105話 裏切り者3
どこか懐かしい、いい匂いがする。
鼻腔をくすぐるさわやかな香草の香りに、輪郭を失っていた俺の意識が徐々に形を取り戻していった。
重く閉じていた瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
「……アシュード?」
ひんやりとした地面から上半身だけを起こし、俺は目を瞬かせた。
「やっと起きたか」
切り株に腰を下ろしたまま、アシュードはぐつぐつと煮える鍋をかき混ぜる。立ち昇る白い湯気は、木々の隙間を抜けて夜空に溶け込んでいった。
俺は夢を見ているんだろうか…… いや違う、やっと悪夢から覚めたんだ。
そう思えたのは、今見えている景色も、匂いも、肌をなでる風だって、みんなと冒険していた時のものと同じだったから。
隣を向けばキサラとメロがバカみたいな話をしていて、それを聞いたフレンがくすくすと笑っていて――
「ダレス!」
荒々しくも幼さの残る声が、またぼやけかけた意識を鮮明にさせた。
「やっと聞こえましたか」
見上げると、むっとした顔のメロと視線が重なる。
「メロ…… ここはどこ――」
「聞きたいことが山のようにあります! 勝手にパーティーを抜け出して、わたしたちがどれだけ――」
「メロ!」
アシュードの静かな威圧感に気圧され、メロは口から出かかったものを噛み殺した。
「腹が減ってたら、落ち着いて話なんてできねぇだろ」
底の深い木の皿に、とろりとした白いスープが注がれる。メロはアシュードからそれを受け取ると、唇を突き出したまま木にもたれかかるようにして地面に座った。
「ほら、ダレスも。どうせなにも食ってねぇんだろ」
中身をいっぱいにした皿を差し出すアシュードは、怖いぐらいに優しい顔をしていた。俺は立ち上がって、両手でそっと皿を受け取る。
ごろごろとした野菜と、白のベールをまとって浮かんだ肉。シチューだと気づく前に、早くよこせと胃がぐるぐると動き出した。
「いいのか?」
みっともなく口の中がよだれで満たされていく。だが自分の理性が、食べることを拒んだ。
俺はもうこいつらの仲間じゃない。施しを受けるに値しない人間なんだ。
恐る恐る目線を上げてアシュードを見る。俺の問いに、アシュードは大口を開けて笑った。
「なに言ってんだ、ダレス」
「でも、俺を裏切り者って……」
「そうさ、お前は裏切り者だ。だけどよ」
勢いよく自身の太ももを叩き、アシュードは俺の瞳を覗き込む。
「仲間って事実は変わらないだろ」
ぱあっと視界に色が戻ったようだった。また誰かに騙されるかもしれないという恐怖を、アシュードは簡単に吹き飛ばした。
シチューに寝そべるスプーンを手に取り、俺は夢中で中身をかき込む。口の中を焼く熱さとともに、優しい味が広がっていく。
「バカやろう、ゆっくり食え。誰も取らねぇよ」
はふはふと口から熱を逃がす俺を見て、アシュードは嬉しそうに笑う。「ダレスは意地汚いですね」とメロが言うが、決して嫌みのあるトーンではなかった。
「美味い……」
ぽろっと零れ落ちたのは言葉だけではなく、俺はスプーンを握った手の甲で瞼を拭う。けれどすぐ諦めて、ぐしゃぐしゃになっていく顔を晒した。
一口、また一口と頬張る度に、体も心も満たされていく。あれだけ騒いでいた胃は、もう大人しくなっていた。
「そうだろ」
頬杖を突きながら、ニッとアシュードが白い歯を見せる。俺は噛みしめるように二度うなずいた。
アシュードのシチューは、少し塩辛くなっても美味かった。




