104話 裏切り者2
立場が変われば、積み上げた絆など簡単に失われてしまうのだろう。一時の利害関係の一致で集まったのが、冒険者のパーティーというものだ。害をなす存在へと堕ちた俺に、もう仲間としての価値はなくなってしまった。
裏切り者。
アシュードの吐いた言葉が、べっとりと俺の鼓膜に張り付いている。
「見損ないましたよ! ダレス!」
アシュードの背負う大きな盾の後ろから、ばさりとメロが飛び出してくる。つばの広い帽子が落とす影の下で、怒りに燃える瞳が俺を捉えている。
「まぁ、そんなにかっかするなメロ」
大木のような二本の腕を組み、アシュードは俺の前に立った。そして視線を俺からルナードへと移す。
「悪いがルナード、こいつは俺たちが連れて行く」
「バカ言え、俺たちが先に見つけたんだぞ」
「別に早いもん順なんて決まりはないだろ」
片眉を持ち上げ、アシュードは好戦的に睨みを利かせた。ルナードがきりきりと奥歯を噛む。
鍛えあげられた肉体を持つルナードだが、アシュードの巨体と比べるとかわいらしいものだ。苦い思い出が蘇ったのか、トージはルナードの後ろで何も言えずに固まっている。
指名手配された俺を取り合う二人に反応したのか、サリーが腕だけで激しく大剣を振り回した。
空気を切り裂く重たい音に、たまらずルナードとアシュードは距離を取る。木の根に拘束されたサリーの足が、攻撃の反動でギシギシと唸っている。
「どうして腕を抑えてねぇんだ?」
「あいにくそこまでの魔力は無くてな。足を止めるだけで精一杯なんだよ」
「なるほど、そんで今は仲間の合流待ちか。数でボコって無力化すると……」
アシュードは蓄えられた髭をさすると、深く息を吐き出した。
「なら、俺がそれを待ってやる義理はねぇな。メロ! 精一杯のデバフをサリーちゃんにかけろ」
背負った木の盾を地面に置くと、アシュードは袖を捲くり、拳を硬くしてぐるぐると回し出した。メロが突き出すようにかざした杖の先端が、淡い青をまとう。
「ちょっと待て! 俺は誰とも戦う気はない」
「話なら後でゆっくり聞いてやるよ」
俺はサリーを庇うように立ちふさがり両手を広げる。しかし、アシュードは止まるどころか助走をつけるように歩幅を大きくした。メロはためらうことなく詠唱を続ける。
「アシュード聞け! お前、誰にも攻撃できないんじゃなかったのか!?」
物理的にこの巨体を止められないならと、俺はアシュードの抱えている矛盾点を突いた。
『生きているものを傷つけてはいけない』という追放された一族の掟を、アシュードは頑なに守っていた。たとえ相手が魔物であっても、どれだけ攻撃を受けようとも、アシュードが手をあげることはなかった。
そんなあいつが、裏切り者とはいえ元仲間の俺たちを殴るなんてことはありえない。今はきっと、怒りで我を忘れているだけなんだ。
「なんだ、よく覚えてるじゃねぇか」
アシュードは止まらなかった。
感心したような口調で言うと、俺の肩をそっと押して道を作る。痛みはない。風に吹かれる木の葉のように、俺はサリーの前から引き離された。
アシュードの勇ましい横顔がよく見える。サリーを一点に据えたまま、岩のような拳を振りかぶった。
「――だけどサリーちゃんは、死んでるんだろ」
鈍く破壊的な衝撃音が響く。サリーの体は、強靭な木の根を引きつれて吹き飛び、村を囲う柵へと叩きつけられた。
「サリー!」
胸の奥が締め付けられるように痛い。サリーの受けたダメージが、俺にまで波及したようだった。
「俺たちと来てもらうぜ。ネクロマンサー」
淡々と言いながら向き直り、冷めた瞳でアシュードは俺を見下ろす。雲の隙間から差し込んだ陽射しが、彼の頬を伝う滴を際立たせた。
探るように俺が目を細めると、アシュードは慌てて顔を手の甲で拭う。必死に隠そうとしたものがなんだったのか、俺にはわからなかった。
「すまないアシュード。俺は…… 行けない」
「まぁ、そう言うだろうな」
両腕を組み、アシュードは乾いた笑みを浮かべる。
「だがお前に選択肢はない」
眉間にしわを作るアシュードに、俺は反射的に身構える。だけどアシュードの放つ威圧感からか、不思議と体に力が入らない。
自らの異変に気づいた直後、アシュードを捉えていた視界が薄い青色に染まっていった。
「せいやっ!」
気合のこもった声と同時に、ゴンと重い衝撃が後頭部を襲う。
完璧な不意打ちに受け身など取れるはずもなく、俺はそのまま地面へと叩きつけられた。
視界がぼやけ、むっとするような土の匂いが鼻に広がる。揺れる意識の狭間で目に入ったのは、木を編み込んだ杖を両手で握り、肩で呼吸するメロの姿だった。
そうか…… さっきのはメロのデバフか……
今となってはどうでもいい推察の中、俺の目の前は真っ暗になっていった。




