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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百六十一話「それぞれの相性」

大変お待たせしました。

年末年始、普段よりも忙しくて全然執筆の時間がとれませんでした……。

ペースを戻すのに時間がかかるかもですが、よろしくお願いします。

「おいケイスケ。お前、デロンド組と揉めたか?」


 冒険者ギルドの中で、その言葉を投げかけられた瞬間、心臓が一拍遅れた。


「……ニトが、なんで知ってるんだ?」


 俺はそう返しながら、自分でも分かるくらい顔が強張った。


「……やっぱりお前かよ」


 ニトは深く息を吐き、額を指で押さえる。

 その反応だけで、もう誤魔化しようがないと悟った。


 今日は休みだ。

 特別な依頼を受けるつもりもなく、なんとなく軽く掲示板を眺めて帰るだけのつもりだった。

 なのに、ギルドに顔を出した途端、ニトと鉢合わせして、この話題である。


「先週な……」


 俺は観念して、事の次第を話し始めた。

 トルト、ヘルヴィウス、ティマ、ミルカ。

 五人で下町に迷い込み、そこでデロンド組に絡まれたこと。

 逃げるためにリラが閃光を放ち、その隙に俺が数人殴り倒したこと。

 そのあと、しつこく追われて、どうにか振り切ったこと。


 話し終えると、ニトはしばらく無言だった。


「……マジかよ」


 絞り出すような声だった。


「よりにもよって、デロンド組相手かよ」


 俺は苦笑するしかない。

 文章にすれば、ほんの一行で済む出来事だ。


 ――貴族の子が絡まれたから、殴って逃げた。


 だが現実は、その一行の裏に、結構な厄介事が詰まっている。


「まだ、探されてるのか? というか、なんでニトが知ってるんだ?」


 俺の問いに、ニトは言った。


「聞かれたんだよ、デロンド組の奴らにな。あいつら、お前らのこと手当たり次第に探してるぞ。下町はやべえ。暫くは行くなよ」


 忠告はありがたいが、問題はそれだけじゃない。


「下町はって……スラムは大丈夫なのか?」


 ニトは一瞬だけ考えてから、首を振った。


「スラムは下町とも違う。デロンド組は、どっちかって言うとスラムの連中と敵対関係だ」

「そうなのか」


 少しだけ胸を撫で下ろす。ひとまずは壁外街の下町に近づかなければ大丈夫そうだ。

 だが、ギャングに目をつけられているという事実そのものが、重くのしかかってくる。

 胸がざわつく、なんて生易しいもんじゃない。

 背中に常に冷たい視線を感じるような、そんな感覚だ。


「で、お前ら、本当は何したんだよ?」


 ニトが改めて聞いてくる。


「……だから、さっき言った通りだよ」


 俺は肩をすくめる。


「貴族のヘルヴィウスが絡まれたから、殴り倒して逃げた。それだけだ」


 ニトは頭を抱えた。


「はぁ……。仲間を守ったってんなら、そりゃあ正しいかもしれねえけどよ……」


 続く言葉は、言わなくても分かる。

 相手が悪すぎる、というやつだ。


「どっちにしろ、しばらくは下町のほうは行かねえほうがいい。お前のダチにも言っとけよ」

「……やっぱり?」

「ああ。やっぱりだ」


 幸いだったのは、冒険者ギルドが壁の中――王都にあることだ。

 王都周辺の依頼なら、デロンド組の手は及びにくい。


「……俺一人なら光魔法の光学迷彩で、こっそり外に出ることもできるんだけどな」


 誰にも聞こえないような声でぽつりと呟く。

 すると、影の中から聞き慣れた軽い声が響いた。


『別に何人でも、隠せるよー?』

「……今の、誰だ?」


 リラは普通に声を出していた。ニトにも聞こえるように。

 眉をひそめるニト。

 これは、リラはわざと聞かせたんだろう。

