【1章】杉浦健太2
─息ができない。
立ち込める埃でむせ返る。
ガタガタと何かが震える音。
自分がどこにいるのか分からない。
ぼやけた視界。
目の前には、太く大きい木材。
それは、自分の腰辺りにのしかかる。
次に来たのは、
痛み。
「うっ…あああ」
声なんて我慢出来ない。
左手に激痛が走る。
よく分からない木材の下敷きになっている。
骨折経験はない。
でも、折れている。
逆に腰から下は感覚がない。
寒気がした。
「佳奈!」
動かない体。
首だけ右に向ける。
二人を遮るように、また木材。
右手には感触がある。
小さく、暖かい。
「佳奈!佳奈!」
小さな震えが伝わる。
「ああああああ」
「お腹が…っ!」
佳奈の悲鳴が耳を突く。
「お腹…あああああ」
手が壊れんばかりの力。
視界は佳奈を捉えられない。
「佳奈!落ち着いて」
「深呼吸して」
佳奈の呼吸が大きく響く。
深く吸って、深く吐く。
「健…太」
「いるよ!ここにいるよ!」
握った手を『ギュ』と握る。
「これ、なに…起きて…」
痛みに耐えながら辺りを見る。
目の前まで天井が迫る。
腰の上の木材は大黒柱。
多分、家が崩れた。
「佳奈、少しごめんね」
動く右手で辺りを探る。
木彫りの熊。
こけし。
掛け軸の残骸。
─硬いプラスチックの感触。
視界の前に手繰り寄せる。
祖父のCDプレイヤーを引き寄せる。
電源を入れると「WELCOME」と表示された。
ラジオボタンを押して周波数を探す。
ザーザーというノイズ音。
「─をお送りします」
ボリュームを最大に上げる。
「─五月二十五日、月曜日の地震」
「─マグニチュード 9.0」
ノイズが多くて音が途切れる。
ラジオを、二人を遮る柱の横に置く。
右手で佳奈を探す。
見つける間もなく、強く握る。
「佳奈、地震だ」
何度も『ギュ』と握る。
「寒い…」
「お腹の上に…何か乗ってて動けない」
「あと、右手も…」
流れるラジオはどこかの大学教授の声。
そんなものはどうでもいい。
時間…時間を確認したい。
CDプレイヤーに視線を向ける。
『AM5:48』
「今は朝の六時前」
「明るくなったら救助が来る」
「大丈夫だから」
手を『ギュ』と握る。
『ギュ』と返事が届く。
それだけで、視界が滲んだ。
※
二人の浅い呼吸が響く。
「佳奈?」
佳奈の指先が少し動く。
「少しゴメンね」
ラジオの無機質な音声に腹が立つ。
他のチャンネルにしようとボタンを押す。
間違えてCDボタンを押す。
キュルルと回転する音。
流れてくる音楽。
「これ、聞いた事ある」
「バッハ…だよ」
「俺音楽の成績二だから」
「知って…る」
息だけで笑う。
「アリ…ア、G線…上のアリア」
「長年ピアノやってただけあるな」
小さく笑った気がする。
「ヴァイオ…リンの一番低い弦」
「それ…がG線…なんだよ」
少しだけ暖かい風が吹く。
「話して大丈夫?」
「う…ん、なんとか」
「苦しくなったら無理しなくていい」
『ギュ』と手を握る。
─閃く。
「喋るのきつかったら」
「『ギュ』は“はい”」
「『ギュ』『ギュ』は“いいえ”」
「これならできる?」
『ギュ』




