第一章 3『役立たずの証明』1
周囲の視線が針のように私に突き刺さる。あちこちからひそひそと聞こえる声。中には遠慮なく私をじろじろと見つめ、まるで珍しい動物でも見物するかのような者もいる。
「な、なにそれ? 世界の環境に適応できないってどういうことよ? 魔力がないだけで差別されるっていうの? ……もういい! 好きなだけ見れば!」
我慢の限界を迎えた私は、ギルドのホールに響き渡る声で叫んだ。
「違うんです、差別しているわけじゃなくて、ただ……」
カウンターの女性が慌ててなだめようとする。その口調は優しく慎重だが、今の私にはまったく届かない。
何なのよこれ? なんで私のスペックがこんなに低いのよ? まさかあのバカ神様の言う通り、この身体じゃ世界を救うなんて夢のまた夢で、生きてるだけで精一杯ってことなの?
私は頭を抱えてしゃがみ込み、縮こまった。
「……しゃがむなよ。キノコにでもなるつもりか?」
レアが見下ろしながら、無表情でそう追い打ちをかけた。
私はしゃがんだまま髪を掻きむしり、イライラが爆発しそうだった。
そう、めちゃくちゃイライラしてるんだ! もう最悪だ!
「何なのよ……これ、何なのよ――!」
「泣き叫ぶな。魔力がなくたって魔力がないだけだ。奴らからすれば、それは死んだも同然に見えるってだけだ。だからああいう反応なんだ。わかったか?」
レアは腕を組み、淡々とそう説明した。
それを聞いて、私は顔を上げ、涙目で彼を見つめた。
「でも私、もう一回死んでるんですけど! なんでまた死人扱いされなきゃいけないのよ――!?」
「ただの例えだ! 例えだっての! お前が本当に死んでたら、今どうやって頭を抱えて喋って、涙を流してるんだよ?」
しゃがみ込んだ私を見下ろしながら、彼の口調には珍しく諦めにも似た色が混じっていた。
そう言われても、自分のゴミスペック体質に、深い敗北感を覚えずにはいられなかった。
つまり私は、虫一匹倒せないってことだ。
なんて悲しいんだ。
※ ※ ※
「……何よ、私ってこんなに弱いんだ……」
私はギルドホールのテーブルに突っ伏し、顎を腕に乗せて、生きる気力を失ったような雰囲気を漂わせていた。
レアはさっきカウンターから装備を受け取って戻ってきたところだ。杖一本と、簡素な革鎧一式だ。彼は私の向かいに座り、革鎧をテーブルの上にポイと滑らせた。鎧は滑って私の腕にぶつかって止まった。
「お前の身体がどうなってるかは知らんが。異世界に来て魔力がゼロだなんて、どうやって生きていくのかさっぱりわからん。お前の体質なら、防御を積む以外に道はないだろう。攻撃手段なんてそもそもないんだから。俺には使えんから、お前にやる。」
私は目の前に置かれた革鎧を一瞥し、それから顔を上げて彼を見た。
「はあ? 私だって攻撃くらいできるわよ。武器をくれれば反撃だってできるし。」
私はテーブルを叩いて立ち上がり、声を張り上げた。再び周囲の視線が集まる。
「頼むよ、さっき自分の属性の平均値を見なかったのか? 武器を持ったところでモンスターは倒せない。振るだけじゃ何の役にも立たない。」
レアは容赦なく冷水を浴びせてきた。
一瞬、本当にその完璧な顔面を殴ってやろうかと思った。
しかし、実力差を考えると、彼は片手で私を地面に押さえつけることなど容易いだろう。結局、私は頭の中でシミュレーションするだけで終わった――
襟を掴んで、拳を叩き込んで、それから背負い投げ。
もちろん、現実では指一本動かせやしないけど。
「で、どうするんだ? 聞いてただろ、一週間で三件クエストをこなさなきゃいけないんだ。攻撃手段もないお前が、どうやってクエストをこなすつもりだ?」
レアは手にした杖を弄びながら、適当な口調で致命的な質問を投げかけてきた。
「どうするって……あんたがくれた巻物があるじゃん。売ればいいんでしょ。」
私は懐からその巻物を取り出し、彼の前でひらひらと振ってみせた。
