第十五話〜第一回テストマッチ③〜
「あの時、少し頭をよぎったんだ」
主語がなく、陽仁くんは少し言い淀んでいる気があった。
「なにが?」
「……サガ、移籍前に怪我したら洒落にならないだろ」
「あー……それで、突っ込まずに離れたんだ」
「そういうこと」
ほっとしたように陽仁くんの目じりから力が抜けるのが見えた。
……ほっとした、か。
何に?私が納得したからか?
本当にそれだけか?
対人の経験則が黄色信号を出している様な、そんな気がする。
これ以上踏み込んでいいかは……私は、陽仁くんのことをそんなに分かってるわけじゃないから、分からない。幼馴染であり、ビジネスパートナー。そんな相手が隠し事を秘めてるかもしれないと、根拠のない直感を得たとき、どうすればいいのだろう。
「わかった、ありがとう。よかった不調とかじゃなくて」
この場はいったん引いていい。それでいいとは思う。
私たちは互いに、後半戦のフィールドへと視線を送る。
スタジアムの屋根影が伸びて、自軍左サイドを覆い隠していた。日が傾いたか。そう思い上へ視線が動く。
その時。セイラーズベンチから、フィールドをまたいで反対側。その客席上空で光るものが浮遊していたことに気づく。
(ドローンだ)
おそらくセイラーズのアナリスト部門が使用する、選手のマッピングデータ収集用のものだ。ベンチから出て、メディカルチームが集まる位置に歩いていきながら、私はぼんやりとドローンを眺めていた。
(私は、陽仁くんのことをそこまで分かってるわけじゃない、か)
さきほど自分自身に下した評価を反芻する。ジャージの腕の裾を、強く握りしめる。
「琥太郎くん」
「どうした」
気が付けば私は、琥太郎くんに声をかけていた。
琥太郎くんは唐突に声をかけられたのに、いつもと変わらない調子で応えてくれた。
「メディカルってさ。アナリストから、過去映像とトラッキングデータの提供ってしてもらえるでしょ?申請がいるなら教えて欲しい」
「それは……陽仁に、何かあったか」
「問題はないよ。ただ気になるところが多い。分からない部分も多い。私は彼がどういう選手か、まだ多分知らない」
「……分析したい、という話かな?なら、調べたい内容をアナリスト部門にじかに依頼をかけてみてはどうだろう。その方が効率がいいだろうしな」
「それは、そう。うーん……」
違う。違う。そういう問題じゃないんだ。
でも、上手く言語化できない。琥太郎くんの言うことは正しいけど、何一つ、しっくりこないんだ。
「2010年代のリバプールのアナリスト部門の成功の秘訣は、人の眼を捨てなかった事に尽きる」
ミッチーくんが、いつの間に後ろに立っていて。そんなことを独り言のように言いながら会話に割り入った。
「データで分かるのとサッカーが解かるのは、違う。いいんじゃない?俺たちもまた、怜南を知らねーんだし」
「?俺たちは医療者の端くれだ。分析するにも、根拠は大事にしたいな」
「怜南はフィジカルコーチでもある。メディカルとは少し違う視点からサッカーを見ているかもしれねえだろ」
データでわかる?サッカーがわかる?ミッチーくんの言うことも正直私はあまり分からない。この人は何を言ってる。
しかし聞き心地は良い。確かに違うんじゃないかと。ミッチーくんが間違ってるとは、なんとなく思えなかった。いやでも、それって、私に都合がいい事を言ってるから、私自身が思考にバイアスかけてんのかな?無意識に納得しようとしてる?自分も疑わしい。
いや、いやいや、なんにせよ、今はありがたい助け舟だ。
ここは素直にあやかろう。
「琥太郎くん、お願い。一度、私が納得いくまで、陽仁くんのデータを見たいんだ。目的とか根拠とかは……ただ、私は陽仁くんをもっと知っていたい」
「ぼんやりしてるなぁ……けど」
琥太郎くんは困ったように目頭を押さえてから「よし」と小さく気合を入れるような声を張った。
「怜南。わかった、好きにやってみてくれ。ミッチーは変な奴だけど……いつも結果的に正しいことをいうやつだからな」
「なんか褒めてねえなそれ」




