110話 戦いの始まり
開けたモルジス王国の荒野を埋めるように、何もない地面から突如として骨の城が現れた。あの日からもう三日も経ったが、俺とサリー、アシュードとメロの四人は、潜伏した森の中から動けずにいた。
「あそこにナターシャがいる。あいつの悍ましい魔力の波動を確かに感じるんだ。だから……」
俺はアシュードとメロに訴えかける。
侵食するように俺の肌に纏わりつく魔力には、ナターシャだけでなく彼女のメイドたちのものも含まれているのだ。
「もしかしたら、あそこにリゼも……」
焦りの色が濃くなる俺の声音に、アシュードはすぐに反応する。
「じゃあ早く向かうためにも作戦を練らないとな」
アシュードからたしなめるような視線を向けられ、俺は唇を引き結ぶ。
「昨日、聖王国アストロイアの斥候部隊が、あの城の周りを尋常じゃない数のスケルトンが徘徊していたのを確認したらしい」
考え込むように話すアシュードの隣で、「わたしが今朝仕入れた情報ですよ」とメロが突き出した自身の胸を叩く。
「ダレスの読みは間違いないだろう」
大量の死者を操っているのはナターシャかレスティーのどちらか、またはその両方。だが同時に、城の主が誰かという確信を得たのは俺たちだけじゃない。
「この近くに聖王国アストロイアの兵が増えているのも納得だ。そのせいで身動きがとれないんだがな」
「くそっ」
眉を下げてアシュードは両手を広げる。俺は苛立ちに任せて小石を蹴り上げた。高く舞った石の欠片が、木漏れ日のカーテンを破るように飛んでいく。
指名手配されている俺はただでさえ人目を避けて行動しなければならないのに、これではリゼを助けるどころの話ではない。
「いつかはチャンスがくると信じろ。――おっ、大好きな妹ちゃんのお帰りだぜ」
アシュードの視線を追うと、太い木の枝の上でサリーが俺を見下ろしていた。俺たちの中で最も素早いサリーに、周囲の偵察をお願いしているのだ。
「どうしたサリー、何か見つけたのか?」
ひらひらのスカートを押さえながら着地すると、サリーはこくりと頷いた。そして俺の手を掴み、来た道の方へと走り出す。
「わ、わたしたちも行きましょう」
サリーの異変を感じ取ったのか、メロとアシュードも後に続いた。
♢♢♢
視界を遮る木々が少なくなると、小高い丘の頂上が見えてくる。俺が骨の城を初めて見つけた場所だ。
快晴の中で異質な空気を放つ、山肌に沿ってそびえる城。それを半円状に囲うように、かなりの距離を置いて軍隊が陣を敷いている。
「あれは赤い…… 旗か?」
「なんだ、自分の国の軍旗も知らないのか」
手で庇を作り目を細める俺の隣で、アシュードは驚いたように言う。
「知らないというか、遠くて見えにくいんだ」
「まだ若いのに、年寄りみたいなことを言うな」
ガハハと大口を開けてアシュードは笑う。豆粒くらいの大きさしかないのだが、アシュードの目がよすぎるだけではないのか。
後ろの方から「待ってください」とぜぇぜぇ息を切らすメロの声がするが、アシュードは気にせずに続けた。
「モルジス王国の部隊が前衛で、後方で見守るように聖王国アストロイアの部隊がいるな…… 今から攻め込むのか?」
眉をひそめてアシュードは首をひねる。きりきりと俺は奥歯を噛みしめた。
「二つの国で協力して城を堕とそうってことか…… もし中にリゼがいたら……」
焦りが伝わったのか、サリーは掴んでいた俺の手を再び強く握りしめる。血の通わない冷たい手が、情報一つ一つで混乱しかける俺を冷静にさせた。
「気持ちはわかるがまだ様子見なのは変わんねぇ。――おっと、始まるみたいだぜ」
咆哮のような唸り声が、風に乗って俺の肌を強くなでる。砂煙を巻き上げながら、モルジス王国の歩兵部隊が一斉に行進を開始した。
「なんだありゃ。足は遅いし隊列もバラバラ。民兵の寄せ集めか?」
アシュードが悪態をつくのも無理はない。今までモルジス王国が戦争に使っていたのは、ネクロマンサーが操る死者ばかりだ。生きた兵士に戦闘経験などほとんどなく、これが初陣だという者も多いだろう。
