第二百六十二話「新たな冒険者仲間の誕生」
大変長らくお待たせいたしました……。
「わ、わ、わわわわ……!?」
青空に、悲鳴が吸い込まれていく。
耳をつんざく風切り音の向こうで、完全に裏返った声を張り上げているのは――トルトだ。
「おーい、落ちるなよー」
前を飛ぶレガスの背中から、俺はわざと気楽な声を投げる。
もちろん、落ちたら洒落にならない。
でも、こういうときは下手に深刻ぶるより、軽口のほうが効く。
「そ、そんなこと言われても、怖いもんは怖いだよ……!?」
トルトは巨大な体を縮こまらせ、必死に飛竜の鞍にしがみついている。
あの熊みたいな体格で、今にも泣き出しそうな声を出すものだから、妙なギャップがあった。
「暴れると危ないわよ。落ち着いたほうがいいわ」
そう言っているのは、トルトの後ろに乗るミルカだ。
風で髪をなびかせながらも、眼鏡の奥の目は冷静そのもの。
手綱を支えつつ、トルトの背中にしっかり体を寄せている。
「そ、そうだか!?」
「落ち着きなさいって」
即座に返される冷静なツッコミ。
トルトは「う、うう……」と唸りながら、少しだけ動きを止めた。
『ん。落ちても大丈夫』
どこか能天気な声が、頭の中に響く。
ポッコだ。
フォローになっているのか、余計に怖がらせているのかは微妙なところだが。
「風を感じればいいんだよ、トルト」
穏やかな声でそう言うのは、ヘルヴィウス。
くせっ毛を風に揺らしながら、楽しそうに空を見渡している。
貴族育ちということもあるのだろうが、肝が据わっているというか、度胸がある。
「ほら、地上よりずっと遠くまで見える。綺麗だろ?」
「……み、見る余裕、ねえだよ……」
トルトはそう言いながらも、ちらりと下を覗き――。
そして、即座に視線を逸らした。
「おいおい、図体がでけえくせに情けねえやつだな。男ならどしっと構えやがれ」
少し後方から、ニトの声が飛んでくる。
言葉だけ聞けば辛辣だが、その声には明らかな笑いが混じっていた。
「に、ニト……お、おめえ、余裕だからって……!」
「はは、悪ぃ悪ぃ。でもよ、慣れちまえば最高だぞ? この景色」
ニト自身も、飛竜の背で片手を広げ、風を受けている。
「……ティマは大丈夫か?」
俺は、背中越しに声をかける。
「……うん。ケイスケと、一緒だから……」
そう答えて、ティマは俺の腰に回した手に、少しだけ力を込めた。
背中に伝わるぬくもりは、心地よくて、少しだけ責任の重さも感じさせる。
「無理そうだったら言えよ。すぐ降ろす」
「……大丈夫」
短いけれど、はっきりした返事。
ティマなりの覚悟なのだろう。
今、俺たちは地上を離れ、空の上を進んでいる。
先頭を飛ぶのは、もちろんレガス。
その後ろに、もう三頭の飛竜が隊列を組む。
レガスには俺とティマ。
別の一頭にトルトとミルカ。
そして、ニトとヘルヴィウスは、それぞれ一人で一頭ずつ。
合計四頭の飛竜による、即席の空中隊列だ。
下を見れば、森や街道が豆粒みたいに流れていく。
雲は目線の高さにあり、空気は澄み切っている。
強い風が吹き付けるたび、レガスの鱗が陽光を反射してきらりと光った。
俺は仲間たちの様子を改めて見渡した。
怖がるトルト。
冷静に支えるミルカ。
空を楽しむヘルヴィウス。
余裕を見せるニト。
そして、背中に寄り添うティマ。
それぞれ違って、でも確かに、同じ空を飛んでいる。
この光景を、俺はたぶん、忘れない。
レガスが一声、低く鳴いた。
進路は安定し、飛行は順調だった。
先日、俺はみんなに精霊のことを話した。
……正直、もっと騒ぎになると思っていた。
リラの存在を打ち明けたときみたいに、「は?」「マジか」「何言ってんだこいつ」みたいな反応が返ってくるものだと。
