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猫可愛がりしていたら、喰われました。  作者: 不知火螢


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「殿下?」

「……」

「殿下……でーんか」

「……」

「……ミハエル様」

「うん、なに? ラヴィ」


 頑なに名前で呼べ、と無言の圧を掛けてきた殿下――ミハエル様に、昔のように呼び掛けると、途端に天使の笑顔を浮かべた。

 少なくとも、これからは言動を改めますね、と王都に来る前には渋々ながらも納得してくれていたと思ったのだけど、はたしてあれは私の記憶違いだったのだろうか。 

 そんなことは断じてないと思うのだが、ミハエル様を見ていると、そんな気がしてくる。


 にこにこと笑っているミハエル様は、とても可愛い。昔から変わらず、ずっと可愛い。 

 とはいえ、いつまでもこうして床に座らせたままというわけにはいかない。ミハエル様の手を取って立ち上がると、ミハエル様も素直に自ら立ち上がった。

 立ち上がると、ミハエル様の顔が私よりも頭一つ分くらい上にあるのがよくわかった。ミハエル様ももう十七歳。成長期を迎えて、すっかり男性らしく成長したようだ。

 

「……成長して、がっかりした? もう、可愛くない?」

「ミハエル様はいつでもどこでも完璧にかわいいですけど?」


 じっ、とあからさまに見つめすぎたのか、ミハエル様が気持ち落ち込んだように首を傾げる。幻の犬耳がミハエル様の頭上に垂れて見えて、私は反射で答えた。

 私の言葉に、目を見開いてきょとん、と目を丸くしたかと思えば、すぐに嬉しそうな満面の笑顔を浮かべた。


 私がミハエル様を可愛い可愛いと言っているのは、何も顔だけの話ではない。ちょっとした所作や、行動、癖、その存在全てが可愛いのだ。

 あまりにも可愛いので、いつも通りに頭を撫でようと腕を伸ばしかけ、慌ててひっこめる。ミハエル様の希望で口調は戻したが、それでも何もかも、前と同じとはいかないのだ。


「ラヴィ、撫でてくれないの?」

「撫でます!」


 拗ねたような口調でミハエル様が頭を下げてきたので、遠慮なくわしゃわしゃと撫でる。これでもかと撫でる。そうして満足するまで頭を撫でると、ミハエル様も満足げに笑った。

 ふぃー、と私も満足していると、今度は私が手を握られ、ソファへと誘導される。

 そのままの流れでミハエル様がソファに腰を下ろし……なぜか、私はミハエル様の膝に横抱きで座らされた。


「??????」


 あまりにも自然に座らされたので、混乱している間に、ミハエル様に抱きすくめられた。

 ぐりぐりと肩口に額を寄せて猫のように擦り付けるさまは、甘えていると考えれば非常に可愛い。昔の私なら、何も考えずに可愛い! と喜んでいただろう。

 しかし、しかしである。今の私は弟分として扱っていたミハエル様への恋心を自覚した女である。このミハエル様の行動をどう考えていいのか分からず、私は指一本動かすことができなくなっている。


「ねぇ、ラヴィ。ラヴィが僕のために居なくなったのは分かってる。僕のことを弟分とみているのも知ってる。でも、僕はラヴィが好きなんだ。君がいないとダメだし、そもそも、ラヴィじゃないと嫌だし、無理なんだ。絶対に婚約は解消しない。何があっても、してあげられない」

「ミハエル、様……」

「だから諦めて、僕と結婚して?」


 お願いだ、と耳元で懇願するミハエル様の声は震えていて、なんだか今にも泣きだしそうだった。

 ミハエル様の言葉が信じられない私と。ミハエル様が私にこんな嘘をつくわけがないとこれまでの関係から断言できる私と。

 頭の中でグルグルと色々な言葉が駆け巡り、暴れ、踊りだす。思考がまとまらず、何か言わなければ、と口を開きかけ、理性がストップをかける。

 何を言うかをまとめる前に声に出すのは、経験上、あまりよろしくない。


 考えて、考えて、とにかくいっぱい考えて。そうしてようやく私は口を開いた。


「ミハエル様。まずは、相談もせずに家を出てごめんなさい。ミハエル様のことだから、責任を取ると言うだろうな、と思って……解消する前提の婚約だったから、私が自分勝手に失踪すれば、そのまま何事もなく、婚約はなくなって。そうして、当初の予定通り、中央貴族の令嬢と婚約できるな、って」 

「……」


 無言の抗議のように、私を拘束する腕の力が強くなる。

 辛うじて自由に動かせる肘をまげて、ミハエル様の腕に軽く添えると、私を抱きすくめるその両腕から、少しだけ力が抜けた。


「中央での地盤の固さは、そのままミハエル様の安全にも直結していたから。辺境伯の娘でしかない私では、中央では大した力になれないから。でもミハエル様は優しいから、絶対に責任を取るっていうだろうな、って」

「……僕は優しくなんてない。ラヴィにだけだし、そもそも、僕は、中央に戻るつもりなんてなかったんだ。王位なんていらないから、早々に継承権なんて放棄して、ラヴィに婿入りしたかったんだ。王籍を抜けて平民になったとしても、実力を示せば、辺境伯は婿入りを認めてくれるだろうし」

「そう、なの……?」

「そうなの」


 ミハエル様の言葉に、私はぱちくり、と瞬きを繰り返す。

 確かに、オルトマン辺境伯領(うち)では実力が全てだし、そもそもミハエル様は平民になっても血統という意味では問題ない。なにより、私は跡取りでも何でもないし、我が家は政略結婚を必要としていない。必要なのは、貴族とのつながりよりも、魔物に対抗できるだけの実力だ。


「ただ、ごめん。もう、その未来は見られなくなった。あの異母兄二人に国を任せられない。だから、僕がラヴィに婿入りするんじゃなくて、ラヴィが僕のお嫁さんになってほしいんだ。子供のこともあるし」


 それはそう。冒険者の立場で聞きかじっただけでも、ミハエル様はすでに次期王太子として期待されているのがよくわかる。


「……社交とか、まともにできないですよ?」

「しなくていいよ。どうせ、今社交界を牛耳っているやつらはそのうち消えるんだし」

「……まぁ、ミハエル様が立太子されたら、勢力図は大きく変わりますし?」


 消えるんじゃなくて、消すの間違いでは?

 そう思っても口に出さなかった私は、きっと褒められるはず。


 それはそれとして、確かに、今は現王妃と第一王子、第二王子を持ち上げる貴族が大きな顔をしているはずだが、ミハエル様と兄上がその勢力図を書き換えるだろう。そうなれば、社交界での力関係もがらりと変わるはずである。


「父上も機をうかがっているみたいだし。あいつらを一掃したら、何もしなくても有象無象がラヴィにすり寄ってくるはずだ。そうなれば、ラヴィが何をしても、向こうがいいように勝手に解釈して動き出すよ。だから、ラヴィには何も心配しなくていい。ただ、僕の隣にいてくれさえすれば、僕は勝手に頑張れるから」


 だから、結婚して? そう、懇願するミハエル様の言葉に、私は深く、頷いた。

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