第十三話〜第一回テストマッチ①〜
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7月28日 明朝 横須賀セイラーズクラブハウス 駐車場
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「琥太郎くん、おはよ」
「あ、おはよう」
私たちがクラブハウスに来た時。既に、日帰り遠征用の荷物は運び出されていた。おそらくミッチーくんが早く来ていたのだろう。
琥太郎くんもおそらく、さきほどメディカルルームで数選手のケアを済ませた後だ。
マッサージ用に巻いていたであろう、指のテーピング跡が目に入る。
「私は、暇だなあ……」
つい、ため息交じりに、暇を後ろめたく思う気持ちが態度に出た。
「陽仁は本当に、犬で言うとトイプードルみたいなもんだしな」
「なにそれ、初心者向け的な?」
「そういうこと」
「わかるか」
「わかってんじゃん」
「たしかに」
軽口で返したけど、本当は違うと思っている。
私も陽仁くんのことは言えないけど、もうちょっと面倒くさいんだ。
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大型バス車内は静かだった。
最初こそeフト(サッカーの対戦ゲーム)で盛り上がっていたメンバーもいたが、1時間もすると、しん、とした。
緊張の糸が張られているような。だが、当然だと思う。
テストマッチは選手にとって、戦力である事をアピールできる格好の場となる。
ましてや対戦相手の草津ザバンはJ3を主戦場とするクラブ。チームとしても個人としても、セイラーズの選手にとっては格下となる相手。だからこそ、遅れを取ることは許されない。
ここは名門、横須賀セイラーズ。
リーグ史上でも、J1カテゴリから脱落したことのない2チームのうちの1つ。常勝の期待を背負い、戦わねばならない。
彼らが普段持つ、良い意味での馴れ馴れしさから忘れがちだが……やはり《《プロ》》なのだ。
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7月28日 13:00
上州醤油スタジアム群馬
ロッカールーム
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隼人くん主導のもと、私たちはメディカルチームの最終ミーティングを実施した。その後、ウォームアップを済ませた選手たちやコーチ陣と合流し、ロッカールームでの全体ミーティングに入る予定となっている。
なお、選手のメディカルチェックについては、既に、到着してすぐに済ませている。
九条監督とヘッドコーチ以外は集まっている。着替え終わったスタメンの選手が、戦術についてしばらく確認し合っていたが、それも済むと、徐々に音も鎮まった。
陽仁くんは……静かにベンチに腰掛け、うつむき、深く呼吸を整えている。
(禅の呼吸法か……)
陽仁くんは緊張により比較的、興奮状態になりやすいという。
この交感神経優位となっている自律神経を抑え、副交感神経とのバランスを整えるルーティンが、今実施している禅の呼吸法なのだと以前、彼自身から聞いていた。
────ドアが開く音と同時に、詰まっていた空気が、そこに向かって流れだすようだった。全員が、入室した九条監督に釘付けとなる。それを意に介することもなく、ロッカールームの中心に監督は向かう。
「待たせたな、少し話す。皆、円陣を」
私も含めたスタッフと選手がないまぜの円陣が十秒ほどかかって出来上がる。その中央に仁王立ちでたたずむ監督が、うなずき、口を開く。
「……分かっているとは思うが、初戦にして、負けることは許されない一戦だ。俺たちは、セイラーズだ。それを忘れるな」
九条監督は、両の手を思い切りたたき合わせる。
乾いた音が、ぱん、と物の少ないロッカールームに反響した。監督の顔色も変わる。耳まで紅潮し、燃え滾るように大きな瞳が輝いた。
闘志────その熱さが、雷の速度で私たちに伝染していき、私すらも胸の奥が震える。
「戦術は昨日伝えた通りだ。我々のセオリー通り行くぞ!自信を持ち、前から速く潰せ!カウンターにだけは気をつけろ!勝つぞ!さあ、行くぞ!!」
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7月28日 13:15
上州醤油スタジアム群馬
セイラーズ側ベンチ
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このテストマッチは完全非公開となっている。
空蝉のようなスタジアムには選手の声が響いて、よく届く。こころなしか吹き抜けも広く見えて、風通しもよく感じる。
フィールドの上で両チームイレブンが円陣を組んでいた。
何を話しているのかまでは聞こえない。
「おおッ!!」
彼らの束ねた叫びが上がる。
鳩が数羽、観客席から飛び立つのが見えた。
フィールドに散らばり、フォーメーションを組む両チーム。
セイラーズボールで試合はスタートする。
あからさまに、限界までラインを押し上げるセイラーズイレブン。十八番のキックオフルーティン。その準備だ。
「来るぞ!!」
テクニカルエリア。そのギリギリの立ち位置から、草津ザバンの監督が叫ぶ。選手たちはアイコンタクトで応じつつ、既にラインをペナルティエリア付近まで押し下げ、備えた。
私たちのいるベンチから見て遠いサイド────左サイドで、陽仁くんがぐっと腰を低くする。
笛が鳴った。
キックオフと同時に、セイラーズGKであるサガくんまでボールが下げられる。
そして
大きくボールが放たれた。




