第七話〜紅白戦①〜
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7月20日 午後 横須賀律山スタジアム
ボールトレーニング開始
(一部公開トレーニング)
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ここから私は、琥太郎くんに付いてまわり、ようやくメディカルチームの現場を学ぶ。
さっき聞いたが、琥太郎くんは鍼灸師と柔道整復師の資格を持つという。チーム歴は7年にもなる、ベテランだ。
『怜南は現場とメディカルの両方の視点で陽仁と向き合わないとだし……琥太郎たのむ』
練習が開始したと同時に、隼人くんは琥太郎くんの肩を叩いてそう告げた。何かと頼られがちらしい。
「まあ、基本は多分、君がこれまでやってきたこととそう変わらないだろうけどな。緊急時に備えて選手を注意深く見る。俺なんかは特に、柔道整復師だからな……」
ここで私は「あ……」と声をあげる。一応面接では伝えていた事だが、多分、琥太郎くんには伝わっていない気がして。
「どうした」
「その事なんだけど、懸念点がひとつ。主に私の……隼人くんや監督は知ってるんだけど」
「?」
首を傾げる琥太郎くん。やっぱり何も聞いてないらしい。私は少し深く息を吸ってから、告げる。
「私、《《カウンタークロス恐怖症》》で……」
「はは、なんじゃそりゃ」
「要するに、トラウマ、ってこと」
妙な恐怖症の名前に和やかな笑みをこぼしていた琥太郎くん。
その表情が、かたまる。
「トラウマて……それって大丈夫なのか?」
「それ以外は業務に支障ないよ。ただ、その特定の状況、サイドからのカウンターでDFラインを高速で下げないとダメな状況、そこにクロスが上がる状況が無理……でも、本当にそれだけ」
「……分かった。無理はしないでな?」
しばしの沈黙。
鳥籠トレーニングで盛り上がる選手達の声、ボールを足で弾く音が、ヘッドコーチの「終了」という声で途切れる。
その空白に差し込む様に小さな声で、私は口を開いた。
「メディカルとして、我ながら情けないけどね」
「まあ……それでも隼人が獲った人材だ。それだけで俺は信用に値すると思う」
何、気を遣わせてんだ私は。
そう思って耳まで熱くなる。
「これはリップサービスじゃないからな。怜南のキャリアの積み方は正気じゃない」
琥太郎くんはそんな私を見透かした様に続ける。
「それに隼人は業界でも指折りのドクターだからな。そのデメリットを凌駕するだけの良さがあったんだろうな~と」
「ん?ハードル高くねえ!?」
しれっと見えない所で勝手に上がる私の株に戦慄し、恥ずかしさが吹き飛んだ。
「まあ、じゃなきゃ陽仁の専属なんて任せないだろうしな~」
「そ、そりゃあそうだけどさ~」
「……新人だろ。足りないとこくらい、先輩に任せておけばいいんじゃないかな」
そして、その言葉に心が軽くなる。
ちょっと気負い過ぎだったのかもしれない。彼のいう通り、私はまだ現場初日の新人だ。
「うん……そりゃ、そうだ。本当にありがとう」
「ていうか、隼人これ練習前にいうべきだっただろ。後でメディカルの会議で共有しても問題ないよな」
「ありがとう、問題ないよ」
琥太郎くんはサムズアップして、フィールドに視線を戻す。
きっと、いろいろ押し付けられているように見えるのは、この人柄の良さゆえなのだろう。
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7月20日 午後 横須賀律山スタジアム
ボールトレーニング 紅白戦開始
(公開トレーニング)
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ファンとメディアが、観戦エリアに集い始めていた。
彼らは戦術の情報を流出させないことを条件に、トレーニングに立ち会える限られた人々だ。
一方、私の仕事について。ここまでは、はがれかけたテーピングのまき直しとシュートトレーニングのボール集め以外、あまりすることが無かった。
紅白戦前の小休憩と選手の着替えの時間。その間に、メディカルのメンバーたちで、それぞれの持ち場を決める。
私は赤チームから見て左サイド、ハーフウェイライン付近で琥太郎くんと待機することとなった。
陽仁くんは赤チーム。私のプライベートトレーナーとしての役割を加味した配置となっていた。
赤チーム、白チーム共にフォーメーション5-4-1のミラーマッチ。
