第二百六十一話「それぞれの相性」
大変お待たせしました。
年末年始、普段よりも忙しくて全然執筆の時間がとれませんでした……。
ペースを戻すのに時間がかかるかもですが、よろしくお願いします。
「おいケイスケ。お前、デロンド組と揉めたか?」
冒険者ギルドの中で、その言葉を投げかけられた瞬間、心臓が一拍遅れた。
「……ニトが、なんで知ってるんだ?」
俺はそう返しながら、自分でも分かるくらい顔が強張った。
「……やっぱりお前かよ」
ニトは深く息を吐き、額を指で押さえる。
その反応だけで、もう誤魔化しようがないと悟った。
今日は休みだ。
特別な依頼を受けるつもりもなく、なんとなく軽く掲示板を眺めて帰るだけのつもりだった。
なのに、ギルドに顔を出した途端、ニトと鉢合わせして、この話題である。
「先週な……」
俺は観念して、事の次第を話し始めた。
トルト、ヘルヴィウス、ティマ、ミルカ。
五人で下町に迷い込み、そこでデロンド組に絡まれたこと。
逃げるためにリラが閃光を放ち、その隙に俺が数人殴り倒したこと。
そのあと、しつこく追われて、どうにか振り切ったこと。
話し終えると、ニトはしばらく無言だった。
「……マジかよ」
絞り出すような声だった。
「よりにもよって、デロンド組相手かよ」
俺は苦笑するしかない。
文章にすれば、ほんの一行で済む出来事だ。
――貴族の子が絡まれたから、殴って逃げた。
だが現実は、その一行の裏に、結構な厄介事が詰まっている。
「まだ、探されてるのか? というか、なんでニトが知ってるんだ?」
俺の問いに、ニトは言った。
「聞かれたんだよ、デロンド組の奴らにな。あいつら、お前らのこと手当たり次第に探してるぞ。下町はやべえ。暫くは行くなよ」
忠告はありがたいが、問題はそれだけじゃない。
「下町はって……スラムは大丈夫なのか?」
ニトは一瞬だけ考えてから、首を振った。
「スラムは下町とも違う。デロンド組は、どっちかって言うとスラムの連中と敵対関係だ」
「そうなのか」
少しだけ胸を撫で下ろす。ひとまずは壁外街の下町に近づかなければ大丈夫そうだ。
だが、ギャングに目をつけられているという事実そのものが、重くのしかかってくる。
胸がざわつく、なんて生易しいもんじゃない。
背中に常に冷たい視線を感じるような、そんな感覚だ。
「で、お前ら、本当は何したんだよ?」
ニトが改めて聞いてくる。
「……だから、さっき言った通りだよ」
俺は肩をすくめる。
「貴族のヘルヴィウスが絡まれたから、殴り倒して逃げた。それだけだ」
ニトは頭を抱えた。
「はぁ……。仲間を守ったってんなら、そりゃあ正しいかもしれねえけどよ……」
続く言葉は、言わなくても分かる。
相手が悪すぎる、というやつだ。
「どっちにしろ、しばらくは下町のほうは行かねえほうがいい。お前のダチにも言っとけよ」
「……やっぱり?」
「ああ。やっぱりだ」
幸いだったのは、冒険者ギルドが壁の中――王都にあることだ。
王都周辺の依頼なら、デロンド組の手は及びにくい。
「……俺一人なら光魔法の光学迷彩で、こっそり外に出ることもできるんだけどな」
誰にも聞こえないような声でぽつりと呟く。
すると、影の中から聞き慣れた軽い声が響いた。
『別に何人でも、隠せるよー?』
「……今の、誰だ?」
リラは普通に声を出していた。ニトにも聞こえるように。
眉をひそめるニト。
これは、リラはわざと聞かせたんだろう。
もう聞こえてしまったものは仕方ない。
これもいい機会だ。ニトにはある程度話してしまおう。
「今の声は、リラだ」
「リラ?」
「あとで説明するから。……一旦依頼探して王都の外へ出よう。あまり人目につきたくない」
「お、おう」
目についた鼠の魔獣退治の依頼を受けて、二人で冒険者ギルドを出た。
それから人目を避けて王都の外へ向かい、周囲に人気がないことを確認してから、俺は改めてリラのことを説明した。
自分が光の精霊と契約していること。
隠してきた理由も、全部。
『どーもー』
光がゆらりと揺れ、控えめに光る精霊がニトの前に姿を現す。
「……初めて見たな。精霊って、喋れるのかよ」
「あー、まあ、リラは喋れるな」
『失礼な言い方だねー』
軽口を叩くリラを見て、ニトはしばらく黙り込んだ。
「なるほどな」
しかし拍子抜けするくらい、反応が薄い。
精霊が出てきて、喋って、俺と契約していると説明したというのに、「なるほどな」で終わってしまうあたり、さすがというか何というかだ。
「んだよ?」
俺が呆れたような目で見ていることがわかったのだろう。ニトが鋭い目つきで睨んできた。
「いや、もっと驚かれるかと思ったんだけど?」
「驚いただろうが」
「まあ、そうなんだけどさ」
俺がどうしたものかと考えていると、空気を読まない存在が、我慢できなくなったらしい。
『お前、もっと驚けよー!』
ぽん! と、火花が弾けるようにして、ニトの目の前に赤い光が現れた。
「うおっ!? なんだ!?」
ニトが一歩引き、身構える。
ニトの目の前には赤髪の少年の姿をした精霊――カエリが、腕を組んで胸を張っていた。
『どうだ! ちゃんと驚いたか!』
「……お前も、精霊か?」
『おう! 火の精霊、カエリ様だ!』
「今度は火の精霊かよ……?」
ニトの目が、今度こそ大きく見開かれる。
