表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/106

105話 裏切り者3 


 どこか懐かしい、いい匂いがする。


 鼻腔をくすぐるさわやかな香草の香りに、輪郭を失っていた俺の意識が徐々に形を取り戻していった。


 重く閉じていた(まぶた)が、ゆっくりと持ち上がる。


「……アシュード?」


 ひんやりとした地面から上半身だけを起こし、俺は目を瞬かせた。


「やっと起きたか」


 切り株に腰を下ろしたまま、アシュードはぐつぐつと煮える鍋をかき混ぜる。立ち昇る白い湯気は、木々の隙間を抜けて夜空に溶け込んでいった。


 俺は夢を見ているんだろうか…… いや違う、やっと悪夢から覚めたんだ。


 そう思えたのは、今見えている景色も、匂いも、肌をなでる風だって、みんなと冒険していた時のものと同じだったから。


 隣を向けばキサラとメロがバカみたいな話をしていて、それを聞いたフレンがくすくすと笑っていて――


「ダレス!」


 荒々しくも幼さの残る声が、またぼやけかけた意識を鮮明にさせた。


「やっと聞こえましたか」


 見上げると、むっとした顔のメロと視線が重なる。


「メロ…… ここはどこ――」


「聞きたいことが山のようにあります! 勝手にパーティーを抜け出して、わたしたちがどれだけ――」


「メロ!」


 アシュードの静かな威圧感に気圧され、メロは口から出かかったものを噛み殺した。


「腹が減ってたら、落ち着いて話なんてできねぇだろ」


 底の深い木の皿に、とろりとした白いスープが注がれる。メロはアシュードからそれを受け取ると、唇を突き出したまま木にもたれかかるようにして地面に座った。


「ほら、ダレスも。どうせなにも食ってねぇんだろ」


 中身をいっぱいにした皿を差し出すアシュードは、怖いぐらいに優しい顔をしていた。俺は立ち上がって、両手でそっと皿を受け取る。


 ごろごろとした野菜と、白のベールをまとって浮かんだ肉。シチューだと気づく前に、早くよこせと胃がぐるぐると動き出した。


「いいのか?」


 みっともなく口の中がよだれで満たされていく。だが自分の理性が、食べることを拒んだ。

 俺はもうこいつらの仲間じゃない。施しを受けるに値しない人間なんだ。


 恐る恐る目線を上げてアシュードを見る。俺の問いに、アシュードは大口を開けて笑った。


「なに言ってんだ、ダレス」


「でも、俺を裏切り者って……」


「そうさ、お前は裏切り者だ。だけどよ」


 勢いよく自身の太ももを叩き、アシュードは俺の瞳を覗き込む。


「仲間って事実は変わらないだろ」


 ぱあっと視界に色が戻ったようだった。また誰かに騙されるかもしれないという恐怖を、アシュードは簡単に吹き飛ばした。


 シチューに寝そべるスプーンを手に取り、俺は夢中で中身をかき込む。口の中を焼く熱さとともに、優しい味が広がっていく。


「バカやろう、ゆっくり食え。誰も取らねぇよ」


 はふはふと口から熱を逃がす俺を見て、アシュードは嬉しそうに笑う。「ダレスは意地汚いですね」とメロが言うが、決して嫌みのあるトーンではなかった。


「美味い……」


 ぽろっと零れ落ちたのは言葉だけではなく、俺はスプーンを握った手の甲で瞼を拭う。けれどすぐ諦めて、ぐしゃぐしゃになっていく顔を晒した。


 一口、また一口と頬張る度に、体も心も満たされていく。あれだけ騒いでいた胃は、もう大人しくなっていた。


「そうだろ」


 頬杖を突きながら、ニッとアシュードが白い歯を見せる。俺は噛みしめるように二度うなずいた。


 アシュードのシチューは、少し塩辛くなっても美味かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