第十六話
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7月28日 23:00
横須賀市内 アパート自室
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アナリスト部門は、陽仁くんに関する試合データの提供を快諾してくれた。
前年度の細かなスタッツ。試合の全面映像。また、シーズン毎の行動選択の割合に至るまで。
「アナリティクスで今回の白銀さんの疑問を解消できるかと言われたら、おそらくできない、が回答になります」
アナリスト部門の小林遥香さんとの通話を思い出した。アナリティクスはパターン統計でしかない。そう言いながらも、データを提供してくれたのは善意の表れか。
「さらに補足ですが……今回の疑問は陽仁くんのたった一回のクリア判断から生じたものです。アナリティクス的視点でいわば、その行動パターンは単なる『外れ値』なんです」
だから、過度な期待しないでくださいね。
そんな声が聞こえるようだった。
それは、正論だ。
私がこれからやろうとしてることは、現代スポーツの効率性から逸脱した、前時代的手法になる。
まだ『マネーボール』もない、野球でセイバーメトリクスが軽視されていた時代よりもさらに前。監督が選手のコンディション管理や戦術に至るまでの全てを所掌しなければならなかった、古い時代の視点────1人の人間が、その全ての視座でゲームを観るということ。
でも。
私には、それを現代サッカーでもできるはずだ。
プレイヤーとしても半端で、コーチとしても、メディカルとしてもまだ半人前。でも、こんな私だからこそ、広く新鮮な視点で観察できるはずだ。
データに未だ起こらない、その奥に潜む物事の本質を、感じ取ってやるんだ。
そう意気込んで、モニターの試合映像を前のめりで見始めた──────
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7月29日 9:00
横須賀セイラーズ クラブハウス
会議室B
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寝不足だ。
ずんと痛む頭が気持ち悪い。
────結局私は、データから陽仁くんのプレーの根拠を導き出すことはできなかった。
(それは、小林さんの言う通りだった)
でも。
統計上、陽仁くんのあのプレーが外れ値であること。それだけは確かなことだった。ああいう局面で強い接触を好む印象が強い。似た局面を映像で何度か観れたが、昨日のような選択肢をとる様子は無かった。
統計データが印象と異なる場合もなくはない、と小林さんは今日分析してくれるというが……それ抜きでの見解は私と同じだという。
(外れ値。これも結局、小林さんの言う通りなんだよな……)
そうなった場合に話そうと、心に決めていた人がいた。その人と今、待ち合わせをしている。
無造作にドアが開かれた。
「待たせたな」
足早に入ってきたのは、九条監督だ。
「いえ、ありがとうございます。メールで送った陽仁くんの件について、早速相談させてください」
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それから、九条監督に順を追って説明した。
前日のオーバーヘッドクリアに対する違和感。
それが陽仁くんのプレー傾向を考慮した際に、外れ値となるのでは、ということを。
九条監督は机から少し身を乗り出し、私に問う。
「なるほど……数字の根拠は無いか。とはいえ、君の勘が働いた可能性は、俺も捨てきれないな。で、俺は……何をすればいい」
少しだけ深く息を吸い、私は本題に入った。
「まずは、聞きたいんです。こういうプレー選択に対して、思い当たる部分があるか。監督は陽仁くんのこと、長く見てきているので」
「そう、だな……」
監督は椅子の背にもたれ、そのバネの反動で体を軽く揺らす。
軋む音が会議室の壁に沁みるような、無言の数秒を経て────
「ある」
そう、一言つぶやいた。
「あるって、つまり以前も似たようなプレー選択取ってたことがあったってことですか?」
「……玲南。質問で返すようだが、陽仁の個人タイトル見たことあるか」
なぜ、個人タイトルの話を?
疑問に思いながらも私は首を横に振る。
昨年度のベストイレブン受賞は耳に新しいが、それ以外は知らない。
監督は粛々と続ける。
「4年前の2022年シーズンに、陽仁は【フェアプレー賞】を受賞した。その感じだと……そこまではスタッツを遡れてはないか。見ればわかる。今出せるか?」
私はタブレットをリュックから取り出した。
スタッツデータがまとまっているフォルダを開く。2022年のデータ。監督にタブレットごと手渡す。
彼はスーツの胸ポケットに下がる老眼鏡を手に取り、画面を確認した。
「間違いない、これだ」
私のほうに戻されるタブレット。その画面を確認する。
「ファウル数、警告数、デュエル数、デュエル勝率、タックル数……見てほしいのはそのあたりだな」
「……これは」
「そう、数字が著しく低い。ここ数年のデータと比べると大きく違うはずだ。当時のアイツはそのあたりのデータが、リーグ平均値といい勝負になっても、上回るって感じじゃなかった」
なるほど、私、直近のデータを重要視しすぎてたかもしれない。
『陽仁が変わったのはここ数年のこと』
そんな話をミッチーくんがしていたことを思い出した。
「【クリーン】だったんだよ。良い意味でも、悪い意味でもな。容姿もあるだろうが、それゆえに呼ばれる様になったのさ。【横須賀の貴公子】だなんてな」
「貴公子……そこから付いていたんですね」
「ああ。その時のアイツが昨日のオーバーヘッドクリアをしているんなら、らしいプレーだと思うがな。俺が君のように違和感を見出せなかったのは、その時の印象がまだ抜けきってないから、かな」
「なるほど……じゃあ、このシーズンだけのプレースタイルではないんですね?」
「もちろん、このシーズンだけじゃない。その次の年までは、陽仁はずっとこんな調子だった。ところが、二年前だったか。突然堰を切ったように、フィジカルの持ち味を活かしたコンタクトプレーが増えたんだよ。正真正銘のエースになったのは、その辺りからだな」
「……なぜ陽仁くんは、そこまで変わったんです?」
「それが俺にも分かんねえ。七不思議に数えたいくらいだ。そんなに貴公子貴公子言われるのが癪に障ったか、なんて冗談めかして思ってはいるがな」
「確かに、それなら逆に分かりやすいんですがねぇ」
変わった理由は分からない。
でも、陽仁くんは元来、良くも悪くもクリーンな選手だった。
それだけは分かった。
("元"がクリーンなプレーヤーなら、下地はあった。それは分かる。
問題の本質は変わってない。
なぜ、そのプレースタイルに回帰する必要があったのか……とはいえ、あのプレーが外れ値なだけで、明日にはその片鱗さえ無い可能性もある)
「ま、ここで二人でウジウジ考えてもしかたねえ」
私の考え込むさまを見た九条監督は、吹っ切ったように強気の笑みを浮かべて立ち上がる。
「もう明日、直接練習で確かめりゃいい。俺たちの目でな」
確かにそうだ。
考えても仕方ない。
気持ちを切り替え、私も席を立つ。
今日は軽い調整のみで解散するので、試合形式のトレーニングはない。
改めて明日、そして明後日と、この目で確認する他ないだろう。
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その夕方、アナリスト部門の小林さんからの着信が入った。
プレー統計から確率を割り出し、計算した結果、陽仁くんのプレーは予想通り外れ値ということだった。




