第一章 2『町、ギルド、適性検査』
白い光が再び収まると、目の前の光景が次第に鮮明になっていった。
目に飛び込んできたのは、中世風のレンガ造りの建物群。通りには人が行き交い、革鎧をまとい、短剣を腰に差した冒険者たちが闊歩している。彼らのブーツが石畳を踏むたびに、乾いた軽快な音が響く。
「うん……どうやらここが町のようだな。」
神様は周囲を見渡し、淡々とした口調でそう断言した。
私はその場に立ち尽くし、目の前に広がる光景を呆然と見つめていた。胸の奥から、言葉にできない高揚感が込み上げてくる。
これが異世界か……
漫画や小説で描かれていた光景と、まったく同じだ。尖った屋根、ぶら下がった鉄製の看板、露店から漂ってくる焼きたてのパンの香り。かつて紙の上にしか存在しなかったすべてが、今、鮮やかに目の前に広がっている。
思わず深く息を吸い込むと、空気までもが元の世界よりずっと澄んでいる気がした。
「よし、これでお前の異世界生活が始められるな。幸運を祈る。」
そう言い放つと、神様はあっさりと背を向け、別の方向へ歩き出した。
「ちょっと待って――! どこ行く気よ!?」
私は反射的に彼のマントの端を掴んだ。
「もうお前をここまで送り届けたんだろう? 俺はもちろん戻るに決まってるだろ。他に何があるんだよ?」
彼は振り返り、当然の顔でそう言った。まるで私が馬鹿な質問をしているかのように。
「えっと……実は……道がわかんなくて……」
「……」
私はその場に立ち、歯切れの悪い声でそう言った。神様の表情は困惑から呆れへと変わり、最終的には阿呆を見るような目になった。
正直なところ、漫画や小説でこういう場面を何度も見てきて、次に何をすべきかは大体わかっているつもりだった。だが、いざ見知らぬ土地に一人で立ってみると、何もかもが手につかない。
それに、もしこいつが本当に去ってしまったら、この異世界で私のことを知っている人間は誰もいなくなる。
「俺も知らん。」
「え?」
「ここは俺の知っている場所じゃないんだよ。それに、そういうのはさっき通った冒険者にでも聞けばいいだろ。俺に聞かれても困る。まさかお前の手を引いて、町中を一軒ずつ案内しろってのか?」
彼はまくし立てるように反論し、その口調は明らかに苛立ちを帯びていた。
さっきまで自分はこの世界の出身だとか言ってたのに……
「先に言っておくが、お前をここに置いたら俺の役目は終わりだ。生きられるかどうかはお前次第だ。もし――」
彼はそう言いながらしゃがみ込み、さっきと同じように手のひらを地面に押し当てた。転送魔法陣を召喚するつもりなのだろう。
だが、その言葉が終わる前に、彼の動きが突然止まった。
「……あれ? 反応がない?」
彼はもう一度試してみたが、手のひらの下の地面はまったく動かなかった。
「おい……まさか――!?」
彼はそこで四、五回繰り返し試したが、どれも失敗に終わった。空気が静まり返り、彼の荒くなる息遣いだけが聞こえてくる。
私はその場に立ち、この一部始終を黙って見守っていた。そして、ごく単純な結論にたどり着いた。
彼は戻れない。
神様はしゃがみ込んだまま、まるで石像のように固まって動かない。髪の毛一本までもが、空気の中で凍りついたかのようだった。
「うーん……どうやらあなたは私と一緒にギルドを探すしかないみたいだね~残念だね~戻れないんだって~でもまあ、一緒に冒険できるってことだし、悪くないんじゃない?」
私はその場に立ち、遠慮なく追い打ちをかけた。
心の中では少し悪いと思ったが、正直なところ……妙にスッキリした気分だった。
神様は黙って立ち上がり、私の方に向き直った。
「……」
そして、ゆっくりと……正確に……指の関節を私のこめかみに当てた――
「このクソ女が――! よくもそんな呑気なことを言えるな――!」
「わああああ、何で私が悪いのよ――!?」