「おい――! さっきの話、まだわかってなかったのかよ?!」
レアは素早く私の手を押さえ、巻物をひけらかすのを阻止した。
私はわけがわからず彼を見つめた。
「なんでダメなの?」
「よく考えろよ。これは神域で作った巻物だ――神域の巻物だぞ!」
彼は声を潜め、口元を手で覆いながら、まるで秘密の打ち合わせでもするかのような態度を取った。
私は手にした巻物をじっと見つめ、しばらく考え込んだ。
レアは私が静かになったのを見て、ようやく事の重大さを理解したかと思い、一息つこうとしたその時――
「つまり、神域の巻物は威力も強いし、もっと高く売れるってことだよね?」
私が口にしたその言葉に、彼は完全に固まってしまった。
彼は私を見つめ、その目にはまるで手の施しようのない奴を見るかのような絶望が浮かんでいた。
「お前、本気で言ってるのか? 神域の巻物だぞ! 命を守るためのものだ! それを売るって――!?」
彼は声を殺してそう叫び、杖を握る指の関節が白くなっていた。
音量は抑えているつもりだったが、周囲の冒険者の何人かはすでにこちらに気づき始めていた。
「別にいいじゃん。あんたがここにいるんだから、あんたが守ってくれればいいんでしょ? 神様なんだから、それくらいの能力はあるんでしょ。」
「俺をお前の専属護衛にするな――!」
私たちはギルドホールの中で、周囲の好奇と困惑の視線をまったく気にせずに言い合いを続けた。
……
すると、突然、二人の間の空気が静まり返った。
レアは気持ちを落ち着け、懐から二枚のカードを取り出し、一枚を私に差し出した。
「持っておけ。冒険者カードだ。職業がなくても持つことはできる。ただしスキルは覚えられないけどな。なくすなよ。なくしたら再発行はしてやらないから。」
私はそれを受け取り、じっくりと観察した。長方形のカードで、手のひらサイズ、重さは軽い。表面には私の個人情報と属性データが印字されており、さっき測定した内容と同じだった。ただ、属性欄の下に広い空白部分があった。
「これは……」
「見えただろ? あそこは本来、職業を選んだ後に情報が表示される欄だ。お前には職業がないから、空っぽのままだ。つまり、このカードはお前にとっては身分証明と情報を確認するための道具に過ぎないってわけだ。」
レアは杖の先でその空白部分を指し、その口調には隠しきれない得意げな色が混じっていた。
「うーん……」
私は手にしたカードを弄りながら、ふとある考えを思いついた。
「これって――」
「やめておけ。これも借金の対象だ。勝手に売ったりはできない。」
私が言い終わる前に、レアは容赦なく私の金儲けの夢を打ち砕いた。
「自分のカードを売ろうなんて奴は初めて見たな……これは通行証みたいなもんで、いざって時は命を救うこともある。確かに裏ルートで買い取る奴がいた時代もあったが、お前みたいなゴミスペックなら、多分誰も興味を持たないだろうけどな。」
彼は説明しながらさらに追い打ちをかけ、見事に私の痛いところを突いてきた。
「……裏ルート? つまり、本当にそういうのを買い取る人がいるの?」
私は彼の言葉からキーワードを拾い上げ、慌てて問い詰めた。
「昔はな。他人の身分を偽って、ろくでもないことをする奴がいたんだ。今も続いてるかどうかは知らん。もうとっくに絶えてるといいんだが。」
「昔……? そういえば、あんたは前にこの世界にいたんだよね? じゃあ、もう一枚カードを持ってるんじゃないの?」
私はふと思い出し、目を輝かせた。
「確かにな。ただ、今はどこにやったかわからん。」
「え? カードをなくすってどういうこと? そんなに大事なものなのに?」
「安心しろ。もうずいぶん前のことだし、俺の身分を偽る奴なんて誰もいないさ。」
自信満々に答える神様。
自分のカードをなくす人なんているんだな……
自信があるのはいいけど、そんなことに自信を持って大丈夫なのか?
