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【1章】杉浦健太3

「助かったら食べたいのは、目玉焼き?」

『ギュ』『ギュ』

「えー、じゃあ卵焼き?」

『ギュ』『ギュ』

「健…太の…スクラン…ブル…エッグ…がいい」

視界が滲んで声が出ない。

『ギュ』


G線上のアリアがゆっくり時を刻む。


「健…太、問題オェ出し…」

呼吸が切れる。

「うん」

浅く早い呼吸。

「三…月三日…は何の日?」

「付き合った記念日だよ」



あの告白から三ヶ月ほど。

気が付けば、毎日一緒にいた。

『おはよう』から『おやすみ』まで。


放課後の教室。

机を挟んで座る。

佳奈は、誰かの椅子を勝手に使う。

窓から見える、木の影が大きく伸びる。

 

「健太、今日はひな祭りです」

「そうですね」

「女の子の日です」

「その心は?」

「プレゼントをください」

鞄から財布を取り出そうとする。

「違います、お金はかかりません」

「健太、付き合いましょう」

「はっ?」

「まだお友達になって三ヶ月だ─」

最後まで言わせて貰えない。

「私はずっと健太が好き」


─短い沈黙。


「よろしくお願いします」

手を差し出す。

「大切にしてください」

小さくて、暖かい。



「正…解です」

「こ…れ分か…らなかっ…たら、離…婚です」


「じゃあ、次は俺からね」

『ギュ』

「結局、俺のどこが好きなの?」

 

─短い沈黙。


「ずっ…と私の傍に…居て…くれる…とこ」

「ずっと私…のわが…ままきいてく…れるとこ」

「ずっと好きだ…って…思わ…てくれるとこ」

「私…男の人の…見る目…あり…ました」

手に力が入る。

「健太、私…ど…が好き?」

「全部好きだよ、ずっと」

『ギュ』『ギュ』



「じゃ…六月…二日…は?」

「結婚記念日だよね」

『ギュ』

─弱い。

「佳奈には内緒にしてんだ」

「食べたがってた、タイ料理の店予約した」

『ギュ』

「トムヤンクンだっけ」

『ギュ』

「俺酸っぱいの嫌いだけど」

『ギュ』

「パクチーも嫌いだけど」

『ギ』

「きっと、楽しいよね」

『』

「…楽しいよね」

『』

「…佳奈」

 

何も見えない。

 

溢れ出した涙が、

止まらない。

止まらない。

止まらない。

 

それを拭う方法がない。


口に広がる酷い塩味。

乾ききった喉に突き刺さる。


「ああ…」

「神様、ごめんなさい」

「都合いい時ばっかり、ごめんなさい」

「お酒を飲みすぎて、ごめんなさい」

「煙草も吸いすぎて、ごめんなさい」

「休みは寝てばかりで、ごめんなさい」

「好きになって、ごめんなさい」

「結婚して、ごめんなさい」

「生まれて、きてごめんなさい」


呼吸が出来ない。

声と言うよりは叫び。

 

「好きなもん持ってけよ!」

 

誰に言ったのか分からない。

自分の呼吸だけが内側から響く。

ただ、涙が止まらない。


「そんな…の、ダメ…だよ」

『ギュ』『ギュ』


─繋いだ手は離さない。

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