彼の指の関節は容赦なく、さっきよりもさらに強い力で私のこめかみをグリグリと押し込んだ。
慣れた痛み、慣れた手つき、慣れた相手。ただ違うのは、見知らぬ街と見知らぬ世界だけだった。
※ ※ ※
しばらくして、私は神様と並んで大通りを歩いていた。
「……まさか俺がこんなことになるとはな。」
神様は隣を歩きながら、自嘲気味に言った。
私はまだジンジンと痛むこめかみを揉みながら、涙目で彼を睨んでいた。正直、心の底から納得がいっていなかった。
「そんな目で見るな。結局はお前のせいだ。」
「なんでまた私のせいになるのよ! 明らかにあなたが感情をコントロールできてなかっただけでしょ……」
私たちは街中で口論を続けながら、あちこちを見回して冒険者ギルドの看板を探していた。今となっては一緒に行動するしかないが、二人とも道にはまったく詳しくなく、今のところ完全に当てずっぽうで歩いているだけだった。
結局、通りすがりの人に聞くことにした。そして、誰が聞くかというと、当然のように神様の役目になった。
何せ私に、あの屈強で凶悪そうな男たちに話しかけろと言われても、声を出す前にビビってしまうに決まっている。
「すみません、冒険者ギルドはどこでしょうか?」
神様は通りかかった冒険者を呼び止め、丁寧な口調で尋ねた。
その男は彼を一瞥し、その神官服に一瞬視線を止めてから、少し興味深そうな顔をした。
「冒険者ギルド? この道をまっすぐ行って、曲がったところだ。しかしその格好……教会の者か? 見かけない顔だが、よそから来たのか?」
「はい、遠方から参りました。伝道師のようなものです。」
「伝道師か、それは大変だな。よし、行け。」
「ありがとうございます。」
神様は軽くうなずき、そのまま振り返らずに前へ進んだ。私は慌てて小走りで追いかけた。
――冒険者ギルド――
冒険者に宿泊施設、食料、補給物資を提供する拠点であり、クエストの受付や納品も行われる場所だ。周辺の村や町の住民は報酬を支払って依頼を出し、冒険者はそれを達成することで報酬と功績を得る。異なる職業の冒険者がそれぞれの役割を担い、連携して行動する。単独行動はほとんどない……もしあったとしても、おそらく道半ばで死んでいるだろう。
ギルドでは定期的に様々なイベントも開催され、大規模なクエストを達成した後には、冒険者だけの祝賀パーティーが開かれることもあるという。
そして、一般論としては、ギルドの人間は大抵、気さくで信頼でき、情に厚いものだ……
「なんで屈強な男だらけなのよ――!?」
内部は想像していたよりもずっと広かった。天井からは暖かな黄色のランプが吊り下げられ、壁の掲示板にはびっしりと依頼書が貼られている。しかし、私は一歩足を踏み入れた瞬間、周囲にいる屈強過ぎる影たちに視線を釘付けにされた。
大柄な連中が長テーブルに座り、その腕は私の太ももより太い。顔に刀傷がある者もいれば、研ぎ石で大剣を丁寧に研いでいる者もいる。金属の擦れる音が室内にギシギシと響く。彼らは一斉に顔を上げ、まるで獲物を品定めするような目で、入り口に立つ二人の新顔を見つめた。
私は無意識に唾を飲み込み、背中に冷たいものが走るのを感じた。
事前に心の準備はしていたつもりだったが、まさかここの冒険者が全員こんな風貌だとは思わなかった。
「……これ、普通なの?」
私は首をすくめて、神様の耳元で小さな声で尋ねた。
彼はそれに比べてずっと落ち着いていた。表情は泰然としていて、こういう光景には慣れているようだ。
「当然だ。何せ彼らはお前の格好を見たことがないからな。」
そう言って、神様は私の服を指さした。
私は下を向いた。黒いフード付きのシャツにジーンズという格好は、元の世界ではごく普通のものだが、ここでは明らかに浮いていた。周囲の視線は遠慮なく私に注がれ、まるで珍しい動物でも見るかのようで、居心地が悪かった。