「向こうも仕掛けるみたいだぞ」
押し寄せる兵士に反応するように、鋭い骨を重ね合わせた城門がゆっくりと開いていく。まるで巨大な魔物が口を開けているかのようだ。
どす黒い魔力をまき散らしながら、中から無数のスケルトンがわきだしてくる。
「まずいぞ。早く逃げないとあいつら殺される」
「いや、数は凄まじいが敵は雑魚のスケルトンだけだ。荒野に放たれる前に一気に包囲して叩きつぶした方がいい。乱戦になるのを避けねぇと」
さらに唸り声を強くし、速度を上げる兵士たち。アシュードの読み通りに戦局は動こうとしているのだろう。
なんでだ、誰も気づいていないのか。魔力が流れてくるのは城門だけじゃない。
「だめだ…… もう遅い……」
俺は崩れるようにして地面に座り込んだ。
「どうしたダレス! って、なんだこいつは……」
勢いを増したはずの声は、悲鳴となって俺たちの鼓膜を震わせる。攻め込む兵士たちの隙間を縫うように、地面からスケルトンが這い出してきたのだ。
「なんで、スケルトンがあんなところから……」
「これもきっとナターシャの作戦だ」
乱れる陣形。逃げ出す兵士。死への恐怖が瞬く間に広がり大混乱となる戦場。
「おい…… 倒れたはずの兵士が仲間を襲ってるぞ……」
こうなってはもう手遅れだ。
溢れんばかりの死者の声が脳に直接響いてくる。
『死にたくない』『助けてくれ』
死してなお己の現状を理解できないまま、兵士たちは生ける屍へと変えられていく。
「……こんな…… こんな惨いことがあっていいのか」
俺の肩に手を置き、アシュードは言葉を詰まらせる。
これが戦場のネクロマンサーなんだ。
ナターシャの隣にいたら、もしかしたら俺も同じように――
「完全に流れが変わったぞ」
アシュードの声で俺は立ち上がり目を凝らす。一斉に城に攻め入ったはずの人の粒が、波に押し戻されるように進行方向を変えていた。
聖王国アストロイアの軍に、スケルトンと動く屍となったモルジス王国の兵士が迫る。
だが、日光をきらりと反射する白銀を纏った騎士たちが退くことはなかった。
「はぁ、はぁ、やっと追いつきましたよ。って、なんですか、このヤバい攻撃魔法の反応は!」
よろよろと俺の後ろに立つなり、メロは聖王国アストロイアの軍を指差し声を荒げる。
半円状に陣を組んで待機していた騎士たちの上空に、光り輝く巨大な五本の矢が現れた。その先端は、続々と数を増やす死者の群れを囲うように伸びている。
「まだ生きてる奴もいるだろ! あんな攻撃くらったら……」
「巻き込まれるのは属国の兵士だけだ。敵のついでに兵士も倒して、武力を失ったモルジス王国を完璧に取り込む。聖王国アストロイアは、はなからそのつもりだったのかもな」
絶望に染まる死者たちの叫びが、俺の脳に刻まれていく。モルジス王国の兵士たちは、最初から死ぬためにここへ来たっていうのか。
「武器を持った騎士も出てきたな。敵を引き付けて魔法を放ち、打ち漏らしを刈るって作戦か」
神妙な面持ちで、アシュードは髭の伸びた下顎に手を添える。メロが「どうしてこんなことに」と俺たちに説明を求めた時、押し寄せる死者目掛けて光の矢が放たれた。
ズドンと地を揺らす衝撃。宙を舞う死者の軍勢。
死者が纏う禍々しい魔力をかき消すように、地面に突き刺さった光の柱が天に向かって伸びている。
が、次の瞬間――
視界の中心で火花が弾けると、連鎖するように一帯で爆発が巻き起こった。
一瞬の内に、それぞれの赤い炎が膨らんで荒野全体へと広がっていく。
少し遅れて激しい爆音が、空気を震わせ俺たちに押し寄せた。
「なんだあの爆発!? これじゃあ術者の方まで死んじまうぞ」
「違います! 強力な魔法を扱う魔法使いほど、威力のコントロールには神経を尖らせます」
アシュードの問いに、メロは爆風で飛ばされそうになる帽子を押さえて答えた。
「あのスケルトン一体一体が、爆発したんです」
全身を焼くような熱風を浴びながら、俺たちは凄惨な光景を眺めることしかできなかった。