ところが、だ。
「……いい加減にしなさい」
そう言って、眼鏡越しに冷ややかな視線を向けてきたのはミルカだった。
完全に呆れ顔だ。
「また変な冗談ですか? 今度は精霊が増えた、なんて」
「いや、冗談じゃないんだけど」
即答すると、ミルカは深くため息をついた。
「……もう、何が出てきても驚きませんよ。今さらです」
「……それはそれでどうなんだ」
一方で、ティマは違った。
俺の話を聞いた瞬間、ぱっと表情を明るくして、目を輝かせていた。
「……精霊、いっぱい……?」
「ああ。リラ以外にもな」
その反応に、少しだけ救われる。
それから俺は、精霊たちを紹介して、それぞれ誰につくことになったのかを説明した。
アイレ、シュネ、ポッコ――それぞれの名前と役割を。
「……どうして、そこまで?」
ぽつりと、ミルカが問いかけてくる。
俺は一度、言葉を選んでから答えた。
「ギャングたちから、みんなを守るためだ」
その瞬間だった。
場の空気が、一気に凍りついた。
「……え?」
ミルカの顔色が、目に見えて悪くなる。
それは恐怖というより、現実を知っている人間の反応だった。
「……まさか、デロンド組……?」
「その、まさかだ。あれからまだ探されてるらしい」
ミルカは唇を噛みしめ、ぎゅっと拳を握った。
王都育ちの彼女だからこそ、その名がどれだけ危険かを理解している様子。
そんな組織からターゲットにされていると聞いて、心穏やかになどできないだろう。
トルトも、ゴクリと喉を鳴らす。
「……あの、悪そうなやつら、だべ?」
「ああ」
ヘルヴィウスは、俯いたまま黙り込んでいた。
小さな肩が、わずかに震えている。
「……僕の、せい、ですよね」
か細い声。
「僕が、壁外街に行きたいだなんて言ったから……」
「違う」
「でも……」
確かに危機感は足りてなかった。その反省は大いにある。
しかし。
「俺も何も考えてなかった。狙われたのは確かにお前だ。でも、悪いのは狙う側だ」
俺はヘルヴィウスに言葉を向けた。そう言うと、ヘルヴィウスはゆっくり顔を上げた。
その目には、強い責任感が宿っていた。
「……それでも」
「しばらくの間、壁外街には近づかない。いいな?」
我ながら有無を言わせない口調だったと思う。
ミルカ、トルト、ティマ、ヘルヴィウス。全員が、黙って頷いた。
それを確認してから、俺は本題を切り出す。
「……で、だ。冒険者活動は予定通り行う。今度の休みにはみんなで登録に行こう」
「それはいいですけど……」
「でも、王都の外に行くには、壁外街を通らなくちゃいけないだよ?」
「対策は考えてあるさ」
俺は実演として、リラの光学迷彩の魔法を見せる。
そこにいるのに見えない。実体はあるのに姿を完璧に消すことのできる、光の精霊の魔法だ。
それを見た反応は様々だったが、精霊の力があれば大丈夫だという結論になったようだ。
しかし、毎回毎回これを使うわけにもいかない。
「そこで、精霊の話だ」
「まだ続くんですか……」
ミルカがぼそっと呟く。
「逃げ続けるだけじゃダメだ。みんな、強くなろう」
その言葉に、トルトが顔を上げた。
「強くなる、だか?」
「ああ、ギャングなんて目じゃないくらいに」
「隠れる必要がないくらいに、だか?」
「ああ」
俺は特にヘルヴィウスに目を向ける。
勿論、相手は組織だ。個々の力をつけても様々な問題が出るだろう。
だけど、せめて自分の力だけで逃げられるくらいには力をつける必要があるだろう。
そう説明すると、皆はまだ戸惑いながらも頷いた。
「そこで、だ。強くなるためには、まず現状把握だ。みんなの力を知る必要がある」