「心配するな。彼らはお前をどうこうしたりはしない。顔が怖いだけで悪人だと思うなよ。この世界で見た目だけで判断したら、どうやって死ぬかわかったもんじゃない。」
神様は淡々とした口調でそう慰めた。ただ……これが慰めなのかどうかはかなり疑問だったが。
私は思わず彼の方を向き、その完璧な横顔に一瞬視線を止めた。
「じゃあ、あなたみたいにすごく綺麗な顔をしてる人は、悪人ってことになるの?」
「……好きに言え。」
おそらく私に構うのが面倒になったのだろう、神様はそのままカウンターへと歩いていった。
カウンターの後ろには一人の若い女性が立っていた。黄褐色の髪を後ろできっちりとまとめ、黒と青の制服を着ている。穏やかでありながらも仕事のできる雰囲気を醸し出しており、そこに立っているだけで信頼感を与えた。
「こんにちは。何かお手伝いできることはありますか?」
彼女はそう尋ねた。その声は優しく、はっきりとしていて、屈強な男たちに囲まれたこの空間にあって、まるで一筋の清流のように、私の張り詰めた神経を少しだけ和らげてくれた。
「私たちは――」
神様の言葉はそこで一旦止まった。そして彼は私の方を向き、何か言いたげな表情を浮かべた。
……何でこっち見るのよ。
「――いや、まず冒険者になるための手続きを説明してくれ。」
「かしこまりました。まず、冒険者になるには登録が必要です。登録後は、属性測定の結果に基づいて適切な職業を提案し、同時に基本的な装備も支給されます。もちろん、登録後には一定の審査期間があり、問題がなければ正式に冒険者として認められます。」
カウンターの女性はプロフェッショナルな笑顔を浮かべ、落ち着いた口調で説明した。
話を聞く限り、それほど複雑ではなさそうだ。
「登録に何か条件はあるのか?」
神様は尋ねた。その口調には習慣的な几帳面さが感じられた。
「登録には料金がかかります。ただし、ツケでの支払いも可能です。その場合は、今後のクエスト報酬から順次差し引かれます。ただし、返済が完了するまでは滞納や逃亡は認められません。また、週に最低三つのクエストを受諾する必要があり、これに違反した場合はギルドから指名手配されますのでご注意ください。」
指名手配……聞くだけで、国中を追われて逃げ回るような光景が浮かぶ。
それを聞いて、私は無意識に懐の巻物に手を伸ばした。これで支払いをしようかと考えたのだ。指名手配なんて事態は、絶対に避けたい話だからだ。
「よし、登録してくれ。二人分だ。冒険記録なし、ツケ払いで。」
私が口を挟む前に、神様が先にそう言った。そして、私の手首を押さえ、そっと首を振った。
私はよくわからなかったが、仕方なく手を引っ込めた。
「それと、属性測定も頼む。これは有料か?」
「いいえ、測定は無料です。測定エリアは左側にございます。こちらへどうぞ。」
無料で属性が測れるなんて、このギルドはなかなか太っ腹だ。
私たちはカウンターの女性について、測定エリアへと向かった。そこには円形の機器が置かれており、中心には大きな水晶がはめ込まれている。水晶は透き通り、かすかに光を放っている。水晶の下部には手首がちょうど収まる窪みがあり、その形はまるで元の世界で使われていた血圧計のようなものだった。
「この機器は投影によって結果を表示します。プライバシーに配慮して、結果を非公開にすることも可能です。」
カウンターの女性が丁寧に説明してくれた。
異世界にも投影技術があるのか。なかなかハイテクだな。
神様はそういった細かいことには全く頓着せず、そのまま前に進み、手首を窪みに差し込んだ。水晶の内部から柔らかな光が立ち上り、水晶全体がゆっくりと動き始めた。
しばらくして、水晶の上に半透明の情報パネルが投影され、そこには様々なデータが明確に表示されていた。
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名前:レア・アスロット
性別:男
種族:??