その反応を見て、カエリは満足そうにうんうんと頷いた。
『ほら見ろ、こうじゃないと』
「いや……そりゃ驚くわ……」
俺は思わず苦笑する。
なんというかリラはやっぱり、演出が足りなかったらしい。ノリも軽かったのかもしれない。
『なあなあ、主』
カエリが、にやりと笑って俺を見る。
『こいつさ、火の魔法の適性、あるって言ったの覚えてるか?』
「……ああ、覚えてるけど」
「は?」
俺とカエリの会話に、ニトの素っ頓狂な声が割り込んだ。
完全に話についていけていない顔だ。
カエリはその反応を待ってましたと言わんばかりに、にんまりと笑うと、ずいっとニトの目の前まで迫った。
『ほらほら、本人は自覚なしってか?』
「ちょ、近えぞ!? なんだよ急に!」
ニトは一歩、また一歩と後ずさる。
柄の悪さが売りのはずのニトが、精霊相手に押され気味なのが、正直ちょっと面白い。
『いいからさぁ』
カエリはひゅんひゅんとニトの周囲を飛び回り、落ち着きなく視界に入り込む。
『ほら、お前、指出せよ』
「ちょ、ちょっと待て! 俺、魔法とか聞いてねえし!」
『いいからいいから、減るもんじゃないし!』
「減らねえのか!?」
半ば強引に指を出させられ、ニトの指先が前に突き出される。
カエリが軽く、その指に触れた。
「……あれ?」
ニトが首を傾げる。
「熱くねえな」
『そりゃそうだろ。まだ出してねえんだから』
「……は?」
『力、抜けよー。ガチガチだと魔力流れねえぞー。怖がると余計出ない』
「こ、怖がってねえし……!」
そう言いながら、ニトはどう見ても緊張している。
肩が上がり、指先が微妙に震えていた。
「……こうか?」
半信半疑のまま、ニトが息を吐く。
その瞬間――。
ぱちっ。
小さな、ロウソクの火ほどの炎が、ニトの指先にぽっと灯った。
「……は?」
ニトの声が、間抜けなくらい静まり返る。
「……マジかよ」
火はすぐに消えた。
だが、見間違いではない。確かに、そこにあった。
「今の……俺が……?」
ニトは自分の指を、何度も、何度も見つめる。
「魔法……?」
「おおー。実際、使えてるじゃないか」
俺が言うと、ニトはゆっくりと顔を上げた。
「……そうだけどよ」
『そうだぞ!』
カエリが胸を張る。
『僕が流れを作ってやったけど、出した魔力はお前のだ! 胸張れ!』
ニトは一瞬ぽかんとした後、乾いた笑いを漏らした。
「……はは。笑えねえ」
でも、その笑顔はどこか嬉しそうだった。
『なあ、主』
カエリの声が、少しだけ真面目になる。
『少しの間、こいつについてやっててもいいか?』
「ん? なんでだ?」
『こいつ、結構強くなりそうだしさ』
ちらりとニトを見る。
『主といるのも楽しいけど、最近は学校とかで、あんまり喋れないだろ?』
「……まあ、確かに」
俺が学生として動いている間、精霊たちは待ち時間が多い。
カエリが退屈していたのも、納得だ。
「俺はいいけど……ニトはどうなんだ?」
そう振ると、ニトは頭を掻いた。
「精霊が、俺に……?」
しばらく考え込んでから、肩をすくめる。
「正直、よくわからねえけどよ」
そして、少し照れたように続けた。
「俺のやること邪魔しねえなら、別にいい」
『よっしゃ! 決まりだな!』
カエリが大喜びで宙を一回転する。
こうして、カエリはニトと行動を共にすることになった。
契約はあくまで俺のまま、期間限定のお供――そんな感じらしい。まあ、クェルのときと同じ感じだ。
――と、そのとき。
頭の中に、次々と声が響いた。
『あら、カエリだけずるいですわ』
アイレの落ち着いた声。
『私も暇ですー』
間延びした声はシュネ。
『ん。楽しそう』
短い言葉はポッコだ。
「……いや、待て待て」
俺は額を押さえる。
一気に頭が痛くなってきた。
ニト一人に精霊四人は、さすがに過剰戦力だ。
『でしたら』
アイレが優雅に言う。
『あのギャングと揉めているのでしょう?』
『ですですー。私たちが、それぞれ主のご友人につけばいいんですー』
『ん。守る。それで倒す』
最後の一言が物騒すぎる。
「倒すのは最終手段な……」
とはいえ、言いたいことは分かる。
ギャング相手に守りが厚いのは、正直ありがたい。
「……話はわかった」
俺は息を吐いた。
「じゃあ、希望を聞こうか」
結果は、意外なほどすんなり決まった。
アイレはヘルヴィウス。
シュネはミルカ。
ポッコはトルト。
理由を聞けば、どれも納得できる。
トルトには土、ミルカには水、ヘルヴィウスには風の素養。
どれも芽の段階だが、確かに可能性はある。
ちなみに、ティマにはすでにエステレルがいる。
「……今度、ちゃんとみんなには話しておくか」
精霊のことも、ギャングのことも。
その日の締めは、ニトと鼠の魔獣退治だったが――。
「……俺、やることなかったな」
俺が苦笑するほど、あっさり終わった。
ニトとカエリの相性が、想像以上によかったのだ。
『どうだ主!』
カエリが得意げに胸を張る。
「……うん、任せて正解だった」
そう答えながら、俺は少しだけ先のことを考えていた。
この調子なら――。
ギャング相手でも、なんとかなるかもしれない。
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