111話 荒野へ
気持ちを落ち着かせてくれた木々の香りが、肉と骨の焦げる悪臭に変わっていく。
俺たちは全速力で森の斜面を下っていた。サリーが大剣で草木を切り倒してくれるおかげで、真っすぐに道なき道を進んでいける。
「あの人たちを助けに行くって本気なんですか? ダレスが捕まってしまいますよ」
急ぐぞ、と無理やりアシュードに抱きかかえられたメロが、不安そうに口を開く。
「俺たちは冒険者だ。誰だろうと目の前で苦しんでる奴がいるなら助けてやらねぇと。それに、リゼちゃんがいるかもしれんしな」
口角を持ち上げ、アシュードが勝気に笑う。
聖王国アストロイアとモルジス王国の軍隊が、スケルトンの爆発によって壊滅的な被害を受けたのは間違いない。その隙を見て、ナターシャのいる骨の城に潜入するのが俺の取るべき行動なのだろう。
だけど、助けられる人がいるなら助けてやりたい。不条理に殴られた人なら尚更だ。
森を抜け、俺たちはモルジス王国の国境を越えた。警備兵の気配すら感じなかったのは、あの爆発に注意が向いていたからだろう。
そのまま生命の気配を全く感じさせない荒野に足を踏み入れる。
靴の底からでも感じる砂の熱。視界の奥で揺らめく陽炎。そして、青い空を突き刺すように伸びる骨の城。
まだ距離はあるのに、見上げるほど大きいその建造物は強烈な威圧感を放っている。
「人どころか、スケルトンも見当たらねぇぞ」
目を凝らしてアシュードは周囲を見回す。爆発でスケルトンは消し飛んでしまったのだろうか。
「待ってください、あそこに誰かいますよ!」
アシュードの腕を離れたメロが、岩陰を指さす。その先で男が一人、岩にもたれかかるようにして倒れていた。足下にだけ差し込んだ日光が、煤を被ったグリーブを照らしている。あの鎧は聖王国アストロイアの騎士だ。
駆け寄ったところで、見覚えのある端正な顔立ちに俺だけが足を止める。
「ライロ……!」
「その声はダレスか……」
俺の声に反応するとライロは顔をゆっくりと傾ける。
交わった瞳は地下牢で対峙した時よりも鋭く、目をそらしたくなるほどに怒りで満ちていた。
「やって…… くれたな……」
「違う、俺は」
「黙れ」
肩で息をしながら、ライロは剣を杖替わりにして立ち上がろうとする。だがバランスを崩し、重い音を立てて前に倒れこんだ。
「兄ちゃん、爆発に巻き込まれたのか? 無理するな」
「うるさい……!」
差し伸べられたアシュードの手を、ライロは振り払う。
「レスティーを逃がしたからこんなことに。お前たちネクロマンサーのせいで」
歯嚙みしながら俺を見上げるライロの目には、薄っすらと光るものがある。
ライロの言う通りだ。だけど俺も、妹のために引けなかったんだ。
こみ上げた言葉を、俺はぐっと抑え込む。今ここでぶちまけたところで、言い訳にしかならない。
「ダレスは悪くありません!」
杖を強く握りしめ、メロは声を大にする。
「悪いのはナターシャってネクロマンサーだけですよね。ダレスはずっと、サリーちゃんとリゼちゃんのために頑張ってるだけじゃないですか」
「メロ……」
声を上ずらせながらもメロは訴えかけた。その言葉に、胸の中で広がっていた靄が消えていく。
ライロは不服といった様子で顔をしかめたが、諦めたように一つ息を吐いた。
「……こいつに悪意がないのはわかってる。そうじゃなきゃ、俺の前に現れたりしないだろうしな」
眼差しを和らげるライロに、俺はすっと肩の力を抜く。
「まずは怪我の手当をしないと。治癒のポーションもあるんだ」
「それは受け取れない」
「ライロ!」
俺が取り出したポーションに、ライロは手甲で覆われた手をかぶせる。
「違う、そうじゃない。この奥で、仲間が倒れているのを見た。そいつらに…… 使ってやってくれ」
息も絶え絶えに、ライロは「俺より重症だから」と続けた。
「わかりました」と、メロが威勢よく飛び出していく。
「とりあえず休めるところへ行こう。肩を貸すぞ、ライロ」
「まさか殺し合いをした相手に助けてもらうとはな」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、ライロは俺の肩に腕を回した。成人男性とその全身を覆う鎧の重みが、俺の肩と腰にずしりとかかる。予想以上にきつい……
見かねたアシュードが心配そうに駆け寄ってきたが、俺は歯を食いしばってなんとか立ち上がってみせる。アシュードでもサリーでもなく、俺の手でライロを助けてやりたかった。
「生きててくれて良かったよ」
喉の奥から声が漏れた。俺は少し恥ずかしくなって、前髪を触り表情を隠す。だがライロは、遠くを見つめたまま重々しく口を開いた。
「生き残れたのはお前のおかげかもな。地下牢での戦いで傷を負ったせいで、後方支援の部隊に回されたんだ。――あの爆発を間近で受けずに済んだ」
「ライロ……」
「俺は運がいいみたいだ。あの日も、お前らが地下牢を出て行ってから少しして、遠征に出ていた騎士が帰ってきてくれた。そして今日の戦い。本当なら俺は二度死んでいる」
肩にずんと重みが加わる。ライロはうなだれるように下を向いていた。その横顔は、騎士としての心が折れかかっているように見える。
「少し距離はあるが俺たちのテントがある。そこまで頼む……」
淡々と話すライロだったが、何か思い出したように声色を明るく変える。
「フレンも今回の作戦に参加してるんだぜ」
「――そうか、フレンも助かってたんだな…… 良かった……」
噛み締めるように呟くと、ライロは俺の肩に回していた手をポンと弾ませた。




