第九話〜紅白戦③〜
ほぼフリーの状況で、陽仁くんはボールを前線に運ぶ。ハーフウェイラインを超える。
赤チームは左OMF1人が本来陽仁くんのポジションであるサイドに流れている。代わりに陽仁くんが左OMFのポジションに入るようにドリブル。
さらに右OMF1人、RWB1人、CFのセイくんが、陽仁くんの位置取りより前を取る。
相手DF4人は陽仁くん以外の4人をマークするほかない。アキくんが持ち味のトップスピードを活かして追いつくことを願い、最終ラインは陽仁くんのドリブルに対し、ラインを下げることで対応していた。
ゴールまでの距離がおおよそ40Mを切った。
陽仁をファイナルサードで自由にさせる方がダメだ。そう判断したのか、セイくんのマークについていた白チームの中央のCBがついに、パスコースを切りながら陽仁くんに出る。左CBが、若干のゾーンディフェンスでその穴を守ることで次善策とするが、苦しい。
「深鶴!遅らせろ!」
今、陽仁くんに対応している中央のCBに対し、白チームのGKがコーチングを行う。陽仁くんといえど、得意でないという正面の相手へのドリブルというシチュエーションで、抜かれないことに徹されれば、さすがに剥がすことも簡単でない。
だが……ほぼ同時に、セイくんが素早く減速し、陽仁くんの右斜め前に顔を出したことで、状況が変わる。
白チームがコースを切ることで擬似的に作り出していた、張りぼての数的同数。そのメッキが剥がれ落ちた。
陽仁くんは素早い判断でセイくんの右脚よりも少し前に、ボールを置くようにショートパス。ドリブルコースを指し示す様な、意図が込められたパス。
セイくんは当然の様にそれを汲み取り、トラップを大きめに身体の左前に行い、スピードアップ。陽仁くんに寄せた中央のCBとボールの間に、身体を入れる様なドリブル。
最終ラインに達したセイくんを放置できず、相手左CBが詰めにくる。それに呼応する様に、相手左WBがマークをスライド。依然として数的不利。次善策だ。
セイくんはそのスライドにより、新たに産まれるスペースを見逃さない。赤チーム右WBへの、完璧なスルーパス。
「いや、素晴らしい!」
陽仁くんが走りながら手を叩き、その判断に感服の意を示す。彼の意図した攻撃の形が、正しく表れている証拠だろう。
セイくんにそのまま相手左CBがマークに付いた。相手左WBは赤チーム右WBを追わざるを得ない。
──完全に、白チーム守備網が崩壊した。
赤チーム右OMFは完全にフリーになり、ニアサイドに走り込む。右WBからのイージーなパスを、冷静に流し込んだ。
赤チームの先制。美しい攻撃の形に、観客席から拍手が沸き起こっていた。
***
前後半30分ずつの紅白戦はその後、ほぼ赤チームが試合展開を握り、結果は2-0で赤チームの勝利となった。
同時に練習は〆となる。
観客席のサポーターや取材陣たちも次々と退場していった。
怪我人も出ることはなく、和やかなムードで私たちもメディカルルームに向かう。
「お疲れ様、大丈夫だった?例の恐怖症の件も」
隼人くんが私の横に並んで歩く。
ツッコミ待ちかな。そうだよな。そういうことにする。
「琥太郎くんのフォローのおかげで大丈夫だったけど……他のみんな知らなかったってさ。なんでやか」
あからさまに不満げに両手をあげて首をかしげて見せる。
「あ!あの、それは、いや、共有できておらずすみませんでした」
ハッとしたように、わたわた必死に弁明しようとするも、言葉が出ずに素直に謝る隼人くん。やっぱこの人面白いのではなかろうか。
「冗談。私のメディカルとしての大きな欠陥でもあるから、受け入れる判断してくれて感謝してる」
心底ほっとしたように口角を上げる隼人くん。40代とは思えない純粋さである。