――ステータス。
それを測る方法は、もう分かっている。
いや、正確には、血を舐めさせる必要はないと分かった。
きっかけは、先日スマホを眺めていたときだった。
ふと、ステータス画面に目をやると――そこに、ティマの名前が表示されていた。
「……マジか」と、思わず呟いた。
ティマには、俺の血を舐めさせていない。なのに、パスが繋がっている。
心当たりを探して、一つ思い浮かんだ。
それは、魔力の譲渡。
俺はこれまで、ティマに定期的に魔力を分け与えてきた。
魔力を失って辛そうなときにやっていた行為だ。……最近はティマのほうから強請ってくるくるが。
『ケイスケの血は魔力がたーくさん含まれてるからねー。っていうか、魔力そのもの?』
リラは、軽い調子でそう言った。
それを聞いて俺は、なるほど、理屈はよく分からないが、と納得はできた。
命の精霊が宿っているなら、きっと血にも魔力が多く含まれているということなのだろう。
つまり――魔力を譲渡すれば、血を介さずともパスは繋がる。
わざわざ舐めさせる必要は、ない。
「……というわけで」
俺は一人ずつ、魔力譲渡を行った。
ただ魔力を譲渡するのではなく、パスを繋げることを強く意識して。
まず、ミルカ。
「え、え、ちょっと待ってください!?」
「触れるだけだ」
そう言って手を取ると、ミルカは一瞬で顔を真っ赤にして、ぷいっと顔を背けた。
「……見ないでください……」
「いや、俺が何かするわけじゃ――」
次、トルト。
「お、おら……なんか、変な感じだべ……」
「落ち着け」
大男が、もじもじと体を揺らして悶えている光景は、なかなかにシュールだった。
ヘルヴィウスはというと――。
「……っ」
顔を赤くして、潤んだ目でこちらを見上げてくる。
「……ケイスケ、さん……」
「……やめろ、その目は」
変な空気になるのを無理矢理終わらす。
魔力の譲渡を行うと、皆変な感じになるのはなんなんだ……。
色々とあったが、こうして全員とのパスは繋がった。
念話も試したが、問題なく全員と話すことができた。
皆盛大に驚いていたが、俺に対してはもう突っ込むこともやめてしまったらしい。
ミルカの非難がましい視線を受けて、俺は少し寂しい気持ちになった。
『これだけ色々と起きていれば、仕方ないかもねー』
リラよ、それは慰めなのか、突っ込みなのか、どっちなんだ……?
ともあれこれで、みんなの力を把握できる。
そして、魔法適性も、必要なら自動で引き上げられる。
皆が強くなれば、きっと俺が目立たなくもなるだろう。
そして神学校が休みの日。
俺たちは、示し合わせたように冒険者ギルドへと集まった。
休日のギルドは人が多い。
武器の音、酒の匂い、怒号と笑い声が入り混じる、いつも通りの騒がしさだ。
「……なんか、思ったより人多いな」
「そ、そうだべ……」
トルトが周囲を見回して、少し肩をすくめる。
でかい図体のくせに、こういう場所では妙に小動物みたいになるのがこいつだ。
受付に並び、順番に登録を進めていく。
トップバッターは、トルト。
「な、名前は……トルト、だべ」
紙を前にして、若干声が裏返る。
受付嬢は一瞬ぽかんとしたあと、トルトの全身を上から下まで眺めた。
「……えーっと、年齢は?」
「じゅ、十三だべ」
「……」
視線が止まる。
どう考えても年上に見える体格だ。
「問題、ありませんね……」
そう言いつつ、どこか釈然としない顔で書類を処理していく。
筋力値とか、絶対すごい数字になってるだろうな。
次はミルカ。
「ミルカ・ノーツです」
姿勢よし、声よし、書類完璧。
字も丁寧で、余白の使い方まできれいだ。
「……はい、確認しました」
