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【1章】杉浦健太1

─繋いだ手が離れない。


空間を支配する熱気と埃。

倒れた柱にノイズが反響する。


「五月二十五日、月曜日発生の地震の─」

CDプレイヤーのラジオ機能。

普段使われない、それが囁く。


「行方不明となっていた─が─」



高校一年。

放課後の中庭に呼び出された。

 

銀杏の香り立ち込める中庭。

着慣れないブレザーが窮屈だった。


「杉浦健太さん」

名前を呼ばれ背筋が伸びる。

三歩詰め寄ってくる。

「付き合いましょう」

ストレートな告白だった。

「え、俺で…合ってます?」

首を大きく縦に振る。

「三枝佳奈さんですよね?五組の…」

「はい、合ってます」

「話したことはないと思うんだけど」

「今からたくさんお話しましょう」

「なんで俺…?」

「私、頭おかしいですよね」

「でも、なんか分からないですけど」

「好きなんです」


校舎の軒にいる小鳥に視線を逃がす。

ピクリとも動かない。

 

グッと顔を近づけてくる。

「とりあえず、お友達からなら」

「脈アリってことですね?」

「ちょっと、わかんない」

「ないんですか?」

更に一歩詰め寄られる。

「顔は…嫌いではない」

「なら、脈アリですね」

佳奈が手を差し出す。

「よろしくお願いします」

真っ直ぐこちらに視線を向ける。

「こちらこそ…」

勢いに押し切られて握手をした。



あのペースの佳奈に振り回される日々。

三ヶ月ほどでお友達から恋人になった。

 

大学二年。

佳奈は一人暮らしのアパートに

転がり込んできた。

 

料理担当は俺が多かった。

「朝飯作ったけど食べる?」

布団にくるまったそれに言う。

「目玉焼きがいいです」

「スクランブルエッグだ」

「えー、目玉焼きがいい、醤油の」

布団がバタバタと暴れる。

「目玉焼きに醤油かける子はキツイ」

「えっ?ソースなんですか?」

「いや、塩こしょう」

「何か、つまらないです」

「で、食べるの?」

布団がピタッと止まる。

「スクランブルエッグ食べます」

少しだけ間があって、

二人で声を出して笑った。

 

大学四年。

就職先も決まった頃、それは来た。

「健太、大切な話があります」

「ん?なに?」

この口調の佳奈を止める自信はない。

「私、健太と結婚したいです」

「ケンタッキー食べたい?」

「もう一度言いますか?」

「モスバーガー食べたい?」

殴られた。

「私、健太と結─」

最後まで言わせない。

「結婚?まだ卒業もしてないよ?」

「卒業したらしましょう」

誇らしげに言う。

「仕事が落ち着いてからの方─」

最後まで言わせて貰えない。

「私はずっと健太が好き」

「健太も私がずっと好き」

「ならいいと思います」

 

「ダメですか?」

 

─長い沈黙。


「本気だよね?」

頬が緩む。

「よろしくお願いします」

手を差し出す。

真っ直ぐ佳奈を見る。

 

─繋いだ手は離さない。


 

結婚して十ヶ月。

まだ、あのアパートに居た。

1Kの部屋は二人暮らしには狭い。

でも、手の届く距離だった。


そんな時、祖父が他界した。

隣町の祖父の家を持て余した両親。

佳奈と相談して手を挙げた。

固定資産税だけ払う約束。

1Kからいきなり5DKという大出世。

家具を置いても、風が抜ける。



簡単な掃除や片付けだけした。

引越しや役所の手続き。

なんとか結婚一年を迎える前に落ち着いた。

 

次は、無駄に広すぎる庭問題。


夕暮れには少し早い。

縁側をゆっくり風が通り抜ける。

足だけ外に出して腰をかけた。

横に置いた麦茶に水滴が浮かぶ。


「健太、野菜を植えましょう」

「スイカとか?」

「もっと、家計が助かるやつにしましょう」

呆れた顔でこっちを見る。

「えっ…なんだろう?」

「せっかくのお庭なので」

「プランターで育たない野菜がいいと思います」

「だからスイカとか?」

「一旦、スイカから離れてください」

「その心は?」

「じゃがいもがいいと思います」

「えー、スイカ食べたい」

「健太、何も分かってません」

首をブンブン振る。

「スイカはほぼ水分だからお腹膨れません」

「皮まで食べたら膨れそうじゃない?」

「健太、食べますか?」

「ううん、食べない」

殴られた。

「今度ホームセンターに種芋買いに行こっか」

「うん」

小鳥の声が聞こえた。



十二畳の和室。

和室というか元々仏間。

広すぎるそこが寝室だった。


二人がミニチュアみたいに見える。

目覚ましのセットを確認する。

「仕事、嫌です」

「そうだね、ニートになりたい」

「それは、家計が困るのでダメです」

「佳奈が働いて食べさせてよ」

「私、そんなに稼げません」

「明日も二人で頑張ろうね」

隣の布団に手を差し込む。

たぐり寄せるように繋ぐ。


繋いだ手は、まだ温かい。

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