第十二話
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7月27日 午後 横須賀セイラーズクラブハウス メディカルルーム
ボールトレーニング終了後
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「カウンタークロス恐怖症……?」
奇妙な名前の恐怖症に、やはり陽仁くんは眉根をひそめた。診療台の上で仰向けになりながら、首を傾げる仕草をする。
私はぐっと口をへの字に曲げ、渋々、首肯した。言い淀みながらも告げる。
「兄さんの怪我以降、無理でね……」
今日、私が特定状況下で様子がおかしくなることを、ついに陽仁くんに悟られてしまった。
どれだけ内緒にしようと確かに、いつかはバレることだったのは確かだ。自分から言い出そうとした時もあった。でも、言えずにとうとう、こんな状況になってしまったんだ。
私たちの関係を最もつなぐものは、兄さんだ。
言い出せずにいた。
だって、陽仁くんは兄さんの怪我に責任を感じていた。あまり触れるのもよくないんじゃないかと、少し恐れていたんだ。
「そう、だったのか……みんなは?メディカルのみんなはこの事知ってるの?」
「うん。みんなフォローしてくれるから本当に助かってる」
「ならよかった」
そう言い、陽仁くんは安心した様に微笑んだ。
「ま、何か他にもあれば遠慮なく言ってくれ。俺にも何かあれば言う。互いにもちつもたれつ、だ」
「うん、ありがと」
陽仁くんの右脚を肩にかけ持ちあげる。ハムストリングの可動域のチェック。……特に陽仁くんは、私の恐怖症にそれ以上の言及をすることもなかった。
このように、恐怖症が露見したことで特段問題が発生していない。それでも不安があり、毎回何事もないことで安心している。
今安心してるのは、多分、変に露呈することで陽仁くんとの関わり方に変化が起こってしまうことを恐れていたからだ。あと、メディカル失格の烙印を恐れていたからか。
それを解消してくれているのは、セイラーズにかかわるスタッフや選手の気遣いに他ならない。
それに、一週間前、互いに兄さんの怪我への思いを吐露し合った私たちは、互いの根っこを少し理解できた気がしてる。
「みんなには本当に感謝してる。でも、私も頑張らないとね」
この返答が正解かはわからない。でも私は、メディカルスタッフとして彼の信頼を得ていきたい。無理でも、無茶でも、これは私が「もういい」と思った瞬間に終わる。トラウマに対しては、そういう戦いになる気がするから。
「ねえ……オシム監督ってさ、PK恐怖症だったんだって。PK戦になるとロッカールームに籠ってしまったんだと」
「なんだ急に」
突然、変な話をしはじめた陽仁くん。声音は明るい。オシムといえば00年代後半に日本代表監督を務めた人物だが、どうした。
「でもオシムは超一流の監督だった。玲奈ちゃんも知っての通り」
「……同列に語られちゃあ困るよ」
多少穴があっても一流にはなれる、と言いたいのだろう。だが、私はあくまで医療専門であって、オシムのようなテクニカルの専門家じゃない。
ステージとジャンルが違いすぎる。
「こんなこと言うと誤解されちゃうかもだけどさ。琥太郎くんもいるし、隼人くんもいるじゃんか。甘やかしてもらえばいいじゃん」
「でも、私のほうから、これでいいって甘えたら、おしまいだと思う」
「そうか……まあ、そうだな。俺が言うなって話か」
それは、その通り!
トレーニングメニューの負荷を勝手に上げる様なやつにはなんか、言われたかない。よくわかってんじゃん。
苦笑いの陽仁くんだったが、ふと、表情がかげる。
「でもさ」
「?」
「……いや、なんでもない。なんか、話したい事吹っ飛んだわ」
「あー、あるある」
彼にしては珍しいボケ方に、互いに笑みが漏れた。
この一週間、陽仁くんはトレーニングメニューを忠実にこなしている。
メディカルチェックの結果も安定しており、アナリスト部門から上がってくるトラッキングデータとの乖離も見られない。
明日のテストマッチに向けて、準備は整っている。誰もがそう疑わなかった。