 もう聞こえてしまったものは仕方ない。

 これもいい機会だ。ニトにはある程度話してしまおう。


「今の声は、リラだ」

「リラ?」

「あとで説明するから。……一旦依頼探して王都の外へ出よう。あまり人目につきたくない」

「お、おう」


 目についた鼠の魔獣退治の依頼を受けて、二人で冒険者ギルドを出た。

 それから人目を避けて王都の外へ向かい、周囲に人気がないことを確認してから、俺は改めてリラのことを説明した。

 自分が光の精霊と契約していること。

 隠してきた理由も、全部。


『どーもー』


 光がゆらりと揺れ、控えめに光る精霊がニトの前に姿を現す。


「……初めて見たな。精霊って、喋れるのかよ」

「あー、まあ、リラは喋れるな」

『失礼な言い方だねー』


 軽口を叩くリラを見て、ニトはしばらく黙り込んだ。


「なるほどな」


 しかし拍子抜けするくらい、反応が薄い。

 精霊が出てきて、喋って、俺と契約していると説明したというのに、「なるほどな」で終わってしまうあたり、さすがというか何というかだ。


「んだよ?」


 俺が呆れたような目で見ていることがわかったのだろう。ニトが鋭い目つきで睨んできた。


「いや、もっと驚かれるかと思ったんだけど?」

「驚いただろうが」

「まあ、そうなんだけどさ」


 俺がどうしたものかと考えていると、空気を読まない存在が、我慢できなくなったらしい。


『お前、もっと驚けよー!』


 ぽん! と、火花が弾けるようにして、ニトの目の前に赤い光が現れた。


「うおっ!? なんだ!?」


 ニトが一歩引き、身構える。

 ニトの目の前には赤髪の少年の姿をした精霊――カエリが、腕を組んで胸を張っていた。


『どうだ! ちゃんと驚いたか!』

「……お前も、精霊か?」

『おう! 火の精霊、カエリ様だ!』

「今度は火の精霊かよ……?」


 ニトの目が、今度こそ大きく見開かれる。

 その反応を見て、カエリは満足そうにうんうんと頷いた。


『ほら見ろ、こうじゃないと』

「いや……そりゃ驚くわ……」


 俺は思わず苦笑する。

 なんというかリラはやっぱり、演出が足りなかったらしい。ノリも軽かったのかもしれない。








『なあなあ、主』


 カエリが、にやりと笑って俺を見る。


『こいつさ、火の魔法の適性、あるって言ったの覚えてるか?』

「……ああ、覚えてるけど」

「は?」


 俺とカエリの会話に、ニトの素っ頓狂な声が割り込んだ。

 完全に話についていけていない顔だ。


 カエリはその反応を待ってましたと言わんばかりに、にんまりと笑うと、ずいっとニトの目の前まで迫った。


『ほらほら、本人は自覚なしってか?』


「ちょ、近えぞ!? なんだよ急に!」


 ニトは一歩、また一歩と後ずさる。

 柄の悪さが売りのはずのニトが、精霊相手に押され気味なのが、正直ちょっと面白い。


『いいからさぁ』


 カエリはひゅんひゅんとニトの周囲を飛び回り、落ち着きなく視界に入り込む。


『ほら、お前、指出せよ』

「ちょ、ちょっと待て! 俺、魔法とか聞いてねえし!」

『いいからいいから、減るもんじゃないし!』

「減らねえのか!?」


 半ば強引に指を出させられ、ニトの指先が前に突き出される。

 カエリが軽く、その指に触れた。


「……あれ?」


 ニトが首を傾げる。


「熱くねえな」

『そりゃそうだろ。まだ出してねえんだから』

「……は?」

『力、抜けよー。ガチガチだと魔力流れねえぞー。怖がると余計出ない』

「こ、怖がってねえし……!」


 そう言いながら、ニトはどう見ても緊張している。

 肩が上がり、指先が微妙に震えていた。


「……こうか?」


 半信半疑のまま、ニトが息を吐く。


 その瞬間――。


 ぱちっ。


 小さな、ロウソクの火ほどの炎が、ニトの指先にぽっと灯った。


