もつかない程のナターシャの腕力。これもスキルというやつなのか。
「さぁどうしたの? 薬が欲しいんじゃないの? 楽しいのはまだまだこれからなのに」
そうだ。薬のためなら、サリーを助けるためなら何でもやるんだろ。
脳内で広がる悲鳴を押しのけ、俺は必死で自分を鼓舞した。
「そうよダレス! さぁ目を閉じて。どの子にしようかしら…… 迷うわー、あぁ、この子なんていいかも――」
瞼の裏で光の粒の一つが輝きを増し、目の前に迫ってくる。『恐い、苦しい、助けて……』死者の叫びが、自分の中に流れてくる。
「さぁ、支配して。相手の声を握りつぶすように、こっちに来いと伝えるの」
ナターシャはまた、重なった俺の手を強く掴んだ。俺に怯む隙なんて与えちゃくれない。
意識が朦朧とする中、俺は無理やりに喉奥をこじ開けた。
「……来い!」
ゆっくりと瞼を開くと、カラカラの大地を割って顔を出したスケルトンと目が合った。しかし、スケルトンは全ての力を使い果たしたかのように、そこから動かなくなってしまう。
「はぁ…… はぁ…… うっ……!」
胸を縛るナターシャの手が緩み、俺は地面に倒れ込んだ。今も頭で反響する死者の声を吐き出すように、俺は嘔吐した。
空っぽの腹から次々に胃液が漏れ出す。地に突いた両手は焼けるように熱かった。
「期待外れだったかしら…… でも、コツは掴んだでしょ。ちゃんとしたスケルトンを呼び出せるまで薬は渡さないし、帰さないからね」
雑に手を振りながら言葉を吐き捨て、ナターシャは馬車の方へと向かっていく。
乱れた呼吸を整えるのに精一杯で、俺は何も反論することはできなかった。
ネクロマンサーとしての洗礼を浴びた俺を、武器を構えるスケルトンたちが、音も立てずにじっと見つめている。
♢♢♢
もう何度死者の復活を試したのだろう。
足下には幾つもの骸骨が散らばり、広大な大地の一部を白く染めた。
大きく息を吐き、俺は地面に座り込む。太陽は地平線に近づき、茜色の光とともに冷たい風が肌を刺す。
体力も、精神も、すでに限界を超えていた。
初めは俺のことを眺めていたナターシャも、どこから取り出したのか、骨で組まれた椅子に腰掛け読書に勤しんでいる。
死者を呼び出せるのが先か、俺が力尽きるのが先か。
そんなことが脳裏にちらついた時、俺を見張るように立ち尽くしていたスケルトンが一斉に動き出し、ナターシャのもとへと向かった。
薄く土煙をあげ、姫を守らんとする兵士のように彼女を背にして武器を構える。
「ナターシャ、どうなってるんだ?」
俺の問いに答える様子もなく、ナターシャは本と睨めっこしたままページを捲った。
スケルトンたちの視線の先、岩陰から不自然な影が伸びている。
西日に照らされ長く大きくなったその影は、呼吸をするように一定のリズムで揺らいでいた。
ひんやりとした風に殺気が混ざり、俺の全身を突き抜ける。心臓が力を振り絞って拍動を速め、身の危険を体に知らせた。
俺は目を凝らし、一帯に点々と存在する岩場を見渡す。その一つ一つに、大きさの異なる影が不気味に伸びていた。
俺の背中を、嫌な汗がつうっと伝う。
「おい、ナターシャ! 何かいるぞ!」
声に反応したのは、ナターシャではなく影に潜む何かだった。