「ならよかった。この流れでごめん、別の話題だけど。怜南は試合後のケアも陽仁を集中的に見て欲しい。メディカル側の欠員が出たら都度フォローは依頼するけどね」
「問題なし。あ、朝は?私も何人か見れるようになった方がいいんじゃない?」
「それは……そうだね。できたら大変助かる。後でメディカルのミーティングで提案してみよう。もちろん陽仁は固定で担当してもらうけど」
「了解。ちなみに、これまで晴仁くんのケア見てたのは誰?」
「琥太郎だね。そういうわけで、琥太郎に君のフォローをするようお願いしてた」
ミッチーくんが、琥太郎くんが陽仁くんを見てると言ってたのは、正解だったらしい。
「なるほど。だから琥太郎くんは私を押し付けられてしまったのか」
「合ってるけど言い方!俺が嫌がらせしてるみたいな!琥太郎!嫌じゃないよねぇ!」
突然話題を振られた、前方を歩く琥太郎くんが振り返り、優しく微笑み、口を開いた。
「イヤジャナイヨ、シアワセダヨ」
「おい棒読みィーー!」
「ひどいわ!私と一緒にいるのがそんなに嫌なのね!!」
「ソンナコトナイヨ、タノシイヨ」
コントを演じながらメディカルルームに入っていった私たち三人を、先に入室していた選手とスタッフが、そして陽仁くんさえ
(なんやこいつら……)
と言いたげな目で見つめていた。
***
「まずは主観的負荷《RPE》の入力が済んでいるか確認してくれよな。それから違和感・痛みのチェックを頼む。データの記入が終わったら、後で報告に使うから、持ってきてくれ。諸々教える」
「オッケー」
「もし、違和感と痛みがあれば、チェックを頼む。分からないことがあれば呼んでくれな」
「ありがとう。既往部位は?」
「驚くことに無いんだなこれが。大きな怪我は今まで一度も無い。あっても打撲くらいだった」
「診やすいねぇ……」
「まったくだな。それじゃ俺は他見てくるから、頼む」
琥太郎くんは診療台で待つ選手のもとに早足で去っていった。
「さて…………」
私はクラブで用いている主観的負荷《RPE》の入力フォームを、管理者権限で開く。陽仁くんの入力データはもうあった。
テクニカル陣から申告があった想定負荷は『6』だったが……
「陽仁くん、主観的負荷《RPE》が『4』ってあるのは、打ち間違えとかじゃなく?」
「うん。いつも俺の申告は数字低めになりがちだからね」
「タフや……。それに、全体的に自己申告の数値は問題なさそう。ウェルネス……睡眠時間も食欲も、普段から安定して確保できてるの?できてそうだけど念のため」
「滅多に数字下がることはないかな、その辺り」
「流石すぎるな……今日診たり聞いたりするとこ無くなっちゃうよ……この分だと、昼の自主トレメニューも当分変えなくていいかも」
「あはは……」
私はあまりの優等生ぶりに天を仰ぐ。かつてのやんちゃ坊主は、本当にどこかに行ってしまったらしい。
なら、今できることは……。プライベートトレーナーとして。彼と向き合わなければならない人間として。
でもそれはきっと、コミュニケーションの積み重ねの中でしか、今はまだ見えてこないものなのかもしれない。
だから今は沢山話そう。話して話して、彼という人間を、私という人間を伝え合う事から始めよう。できることは、それしかなさそうだ。
「陽仁くん、それじゃ、夜間に時間あるなら通話させてほしい。明日の早朝にクラブハウスに集まるでもいい。少し互いに気になることを聞ければってのと、あとは、互いに積もる話もあるし、親睦も兼ねてね」
「じゃあ、明日の朝でいいかな?夜は長めにケアと睡眠の時間を取りたいし」
「助かる。それじゃ、よろしく」
こうして、あっという間に初めてのメディカルチェックは終わった。
メディカルチームの定例報告会もデータと共に「問題なし」と報告して終わった。私が複数人見るという話も、ケースバイケースの策としてまとまった。