受付嬢の声も、心なしか柔らかい。
対応の差が露骨すぎないか。
そしてティマ。
「……ティマ、です」
声は小さいが、質問にはきちんと答える。
光魔法の適性についても、淡々と説明して終わり。
「ありがとうございます。問題ありません」
ティマはほっとしたように、小さく息を吐いた。
――そして。
問題児というか、爆弾というか。
「……ヘルヴィウス・ウェルナーリス、です」
名前を告げた瞬間、受付の空気が一段階変わった。
「……年齢は?」
「十一歳です」
即座に、受付嬢の顔が強張る。
「申し訳ありませんが、冒険者登録は原則十五歳以上――」
「承知しています」
ヘルヴィウスは、慌てる様子もなく、落ち着いて言葉を続けた。
「ですが、私は子爵家の子息です。家からは問題ないと、正式に許可を得ています」
ざわっ、と周囲が揺れる。
「……し、子爵……?」
「え、貴族……?」
「マジで……?」
視線が一斉に集まるが、本人は涼しい顔だ。
「保護者の同意は?」
「あります」
ヘルヴィウスは、鞄から書類を取り出す。
「それと、こちらは神学校の教師――ジェベルコーサ先生に保証人をお願いしたものです」
――準備、周到すぎだろ。
俺は思わず額を押さえた。
受付嬢は書類を受け取り、何度も読み返し、上司を呼び、さらに別の職員も呼び……。
待たされること数分。
「……問題ありません。登録を受理します」
ヘルヴィウスは、ようやく小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
全員の登録が無事に終わった、そのとき。
「……お? ケイスケ?」
背後から、聞き慣れた声。
「お前らが、例のやつらか」
振り返ると、そこにはニトがいた。
オールバックの茶髪に、どこか得意げな笑み。
「デロンド組に狙われてるっていう」
「あー、まあ、そうだな。俺も含めてだ」
神学校組は、ニトを見るのが初めてだ。
「……誰ですか?」
「俺はニト。冒険者だ。こいつとはよく一緒に仕事してる」
「ああ、貴方が例の――」
ミルカの理解が早い。
「で、どうする? 初依頼か?」
「ああ」
掲示板の前に集まる。
ティマも、トルトも、依頼書をじっと見ている。
――神学校の授業の成果だ。
ちゃんと字を追えているのが、地味に嬉しい。
「……王都内の掃除依頼とかもあるな」
「それより、獣の退治がいいだろ」
ニトが即答する。
「強くなりてえなら、外での戦闘に慣れといたほうがいい」
「……だな」
というわけで、王都近くの森に出た害獣駆除を選択。
問題は、王都の外に出るまでだ。
「……大丈夫でしょうか」
ミルカが不安そうに言う。
「まあ、壁外街とはいっても広いからな」
ニトが肩をすくめる。
「大通りを使えば問題ねえ。魔法で姿を誤魔化すなら、なおさらだ」
『じゃあ、さっさと私が誤魔化しとくよー』
影の中から、リラの軽い声。
「頼む」
こうして俺たちは、少し足早に壁外街を通り抜けた。
全員、多少なりとも緊張していたが、何事もなく抜けられる。
森へ向かう道すがら、ニトがふと思い出したように言った。
「……そういやよ。俺、銅級に上がった」
「お、マジか!」
「実力ついたからな」
ニヤリと笑うニト。
「俺も、こいつらの面倒見てやってもいいぜ」
「それはありがたい」
「俺の実績にもなるしな」
「……それが狙いか」
「悪いかよ?」
「いや、全然」
こうして、冒険者となったばかりの即席パーティは森へ向かう。
ちなみに依頼はすぐに片付いた。とだけ言っておこうと思う。
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