フィールドに散らばった選手たちのポジションからそう判断できる。
そして、なんと今季の新ユニフォームも着用している。メディア・ファンにお披露目も兼ねている紅白戦であればこそだろう。
赤チームは、メンツを見る限りおそらくスタメンを想定している。
ただ気になるのは、アキくんが白チームにいることだ。
移籍組をスタメン組として想定しない紅白戦であれば、サガくんが赤チームにいるのはおかしい。
(いったい、どういう意図で……)
そう疑問に思ううちに、前半でキックオフするチームがコイントスで決まったようだ。赤チームだ。
センターサークル内にセイくんが歩み寄り、ボールをセットする。
赤チームは両サイドのポジションを押し上げ、GK含めてラインを極端に高く保った。
あからさまな「これから敵陣深くにハイボールを蹴り込むぞ」という意思表示に等しいポジショニングに、白チームはバイタルの陣形を密集する準備をする。当然、はじき返すつもりだ。
陽仁くんもハーフウェイラインぎりぎりに構え、スタートの姿勢を保っている。
キックオフと同時に走り出すつもりだ。それを放っておくアキくんじゃない。少し距離を取り、陽仁くんにコンタクトできるような位置取りで待機していた。
審判を務めるコーチが試合開始の笛を鳴らす。
即座にセイくんがキックオフ。ボールを一気にGKのサガくんまで戻す……と同時に、センターバックを除く赤チーム全員が猛然と敵陣のファイナルサードを目掛けて駆け出す。
セイラーズのキックオフルーティン────。
「行くぞおらぁぁあーーーーーーーーー!!!!」
ふざける様な叫び声をあげ、サガくんは想定通りと思われるハイボールを蹴り上げた。
強烈なホップスピン。たかく、たかくボールは舞い上がり、ファイナルサードの手前ドンピシャめがけて落ちていく。
「たっか!」「回転かかりすぎ!ふざけんな!!」「鬼か!!」「痛そう嫌だ!!」「バーカ!!サガバーカ!!」「死ねーーー!!」
ボール目掛けて競り合う選手たちが、ヘディングを恐れてギャーギャー文句を言う。確かに、あの回転と高さを持った質のボールをヘディングしたくはない。
あまりにも同情と笑いを誘う光景だが、彼らはプロ。勝負師だ。誰一人として当然競り合いから逃げようとはしない。
赤チームの10番牧野、もといマキくんが相手の3番と競り合う。サイドに流れたセカンドボールを拾ったのは、白チームのアキくんだった。
ヘディングしたのはマキくんだったらしい。当たり所が悪かったのか、頭頂部をさすりながらサガくんを睨んでいる。
サガくんは叫んだ。
「ブラボーーーーーーーー!!!!」
「ぅるせーーーーーー!!!」
マキくんが叫び返し、また笑いを呼ぶが、九条監督が我慢の限界だったらしい。被せるような怒号が飛ぶ。
「真面目にやれふざけんな!!!!」
「「すみません!!」」
二人は即謝り、プレーに意識を切り替えた。
一方でアキくんが回収したボールに対し、陽仁くんが詰めて前を向かせなかった結果、いったん白チームのゴールキーパーにボールが渡っている。
状況が落ち着いた。
ヨッシーくんが数秒ボールを保持する間に、両チーム陣形を、声を掛け合って整えていく。
陽仁くんも、アキくんから離れて見える絶妙な位置取りまでポジションを落とした。
(いや、落ち着いてなんか、ない……これが)
これが、この形自体がキックオフルーティンの想定する展開の一つだ。
相手……白チームのディフェンスラインに《《ボールを持たせ》》ている。
自チーム……赤チームはOMFの双翼二人とFW一人で、相手の三人のCBに相対するような位置取りを保つ。
一見して空いている相手の両WB。さきほど陽仁くんが取った位置取りは実際に中央三人よりも相手との距離が離れている。
そこに向けて出したボールは問題なく繋がるように見える。
だが、それが罠だ。
相手WBにボールを持たせる流れを呼び込むことこそ、九条監督のセイラーズの狙いだ。白チーム左右のCBが味方のWBに身体を向きなおした瞬間をトリガーとし、猛然と赤チームのWBはプレスをかける。他の選手の守備がマンマーク気味に連動することでパスコースを限定し、ボール奪取を狙う。十八番とも呼ぶべき、セイラーズによるショートカウンターのセットアップだった。
無論、両チームは"お互いにセイラーズ"であり、その罠は熟知しているはず。簡単には引っ掛からないだろう。そう思っていた。
目の前で、白チームの右CBが、相手のプレスから逃げる様にアキくんにパスをはたくまでは。




