107話 リゼ救出作戦
「ダレスっ…… お前ってやつは、なんでこんなに……!」
アシュードの顔を覆う大きな手の隙間から、洪水のように涙が溢れ出してくる。食事を終えて小さくなった炎が、その豪快な泣きっぷりを照らしていた。
俺はアシュードとメロに、これまでの経緯を包み隠さず話した。
サリーの死とナターシャとの契約。囚われているリゼ。フレンを騙して聖王国アストロイアへ侵入したこと。そして、最悪のネクロマンサーの異名を持つ、レスティーを連れ去る手助けをしたことも。
別に不幸自慢をしたかったわけではないのだが、話の途中から二人は鼻をすすって目頭を押さえだした。メロなんて、「さっきは冷たくしてすみません!」と俺に泣きつこうとする有り様だ。
「すまん、感情的になっちゃいかんな。落ち着いて今の状況を整理しよう」
パンとアシュードは両手で自分の頬を打つ。
「ダレスのもう一人の妹、リゼちゃんをナターシャってネクロマンサーから助け出す。間違いないな?」
「その通りだ。レスティーを復活させるっていうナターシャの目的は達せられたし、もう俺を縛る理由はないはず」
ナターシャはレスティーのことしか考えていなかった。俺やリゼのことなんて、もう名前すら忘れているかもしれない。
「リゼはモルジス王国の首都、グルーケルにあるナターシャの屋敷にいる。ここからだとかなり距離はあるが、なんとか早めにたどり着きたい」
俺が噛みしめるように呟くと、メロは指先で瞼をぬぐって立ち上がる。
「行きましょう! 今すぐに!」
「メロ」
アシュードは目線だけをよこしメロを制した。腕を広げて翻ったローブが、ストンと力なく体を包む。
「俺もそうしたいのは山々なんだが、問題はな……」
メロに向けていた視線を、アシュードは切り株に座って足をパタパタさせるサリーへと移した。
「サリーがどうかしたのか?」
「手配書のことだ」
俺の問いに、アシュードは後頭部をかきながら続ける。
「手配書にはダレスの顔だけじゃなく、サリーちゃんの顔と情報も載ってる。ネクロマンサーとその使い魔みたいな感じでな」
「サリーまで?」
「そうだ。ダレス一人なら身を隠して街道を進めるかもしれないが、サリーちゃんとセットってのは誰かしらに気づかれるリスクが高い」
「なら、俺とアシュード、サリーとメロの二手に分かれて行動するのはどうだ? 多少距離が離れてても、サリーへの魔力伝達は可能だと思う」
名案が浮かんだと俺は声を少し弾ませたが、アシュードは首を縦には振らなかった。メロは話についてこれていないのか、首を傾げ難しそうに眉根を寄せている。
「もし襲われたら誰が自分を守るんだよ。ダレスはサリーちゃんと一緒じゃなきゃだめだ」
「……そうだな」
俺は唇を噛み、バチっと跳ねた焚火を見つめる。
アシュードの言う通りだ。サリーがいなければ俺は戦うことはできない。それにサリーだって、俺が近くにいないと力を十分に発揮できないはずだ。サリーも狙われる危険があるのを踏まえると、やはり一緒に行動するべきだ。
「そんな暗い顔すんな」
顔を上げると、アシュードは重たくなりかけた空気を吹き飛ばすように笑った。
「そりゃ早いに越したことはないが、俺たちは別に時間に追われているわけじゃない。大切なのは、確実にリゼちゃんの元へとたどり着くことだ」
「そうです、そうです! わたしもそれが言いたかったんです」
「さっきと意見が真逆だぜ? メロ」
興奮しながら割って入ったメロに、アシュードはたしなめるような視線を向ける。「体はデカい割に、心は小さいようですね?」とメロが煽ると、「言うじゃねぇか陰湿魔法使い」とアシュードは返した。
「お前らやっぱ仲いいよな」
「そんなわけないですよ」
ぐぬぬと睨みつけたままのメロに、俺は軽く笑みをこぼす。
「あとはフレンだな。フレンもダレスを探すのに躍起になっていたが、俺たちと理由は違ったのか……」
今にも飛び掛かってきそうなメロをあしらいながら、アシュードは考え込むように言う。俺は咄嗟に目をそらすと、自分の腕を締め上げるように強く握った。
「でも、フレンは……」
首のない騎士に囲まれたフレンを、俺は我が身可愛さに見捨てた。決して仲間を見捨てないアシュードとメロの前だからこそ、俺はかつての自分が許せなくなる。
「ほんと、ダレスは視野が狭いですね」
茶化すような声色に、俺は目を細める。一本立てた指を得意げに振りながら、メロは挑発的な視線を俺に返した。
「ではダレス。あなたを追い詰めている手配書、一体誰が書いたんですか?」
「誰って……? ――そうか」
俺は口に手を押し当て目を見開いた。両手を腰に当てたメロが鼻を鳴らす。
簡単な話だ。俺がナターシャと協力してレスティーを奪い返したことを知っている人物。そいつにしか俺の手配書は書けない。
ロイデール騎士団の詰め所にいた騎士は、ナターシャによって無残な姿に変えられている。だとしたら、俺を知るのは対峙したギルラークとライロと――
「もしかしたら、フレンが生きてる……?」
確定したことではない。だけど、諦めていた結末がわずかな可能性として姿を変えた。
今の俺が地下牢にいたなら、救いを求めるフレンの声を拒絶したりはしない。俺たちは仲間なのだから。
「だったらフレンを――」
「おっと早まるなよ。今お前がのこのことフレンを探しに戻ったら、どうなるかわかるよな?」
アシュードの眼差しには、俺を黙らせるには十分な力が込められていた。俺はもう一度冷静になろうと、軽く息を吸って吐き出す。俺が捕まったら、ここまでしてくれたアシュードとメロに顔向けできない。
「フレンのことはもう少し世間が落ち着いてからだ。それまでは人通りの多い道を避け、グルーケルを目指す。適度に俺かメロが街に入って情報収集も必要だがな」
「情報収集はアシュードに任せます」
ビシッと手を上げるメロに、アシュードは「仕方ねぇな」と苦笑した。