「どうして誰も偽ろうとしないって言い切れるの?」
「さっきの俺の属性を見ただろ。あれに並ぶ人間がいると思うか?」
はいはい、自信だけじゃなくて自惚れも強いのね。
私は思わず白目を向いた。
「そういえば、もう一つ大事なことがある。」
レアが急にふざけた表情を収め、真剣な口調で言った。
「何?」
「この世界に来たからには、クエストを受けるだけじゃなくて、食事と寝る場所も確保しなきゃいけない。」
「確かにね。でも、それならギルドでなんとかできるんじゃない?」
「……そうだな。ちょっと待ってろ、聞いてくる。」
レアは立ち上がり、カウンターへと向かい、あの女性と話し始めた。
私は退屈そうに、彼がテーブルに置いていった杖を手に取り、くるくる回してみたり、先端で机をツンツンと突いてみたりした。
杖は全体的に流線型のデザインで、先端は丁寧に研磨され、持ち手の部分は握りやすく加工されていた。手に取ってみると、なかなか扱いやすい。
……意外と悪くないかも。
しばらくして彼が戻ってきた。表情からは何も読み取れない。
「どうだった?」
「ギルドのホールで夜を明かすのは許可されてるが、食事は無料じゃないそうだ。だから、食い扶持はどうにかしなきゃいけないな。」
「そうなんだ……」
私は顎をテーブルに乗せ、気だるげに声を伸ばした。手にした杖で机をツンツンと突きながら。
「まあ、野宿よりはマシだ。それと…………人の武器を勝手に弄るなよ。」
レアは私が彼の杖で机を突いている様子を見て、眉をひそめた。
ただの簡易装備とはいえ、受け取ったばかりのものをこんな風に扱われては、さすがにいい気はしないようだった。
「別にいいじゃん。あんたは神様なんだから、こんな簡易装備なんて本当に使うわけないでしょ。」
「まず現状を理解しろよ――!」
私は机に突っ伏したまま口答えし、レアは杖を奪い返して傷がないか入念にチェックし始めた。
「お前はこの世界に来てもまだ暇を持て余してるのか? これからのこと、ちゃんと考えた方がいいぞ。いつまでも俺が助けると思わないことだ。俺はいつか神域に戻る方法を見つける。その時はお前一人でこの世界に置き去りだ。」
杖をチェックしながら彼が吐き捨てるように言った。
「わあああ――! なんでそんなに冷たいのよ! 『ずっと守ってやる』くらい言えないの?!」
「はあ? なんで俺がお前を守らなきゃいけないんだ? お前と俺はそんなに親しいのか? お前、俺の名前すら言えなかっただろ。」
私たちはまた言い合いのモードに入った。周囲の冒険者たちはもう慣れたもので、たまに呆れたような視線を送る程度だった。
「わ、私だって知ってるもん! あ、あなたは……えっと……」
なぜか、私の頭の中は真っ白になっていた。
一方レアは、さっきまでの呆れ顔から、次第に信じられないという表情に変わっていった。
「おい、まさか本当に知らないのか? さっきの属性測定でちゃんと表示されてたぞ。」
私は顔を背け、心虚しく指先を弄った。
レアは私がごまかそうとしているのを見て、諦めのため息をついた。
「よく覚えろ。俺の名前はレア。神界での呼び名はアスロット。だからフルネームはレア・アスロットだ。しっかり覚えろよ、忘れるなよ。」
それを聞いて、私は口を尖らせ、ぶつぶつと呟いた。
「わ、わかってるよ……レアでしょ……でも、あんたも私の名前なんて覚えてないでしょ――」
「山崎夏奈、十七歳、身長百六十五センチ、魔力値ゼロ、職業なし、スリーサイズはそれぞれ――」
「わああああ――! なんでそんなことまで知ってるのよ――! あんた何か特殊能力でも持ってるの――?! まさか透視で私の身体を見たんじゃないでしょうね――!?」
私は勢いよく席を立ち、テーブルに上がり込み、レアの襟を掴んで前後に激しく揺さぶった。まるで尻尾を踏まれた猫のような勢いだった。
「俺に特殊能力なんてない。それに、お前の左胸にホクロがある。」
「…………」
その言葉が響いた瞬間、ギルドホール全体が水を打ったように静まり返った。
カウンターの女性、隅の屈強な男たち、グラスを拭いていた店員まで、すべての視線が一斉に私たちに集まった。
「やっぱりあんた変な能力があるんじゃないの――! というか、さっき能力で私の身体を覗いたんでしょ! この変態神様――――!」
「だから違うと言ってるだろ!」
「じゃあなんでそんなこと知ってるのよ――!」
私たちはギルドホールで相変わらずの大騒ぎを繰り広げていた。この光景はもうすっかりこの場所の名物になっていたが、決して見ていて気持ちのいいものではないことは確かだった。




