第十四話〜第一回テストマッチ②〜
前半30分が経過していた。スコアは1-0で、セイラーズがリードしている。
安定した試合運びを見せていた。
一方でザバンは中々自陣からボールを運び出せず、苦しいワンサイドゲームが続く。特にザバンが手を焼いているのは、FWのセイくんだ。前半11分に彼が一点を沈めている。
だが、その状況を創出しているのは、セイラーズの両翼である陽仁くんとアキくんだった。
個人の力量差で押し込める展開が維持できることを悟るや否や、二人はサイドラインに沿うように幅広くポジションを取っていた。4バックで戦うザバンのディフェンスラインの横の距離感を間延びさせ、位置取りを狂わせている。結果的に中央のゾーンが手薄になり、中盤の4人と、1トップのセイくんがボールをコントロールできるスペースが生まれ続けていた。
しかし、相手もプロだ。易々と好きに攻めさせ続けてはくれなかった。
ザバンの両SHが位置を低く取り、4バックで対応できない距離感を補填し始めてから、ザバンの粘りの時間が続き、セイラーズ有利でありながらもスコア上の動きがなくなっている。
「……」
ふと、セイラーズのディフェンスラインの変化に気づく。
3枚のCBがデフォルトであるはずだが、一人、長身の選手が前線に加勢している。
しびれを切らし、攻勢に出る判断をしたのだろう。
2枚になったCBが相手FW2人とマンツーマンになっている。
好奇心で、九条監督をちょっと見やる。
険しく眉を顰め、下唇を噛んでいる。それと腕を組みながら、ベンチに深く腰掛けていた。
────最近分かってきた。ああいう感じになってる監督は、どう説教をかましてやろうか考えてるってことを。
何がダメかは察することしかできないが、多分、最終ラインをマンツーマンにした選手の判断が気に食わないのだろう。それでも黙っているということは、何かしらの期待はある、ということだろうか。
「なにやってんだ!!」
フィールドから飛んできた叱責は、もはや聞きなれた、陽仁くんのものだった。状況が変わったことを感じ、慌ててフィールドに視線を戻す。
敵陣の浅い位置・中央で、セイラーズがパスカットされていた。
攻守が突如入れ替わり、雪崩のように、陣形がセイラーズのゴール側へ流れていく。
ずっと、草津ザバンはこの瞬間を待っていたんだ。
そういわんばかりのポジティブ・トランジションの速さに、前掛かり過ぎたセイラーズの帰陣が遅れていた。陽仁くんとアキくんは対応できているが、中央の間延びしたスペースで数的不利の状態となっている。
セイラーズの最終ラインも相手とのマンツーマンで、釘付け状態。正真正銘のピンチが訪れた。
十数分ぶりかにハーフラインを乗り越え、ザバンのベンチが沸き立つ。対照的にセイラーズベンチは、ぐっと息が詰まるような緊張感で満ちる。
ザバンの右FWが受けようと減速する。セイラーズ左CBがそれについていこうとつり出され、そのスペースを活用したザバンの左FWが裏へ抜け出す。スルーパスが出る────
完璧な攻撃のタイミングに思わず「やば……」と声が漏れる。口を押えた。ファイナルサードへ、フリーでの侵入を許す。
だが、帰陣した陽仁くんが味方右CBと共に追いすがっていた。
右CBの開けたスペースはアキくんが埋め、後続のオーバーラップを警戒してくれていた。
陽仁くんなら充分、シュートを打つ頃には何とか追いつける距離感だ。GKのサガくんや相手FWとの交錯が不安だが、妨害はできるはずだ。もし交錯したら……
そう思い、いつでも呼ばれたら飛び出せるよう、心の準備を固める。
────でも、それは杞憂に終わった。
陽仁くんはなんと、あえて相手のマークを外し、ペナルティエリアのフチまで大きく飛び出していたGKサガくんの背後に回るように、全力疾走した。
予想外の選択だった。彼には何が見えているのか。
若干、サイドラインに流れるように走っていた相手FWは、プレッシャーが欠けたこともあり、サガくんの位置取りを見てループシュートを選択する。ふわっとした山なりのボールは、カバーに入る陽仁くんを追い越すかどうかまで迫る。ゴール上部に吸い込まれそうな絶妙なコース。
──陽仁くんが、ゴールエリア目掛けて跳んだ。
脚を目一杯上に伸ばした、オーバーヘッドのクリア。
そして届いた。
バチッ、という、シューズの先端で引っ掛けたような音が響く。
両チームのテクニカルエリアから阿鼻叫喚の歓声が飛び交う。
ボールは勢いよく宙を舞い、右サイドのコーナーフラッグ手前でゴール側のラインを、バウンドしながら割った。
────この一連のシーンに、私は妙な違和感を感じ、興奮に握りしめようとした拳を解いていた。
拍手と歓声が飛び交うベンチの中で、世界から切り離されたように、陽仁くんをずっと見ていた。
なぜだろう。どう言語化しよう。
陽仁くんはサガくんの手を取り起き上がり、力強く互いの背中を叩き合っている。
相手のFWは頭を掻きむしるように抱え、心底悔しそうにしていた。
これで……よさそう、だよな。空気に流されそうになる。でも、それは違う気がする。
(まず、陽仁くんのプレー選択。その理由から後で聞くべきか)
一連の違和感の発端は間違いなく、陽仁くんのスーパープレーを生んだ奇策だろうとは思った。
***
7月28日 14:05
上州醤油スタジアム群馬
ロッカールーム
***
「賢人、予定通り交代だ。それと後で話もある」
攻め上がっていた中央CBの我那覇賢人くん。彼は返事をしながら、自身の左右を守っていたCB仲間の二人を恨めしそうに見やる。二人は困った様な面持ちで我関せずとそっぽを向いた。
攻め上がりは二人の指図もあったか?
その様子を九条監督もどうやら見逃さなかったらしい。
「サントス、蓮、お前らも試合後、一緒に来い」
絶望の表情で二人は監督に返事をした。どんだけこえーんだ。
その他のハーフタイムの指示はほぼ総入れ替えなレベルの選手交代の指示だけで終わった。
陽仁くんも前半のみでベンチに退いた。
***
7月28日 14:20
上州醤油スタジアム群馬
セイラーズ側ベンチ
***
後半が開始すると同時に、私は陽仁くんの横に座り、聞きたかった事を聞き始める。
「陽仁くん」
「あ、お疲れ」
「聞きたいことがあるんだけど」
「うん」
「オーバーヘッドでクリアする前、サガくんのカバーリングにまわる判断をしたと思うけど、何か訳あり?」
「あー、あれか……」
陽仁くんは、すこし斜め上を向いて何か思い出すそぶりを見せる。
数秒の沈黙ののち、陽仁くんは口を開いた。