「……は?」


 ニトの声が、間抜けなくらい静まり返る。


「……マジかよ」


 火はすぐに消えた。

 だが、見間違いではない。確かに、そこにあった。


「今の……俺が……?」


 ニトは自分の指を、何度も、何度も見つめる。


「魔法……?」

「おおー。実際、使えてるじゃないか」


 俺が言うと、ニトはゆっくりと顔を上げた。


「……そうだけどよ」

『そうだぞ!』


 カエリが胸を張る。


『僕が流れを作ってやったけど、出した魔力はお前のだ! 胸張れ!』


 ニトは一瞬ぽかんとした後、乾いた笑いを漏らした。


「……はは。笑えねえ」


 でも、その笑顔はどこか嬉しそうだった。


『なあ、主』


 カエリの声が、少しだけ真面目になる。


『少しの間、こいつについてやっててもいいか?』

「ん? なんでだ?」

『こいつ、結構強くなりそうだしさ』


 ちらりとニトを見る。


『主といるのも楽しいけど、最近は学校とかで、あんまり喋れないだろ?』

「……まあ、確かに」


 俺が学生として動いている間、精霊たちは待ち時間が多い。

 カエリが退屈していたのも、納得だ。


「俺はいいけど……ニトはどうなんだ?」


 そう振ると、ニトは頭を掻いた。


「精霊が、俺に……?」


 しばらく考え込んでから、肩をすくめる。


「正直、よくわからねえけどよ」


 そして、少し照れたように続けた。


「俺のやること邪魔しねえなら、別にいい」

『よっしゃ! 決まりだな!』


 カエリが大喜びで宙を一回転する。


 こうして、カエリはニトと行動を共にすることになった。

 契約はあくまで俺のまま、期間限定のお供――そんな感じらしい。まあ、クェルのときと同じ感じだ。


 ――と、そのとき。


 頭の中に、次々と声が響いた。


『あら、カエリだけずるいですわ』


 アイレの落ち着いた声。


『私も暇ですー』


 間延びした声はシュネ。


『ん。楽しそう』


 短い言葉はポッコだ。


「……いや、待て待て」


 俺は額を押さえる。

 一気に頭が痛くなってきた。


 ニト一人に精霊四人は、さすがに過剰戦力だ。


『でしたら』


 アイレが優雅に言う。


『あのギャングと揉めているのでしょう?』

『ですですー。私たちが、それぞれ主のご友人につけばいいんですー』

『ん。守る。それで倒す』


 最後の一言が物騒すぎる。


「倒すのは最終手段な……」


 とはいえ、言いたいことは分かる。

 ギャング相手に守りが厚いのは、正直ありがたい。


「……話はわかった」


 俺は息を吐いた。


「じゃあ、希望を聞こうか」


 結果は、意外なほどすんなり決まった。


 アイレはヘルヴィウス。

 シュネはミルカ。

 ポッコはトルト。


 理由を聞けば、どれも納得できる。

 トルトには土、ミルカには水、ヘルヴィウスには風の素養。


 どれも芽の段階だが、確かに可能性はある。


 ちなみに、ティマにはすでにエステレルがいる。


「……今度、ちゃんとみんなには話しておくか」


 精霊のことも、ギャングのことも。


 その日の締めは、ニトと鼠の魔獣退治だったが――。


「……俺、やることなかったな」


 俺が苦笑するほど、あっさり終わった。


 ニトとカエリの相性が、想像以上によかったのだ。


『どうだ主!』


 カエリが得意げに胸を張る。


「……うん、任せて正解だった」


 そう答えながら、俺は少しだけ先のことを考えていた。


 この調子なら――。

 ギャング相手でも、なんとかなるかもしれない。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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