第1章 第7話 娘を守ると誓った直後【ウィルヘルム視点】
王城の謁見の間で、私は片膝をついていた。
目の前には国王陛下がいらっしゃる。
普段ならば、領地の運営や税収について報告するところだが、今日ばかりは違った。
「ウィルヘルム。急な謁見を願い出たと聞いた。何があった?」
「陛下。私の娘、の乗った馬車が襲撃を受けました」
口にしただけで、胸の奥が重くなる。
バランタイン家からの帰路、娘が何者かに襲われた。
幸い、エレノアは無事だったが、あの子が危険な目に遭ったという事実は変わらない。
もし、二度とあの笑顔を見られなくなっていたら。
考えるだけで、指先が冷たくなった。
「うむ。その話は聞いている。襲撃の目的はわかったのか?」
「いいえ。詳しい事情は、まだ調査中でございますが……」
「賊による偶然の襲撃ではない可能性もある、と?」
「はい。娘の婚約者は、南領伯を継ぐ立場にあるレオハルト殿です。バランタイン家の馬車を襲うようなたわけ者は、我が国にはと考えております」
陛下は顎に手を当て、しばらく考え込まれた。
「それで、そなたは何を望む?」
「娘の身辺を守るため、ご配慮を賜りたく存じます」
私は深く頭を下げた。
そして、もうひとつの願いを口にするため、息を整えた。
「陛下。そのことで、アルデハイト家の領地について、ご相談したきことがございます」
「領地だと?」
「はい」
私は顔を上げた。
「我が家は、大きな騎士団を持っておりません。これまでは領地の平穏を保ってまいりましたが、今回のような事件が起きたとき、我が家だけの力で家族を守りきれるのか、不安がございます」
領地を守ることは、当主である私の責務だ。
領民の暮らしを守り、先祖から受け継いだ土地を次の世代へ渡す。それが私の務めだった。しかし、娘の命を危険にさらすなど考えられない。
バランタイン家には、南領を治めうるだけ騎士や組織がある。
私たちだけでは備えきれない危険に対し、娘の身を守るには、バランタイン家の庇護に入るのがよいと考えたのだ。
「そこで、アルデハイト家の領地をバランタイン家に委ねることも、選択肢として考えております」
陛下の目が、わずかに細くなった。
「領地をバレンタイン家に献上するつもりなのか」
「はい。娘の命には代えられません」
言葉にした途端、胸の奥が痛んだ。
領地を委ねることは、決して軽い決断ではない。先祖から受け継いだ土地には、代々の苦労も、領民たちの暮らしもある。
だが、私は父親でもある。
エレノアは、妻に似て美しい女性に育ってくれた。実の所、これまでエレノアには婚約の話が沢山舞い込んできていた。
ただ、女癖や浪費壁など、少しでも素行が悪い噂がある者は、私が断り続けてきた。
おかげで、宮廷では肩身がせまく、家庭では妻から冷たい目で見られていた。
エレノア本人は、私のせいで結婚が決まらないことも知らず、「玉の輿に乗りたい」などと言っては、私を困らせていた。
そんな娘が、ようやく幸せをつかもうとしている。
私は南領伯に嫁ぐのは、危険だと反対していた。ただ、私より先に妻が求婚の書簡を読んでしまったせいで、とんとん拍子に縁談がまとまってしまったのだ。
無邪気に喜ぶ娘の姿を何度も見せつけられてしまった以上、私も腹をくくった。
娘が望む幸せを、何者にも奪わせたくない。
「わかった。そなたの願いは預かろう。領地の統治については、法と慣例に従って検討する。バランタイン家との調整も必要だ。襲撃の件についても、王家として調べさせよう」
「ありがたき幸せにございます」
「そういえば、昨日、レオハルトが南領の統治について申し出ていた」
謁見を終え、退出しようとした私を、陛下が呼び止められた。
「レオハルト殿が、ですか?」
「うむ。正式な就任を待たず、南領へ行きたいそうじゃ」
「襲撃と南領の問題に関係があると断定してはいなかったが、調査の必要性を訴えていた。王家への報告と権限の調整を条件に、調査を進めることを認めている」
「そうでしたか……」
「ちょうど、本人が外で控えている。そなたの願いとも関わる話だ。呼び入れよう」
「お願いいたします」
ほどなくして、謁見の間の扉が開いた。
「お呼びと伺いました」
「子爵家からは、自分の領地をバランタイン家に献上したいという申し出があった」
「まさか、そんな……」
「レオハルト殿」
「はい、子爵」
「娘をよろしくお願いします」
レオハルト殿は、私の手を取った。
「エレノア嬢を守るため、力を尽くします」
「王家としてもアルデハイト家の保護については必要な措置を検討する。領地の統治についても、法と手続きに従って協議を進めよ。襲撃の調査は、両家だけに任せぬぞ」
「ありがたき幸せにございます」
私とレオハルト殿は、そろって頭を下げた。
これで、娘を守るための一歩を踏み出せる。
そう思った、その直後だった。
「陛下! 急ぎ、ご報告がございます!」
謁見の間の扉が勢いよく開いた。
息を切らした使者が、片膝をついた。
「何事だ」
「アルデハイト子爵邸が……火災に遭ったとの報告が入りました!」
「……?!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
アルデハイト子爵邸。
私の家だ。
妻と娘がいる、あの家が燃えているというのか。
「妻と娘はどうなった! エレノアは無事なのか!」
「申し訳ございません。現時点では、安否の確認が取れておりません」
その言葉を聞いた瞬間、私は立ち上がっていた。
「陛下。すぐに戻らせてください」
「許す。現場の状況を確認し、必要な支援を求めよ」
「ありがたき幸せにございます」
私は一礼し、謁見の間を出ようとした。
「私もご一緒します」
レオハルト殿が、すぐに申し出てくれた。
彼の表情にも、隠しきれない焦りが浮かんでいる。
つい先ほど、私たちはエレノアを守るために手を取り合ったばかりだ。
その彼も、今は平静ではいられないのだろう。
「頼みます」
私は短く答えた。
エレノアは無事なのか。妻は。
どうか、二人とも無事でいてくれ。
私は祈るような思いで、愛する家族のもとへ急いだ。




