【1章】杉浦健太1
─繋いだ手が離れない。
空間を支配する熱気と埃。
倒れた柱にノイズが反響する。
「五月二十五日、月曜日発生の地震の─」
CDプレイヤーのラジオ機能。
普段使われない、それが囁く。
「行方不明となっていた─が─」
※
高校一年。
放課後の中庭に呼び出された。
銀杏の香り立ち込める中庭。
着慣れないブレザーが窮屈だった。
「杉浦健太さん」
名前を呼ばれ背筋が伸びる。
三歩詰め寄ってくる。
「付き合いましょう」
ストレートな告白だった。
「え、俺で…合ってます?」
首を大きく縦に振る。
「三枝佳奈さんですよね?五組の…」
「はい、合ってます」
「話したことはないと思うんだけど」
「今からたくさんお話しましょう」
「なんで俺…?」
「私、頭おかしいですよね」
「でも、なんか分からないですけど」
「好きなんです」
校舎の軒にいる小鳥に視線を逃がす。
ピクリとも動かない。
グッと顔を近づけてくる。
「とりあえず、お友達からなら」
「脈アリってことですね?」
「ちょっと、わかんない」
「ないんですか?」
更に一歩詰め寄られる。
「顔は…嫌いではない」
「なら、脈アリですね」
佳奈が手を差し出す。
「よろしくお願いします」
真っ直ぐこちらに視線を向ける。
「こちらこそ…」
勢いに押し切られて握手をした。
※
あのペースの佳奈に振り回される日々。
三ヶ月ほどでお友達から恋人になった。
大学二年。
佳奈は一人暮らしのアパートに
転がり込んできた。
料理担当は俺が多かった。
「朝飯作ったけど食べる?」
布団にくるまったそれに言う。
「目玉焼きがいいです」
「スクランブルエッグだ」
「えー、目玉焼きがいい、醤油の」
布団がバタバタと暴れる。
「目玉焼きに醤油かける子はキツイ」
「えっ?ソースなんですか?」
「いや、塩こしょう」
「何か、つまらないです」
「で、食べるの?」
布団がピタッと止まる。
「スクランブルエッグ食べます」
少しだけ間があって、
二人で声を出して笑った。
大学四年。
就職先も決まった頃、それは来た。
「健太、大切な話があります」
「ん?なに?」
この口調の佳奈を止める自信はない。
「私、健太と結婚したいです」
「ケンタッキー食べたい?」
「もう一度言いますか?」
「モスバーガー食べたい?」
殴られた。
「私、健太と結─」
最後まで言わせない。
「結婚?まだ卒業もしてないよ?」
「卒業したらしましょう」
誇らしげに言う。
「仕事が落ち着いてからの方─」
最後まで言わせて貰えない。
「私はずっと健太が好き」
「健太も私がずっと好き」
「ならいいと思います」
「ダメですか?」
─長い沈黙。
「本気だよね?」
頬が緩む。
「よろしくお願いします」
手を差し出す。
真っ直ぐ佳奈を見る。
─繋いだ手は離さない。
※
結婚して十ヶ月。
まだ、あのアパートに居た。
1Kの部屋は二人暮らしには狭い。
でも、手の届く距離だった。
そんな時、祖父が他界した。
隣町の祖父の家を持て余した両親。
佳奈と相談して手を挙げた。
固定資産税だけ払う約束。
1Kからいきなり5DKという大出世。
家具を置いても、風が抜ける。
※
簡単な掃除や片付けだけした。
引越しや役所の手続き。
なんとか結婚一年を迎える前に落ち着いた。
次は、無駄に広すぎる庭問題。
夕暮れには少し早い。
縁側をゆっくり風が通り抜ける。
足だけ外に出して腰をかけた。
横に置いた麦茶に水滴が浮かぶ。
「健太、野菜を植えましょう」
「スイカとか?」
「もっと、家計が助かるやつにしましょう」
呆れた顔でこっちを見る。
「えっ…なんだろう?」
「せっかくのお庭なので」
「プランターで育たない野菜がいいと思います」
「だからスイカとか?」
「一旦、スイカから離れてください」
「その心は?」
「じゃがいもがいいと思います」
「えー、スイカ食べたい」
「健太、何も分かってません」
首をブンブン振る。
「スイカはほぼ水分だからお腹膨れません」
「皮まで食べたら膨れそうじゃない?」
「健太、食べますか?」
「ううん、食べない」
殴られた。
「今度ホームセンターに種芋買いに行こっか」
「うん」
小鳥の声が聞こえた。
※
十二畳の和室。
和室というか元々仏間。
広すぎるそこが寝室だった。
二人がミニチュアみたいに見える。
目覚ましのセットを確認する。
「仕事、嫌です」
「そうだね、ニートになりたい」
「それは、家計が困るのでダメです」
「佳奈が働いて食べさせてよ」
「私、そんなに稼げません」
「明日も二人で頑張ろうね」
隣の布団に手を差し込む。
たぐり寄せるように繋ぐ。
繋いだ手は、まだ温かい。