魔力値:9.5/10
容姿:10/10
運気:?
その他属性平均値:9.37
推奨職業:魔術使い
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パネルが投影された瞬間、周囲からあちこちで息を呑む声が上がった。
ほぼ満点の魔力、満点の容姿、その他の数値も平均して満点に近い。種族が伏せられ、運気が不明瞭であることを除けば、このデータはまさに怪物級だ。
「……魔力9.5? 容姿10? 何このぶっ飛んだ数値……」
私は思わず口元を引きつらせ、隣のカウンターの女性も目を見開いた。
「あら……これは大変素晴らしいですね。あなたはかなりお強いのですね。」
カウンターの女性は心からそう感嘆した。
レアは無表情で手を引き、私の方に向き直って、顎で促した。
正直なところ、彼の爆裂的な成績を目の当たりにした後だったので、私も心の準備はできていた。
どんなに悪くても、そこまで酷いことはないだろう……たぶん。
私は前に進み、同じように手首を窪みに差し込んだ。再び光が灯り、水晶の上にゆっくりと私の情報パネルが浮かび上がった。
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名前:山崎夏奈
性別:女
種族:人間
魔力値:0/10
容姿:9/10
運気:?
その他属性平均値:3.6
推奨職業:なし
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空気が一瞬、静まり返った。
そして、私は周囲からささやき声が聞こえてきた。
「魔力0? マジかよ?」
「推奨職業なし……?」
「これ、何このゴミみたいな数値……?」
私の頭は真っ白になった。
魔力はゼロ。完全なゼロだ。それ以外では、容姿が意外にも9だった。この採点基準がまったくわからないが、残りの属性の平均値がわずか3.6というのは酷すぎる。そして何より、推奨職業の欄に「なし」と書かれていることが、一番の衝撃だった。
つまり、私は完全にただの人間だ。チートどころか、職業を選ぶ資格すらない。
レアも一瞬固まり、信じられないものを見るような表情を浮かべた。
「お前……本当に魔力がゼロなのか?」
彼は首を傾げ、驚きを含んだ口調で尋ねた。
「こ、これってどういうことなのよ――!?」
私は自分のパネルを見つめ、完全に呆然としていた。
隣のカウンターの女性も眉をひそめ、言葉を選びながら口を開いた。
「あの……魔力値がゼロというのは、どういうことでしょう? 私が見てきた中で最低でも0.3はあったのですが……」
彼女の口調に悪意はなかった。だが、その言葉は私にとってはどんな嘲笑よりも痛かった。
「ううう――もうこれ以上私を傷つけないでよ――!」
私は顔を覆い、その場に穴を掘ってでも埋まりたい気分だった。
なぜ私の能力がここまで弱いんだよ――!?
思わず隣の、全属性がほぼ満点の男を横目で見ると、改めて「人の能力は人それぞれ」という言葉の残酷さを思い知らされた。
どうやら私のチートは全部こいつに持っていかれたらしい。
「ただ……魔力がゼロということは、そもそも生き延びることができないはずなのですが……」
カウンターの女性の声が、突然、確信のないものに変わった。まるで何か非常に重要なことを確認しようとしているかのように。
「え?」
私は顔を上げ、困惑した表情で彼女を見た。
「この世界の空気には、微量の魔力が満ちています。普通の人であれば、魔力の才能が覚醒していなくても、無意識のうちにその魔力を吸収し、適応していくものです。それを『基礎魔素適応』と呼びます。しかし、あなたの測定結果は魔力が完全なゼロを示しています。つまり――」
彼女はそこで言葉を切り、その目に一層の重みを宿した。
「つまり、あなたはこの世界の環境にまったく適応できない可能性があります。」
その言葉は、まるで冷水を頭から浴びせられたかのようだった。




