【1章】杉浦健太3
「助かったら食べたいのは、目玉焼き?」
『ギュ』『ギュ』
「えー、じゃあ卵焼き?」
『ギュ』『ギュ』
「健…太の…スクラン…ブル…エッグ…がいい」
視界が滲んで声が出ない。
『ギュ』
G線上のアリアがゆっくり時を刻む。
「健…太、問題オェ出し…」
呼吸が切れる。
「うん」
浅く早い呼吸。
「三…月三日…は何の日?」
「付き合った記念日だよ」
※
あの告白から三ヶ月ほど。
気が付けば、毎日一緒にいた。
『おはよう』から『おやすみ』まで。
放課後の教室。
机を挟んで座る。
佳奈は、誰かの椅子を勝手に使う。
窓から見える、木の影が大きく伸びる。
「健太、今日はひな祭りです」
「そうですね」
「女の子の日です」
「その心は?」
「プレゼントをください」
鞄から財布を取り出そうとする。
「違います、お金はかかりません」
「健太、付き合いましょう」
「はっ?」
「まだお友達になって三ヶ月だ─」
最後まで言わせて貰えない。
「私はずっと健太が好き」
─短い沈黙。
「よろしくお願いします」
手を差し出す。
「大切にしてください」
小さくて、暖かい。
※
「正…解です」
「こ…れ分か…らなかっ…たら、離…婚です」
「じゃあ、次は俺からね」
『ギュ』
「結局、俺のどこが好きなの?」
─短い沈黙。
「ずっ…と私の傍に…居て…くれる…とこ」
「ずっと私…のわが…ままきいてく…れるとこ」
「ずっと好きだ…って…思わ…てくれるとこ」
「私…男の人の…見る目…あり…ました」
手に力が入る。
「健太、私…ど…が好き?」
「全部好きだよ、ずっと」
『ギュ』『ギュ』
※
「じゃ…六月…二日…は?」
「結婚記念日だよね」
『ギュ』
─弱い。
「佳奈には内緒にしてんだ」
「食べたがってた、タイ料理の店予約した」
『ギュ』
「トムヤンクンだっけ」
『ギュ』
「俺酸っぱいの嫌いだけど」
『ギュ』
「パクチーも嫌いだけど」
『ギ』
「きっと、楽しいよね」
『』
「…楽しいよね」
『』
「…佳奈」
何も見えない。
溢れ出した涙が、
止まらない。
止まらない。
止まらない。
それを拭う方法がない。
口に広がる酷い塩味。
乾ききった喉に突き刺さる。
「ああ…」
「神様、ごめんなさい」
「都合いい時ばっかり、ごめんなさい」
「お酒を飲みすぎて、ごめんなさい」
「煙草も吸いすぎて、ごめんなさい」
「休みは寝てばかりで、ごめんなさい」
「好きになって、ごめんなさい」
「結婚して、ごめんなさい」
「生まれて、きてごめんなさい」
呼吸が出来ない。
声と言うよりは叫び。
「好きなもん持ってけよ!」
誰に言ったのか分からない。
自分の呼吸だけが内側から響く。
ただ、涙が止まらない。
「そんな…の、ダメ…だよ」
『ギュ』『ギュ』
─繋いだ手は離さない。




