12話 救いの手2
「いいものを見せてあげる」
ナターシャに続き、俺は貧民街の大通りに出る。路地の暗闇に慣れた目に太陽の光が差し込み、俺は慌てて手の平で庇を作った。
ナターシャは無邪気にステップし、整備不足で荒れた路面に両手をかざす。
「――おいで」
聞き覚えのあるフレーズが耳に入ると、路面の半分に黒い靄がさーっと広がった。靄からはひんやりした冷気が溢れ、地面から這い出るように、骨で組み上げられた馬車が姿を見せる。
「なんだ、これ……」
大きさの異なる多種多様な生物の骨が、折り重なって円形の客車を形成している。その客車からは、まるで甲殻類の脚のように複数の鋭利な骨が生え、その一本一本が地表をガッチリと掴んでいた。
そして客車を引く馬だ…… 一般的な馬より一回り大きいのが二頭。頭のない骨だけの体で、生き生きと白い足先を地面に打ち鳴らしている。
全身に鳥肌が立ったのは、靄の冷気に当てられたのではなく、この世のものとは思えない光景を目の当たりにしたからだろう。これを乗り物として扱おうとするナターシャは常軌を逸しているとしか言いようがない。
「可愛いでしょ」
さっきからご満悦なナターシャは俺に目配せし、客車へと続く骨の階段を上る。乾いた足音をかき消すように、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
「こんなもの街中に出していいはずないだろ」
「はい? あなた、何言ってるの?」
肩にかかる髪を払い、ナターシャは怪訝そうに俺を見下ろす。
「私は軍人でこれは馬車、街中だけじゃなくて外をつなぐ正門だって通れるわ。しかも、門兵は私の馬車だって分かってるから素通りできちゃう。顔パスならぬ馬パスね、まぁ馬に顔はないんだけど」
「笑えねぇよ」
一人でケラケラと笑うナターシャに、つい本音が漏れた。俺の言葉を気にすることなく、彼女は馬車に乗り込む。
「何してるの、早く乗りなさい」
「どこに行くんだよ」
場所も気になりはするが、そもそもこんな気味の悪い乗り物に身を預けたくない。
「着いてからのお楽しみよ。――それとも薬はいらないの?」
「くそっ」
覚悟を決め、俺は勢いよく骨の階段を駆け上がる。客車に入ると、階段は折りたたむように形を変え、窓となって入口を塞いだ。
先に座っていたナターシャを見下ろすと、くっきりと浮き上がった鎖骨に目が吸い寄せられる。俺は意識的に、そこから目をそらした。
「突っ立ってないで座ったら」
「ああ」
ナターシャと向かい合う形で、俺は白い座面に腰を掛ける。気まずい空気が流れる中、馬車は動き出した。
窓越しに、ドドドドと、馬車から伸びた足が地面を刺す音がする。かなりの速度で進んでいるが揺れは少なく、鉱山の行き来で使った馬車と比べても乗り心地は格段に良かった。
貧民街を抜けて人通りの多い場所に出たからか、甲高い悲鳴がいたるところから響いてきた。
「今日も王都は平和ね」
窓枠に肘を乗せて頬杖を突きながら、ナターシャは楽しそうに外を眺める。俺はわずかに身を乗り出して、ナターシャと同じ景色を見た。自然と俺の頬が持ち上がる。
慌てふためく王都の連中は最高に滑稽だった。
「そういえば…… あなたの名前はなんて言うの?」
「名前も知らない奴にこんなことしてるのか?」
ナターシャは、流れるように変わる景色を見つめながら静かに切り出した。開け放たれた窓から吹き込む風に黒髪が揺れ、さらりと首すじから肩を撫でる。
「どうでもいいでしょ名前なんて、言いたくないならそれでいいわ」
「ダレスだ。一応お前の名前は聞いたからな、答えておく」
「そう…… そんなことより、私の馬車の感想は?」
「そんなことって、そっちが聞いてきたんだろ」
ナターシャが話を明後日の方向にもっていく。取り乱す俺の反応を楽しんでいるようだった。
敵意を表に出さない彼女の対応に、徐々に俺の警戒心が解けていく。
言葉は交わすがお互いに腹の底まで知ろうとはしない、利害のみが一致した関係―― ではなく力のない俺が一方的に不利な立場なんだろう。
一定のリズムだった歪な足音がさらに速く地面に刻みこまれる。四角い窓から見える世界が、次々に切り替わっていく。
サリーの病を治す薬が手に入るなら、どこへ行ったって構わない。
たとえそれが地獄であっても。




