閑話 一方その頃⑤
ミハエル視点です。読み飛ばしても頂いても本編に影響はありません。
今日も今日とて、いつものようにオルトマンのタウンハウスにやってくると、いつもとどこか違って邸宅内が慌ただしい様子だった。この一年ですっかり顔見知りとなっている使用人たちは、僕を見ると一度足を止めて頭を下げるも、僕が通り過ぎるとまたすぐに慌ただしく動き始める。
何かあったんだろうか、と内心首をかしげながらも、ヴィルの執務室へと向かう。
昨日聞いた話では、ヴィルは朝からイルヴィッツ伯爵領へと向かうとのことだった。僕は一年も会えていないのに、二日も続けてラヴィと会うなんてずるいと思う。
イルヴィッツ伯爵領で何が起きているのか。それは昨日の時点で簡単には報告を受けている。
その一角兎の異常増殖は確かに放置していたら、遅かれ早かれ国が対処することになっていただろうから、偶然とはいえ、ラヴィが発見してくれたのはよかったと思う。ハイヒラ―侯爵の姻族ともなれば、父上は絶対に僕に後始末を命じただろう。徹底的に追及するチャンスだ、異母兄二人に任せるわけがない。立場的にも、能力的にも。
執務室内にヴィルの姿はなく、まだ帰ってきていないようだ。机の上には書類が山となって積まれていて、ヴィルの抱えている仕事は全くの他人事ではないので、少しだけげんなりする。
昨日、今日の夕方からと、今日一日の仕事が止まっていることを考えると、明日は一日中、書類仕事になって、その書類の何割かが僕の元に上がってくることになるのだろう。
何とかして一日でも早くラヴィに会いに行きたいのに、何かあったときのために簡単に王都から離れられないこの身の上が憎い。
「はぁ……」
何気なく手に取った書類の一番上は、異母兄である第二王子のやらかしの後始末、その下にあった書類は第一王子の尻拭い。この二人を持ち上げている貴族にやらせろよ、ハイヒラー侯爵とか、ハイヒラー侯爵とか、と思うが、僕が手を出すことで僕の地盤、影響力を強めることにも繋がるのだ。面倒だが好都合ではあるのだ。
ただ、最近はあまりにも役に立たない二人の孫に、ハイヒラー侯爵もう業を煮やしているのか、二人を助ける方向でなく、僕の足を引っ張る方向に変え始めたらしい。
僕自身が標的になるのは問題ない。ラヴィも、一年前の夜会でしか王都の社交界には顔を出していないので、直接何かを言われたりされたりすることはないだろう。
問題は、ラヴィが産んでくれた子供たち、ジークフリートとジークリンデの存在が、侯爵にバレたらどうなるか、ということだ。
ヴィルから、僕と同じ髪と目の色をしていた、と聞いている。男女の双子で、まだ顔立ちははっきりしていないが、幼い頃のラヴィよりは僕に似ている気がする、とのことだった。
その話を聞いて、ますます、早く地盤を固めてラヴィを迎え入れなければ、と決意する。
今、この国に、王家の色とされている白銀の髪と紫水晶の瞳を持っているのは、僕と父上の二人だけだ。
父上の落胤などと考える人間はさすがにいないだろうから、自然と僕の子供と周りからも認識される。ラヴィが認識阻害の魔法で子供たちの髪と目の色を隠しているそうだが、認識阻害だって完璧ではない。ラヴィよりも魔法に長けている人であったり、魔法が掛かっていることに気づいた人間には、それを解除することだってできるのだ。
父王がまだ王太子を発表していない状況で、王家の色を持つ僕の子供が、同じく王家の色を持つと知った場合、おそらく、ハイヒラー侯爵は何としてでも子供たちを排除する動きを見せるだろう。
少し前までは、王位継承権なんて放り投げてラヴィに婿入りしたい、なんて本気で思っていたけれど。でも、王家の色を持つ子供がいるのなら、話は別だ。もはやそんな個人的なわがままを言っていられる状況ではない。
「……手っ取り早く、こっちから仕掛けるか?」
「お前にその気があるなら、いい切り札が手に入ったぞ」
何気なく漏れた本音に言葉が返る。振り返ると、この部屋の主が丁度帰ってきたところのようだった。
「切り札?」
「あぁ。ファルク・フォン・イルヴィッツ。イルヴィッツ伯爵の孫が、なぜかラヴィニアの信者になってこちらの手のものになった」
「は?」
ラヴィの信者? なんだそれ。
ヴィルの話に目を丸くしていると、その内容にだんだんと自分の目が座ってくるのがわかった。
「は? ラヴィは僕の婚約者なんだけど?」
「落ち着け。俺もマリーナも最初は勘違いしたが、どうもあれは、さっきも言ったように、信者みたいなものだ。異性としてよりも、信仰対象として惚れこんでいるようなものだ」
「信仰って……対面すらしていない、一方的に見かけた令嬢に対して?」
確かに僕にとってはラヴィは僕の全てだけど、それが一般的な認識ではないことくらいは理解している。
いや、客観的に見てもラヴィは美人だし、可愛いし、魅力的な女性だけど!!
「その辺は、あいつが持っている眼のせいっぽいな。具体的なことは聞いていないが」
「眼、って、魔眼の持ち主ってこと? イルヴィッツ家に魔眼の持ち主がいるなんて話は聞いたことないけれど」
魔眼は、特殊な能力を持つ目の総称だ。その能力は人によって様々であるが、基本的に魔眼の持ち主は非常に稀な存在だ。
魔眼持ちがなぜ生まれるのか、一説によると神の祝福だとか、精霊の気まぐれだとか、そもそもチェンジリングで取り換えられた妖精の子供本人だとか。様々な説があるが、その理由は分かっていない。
それだけ珍しい存在なので、魔眼持ちが生まれると自然とその話は広まるのだが、イルヴィッツ家に魔眼持ちが生まれたという話は聞いたことはない。
「俺も聞いたことはないな。どうにも、家のことが好きではないように見えたから、おそらく、本人が隠していたんだろう」
「へぇー。まぁ、血が繋がってるからと言うだけで好きになれるものではないしね」
実際、半分だけ血が繋がっている異母兄たちのことを僕は嫌いだし、あちらも僕のことが嫌いである。父上のことですら、正直、いまだにどういう態度を取ればいいのか悩んでいるくらいである。
……向こうは、そんなこと全く気にせずにズカズカくるから、余計に距離感をつかみかねているのだが。
「あ、今後のことはともかく、近いうちにラヴィニアを連れてくるから、さっさとこれを片付けさせてくれ」
「……は!?」
そういうことはもっと早く言って!




