第二百六十話「その日のニト」
明けましておめでとうございます!
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冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、むっとした人いきれが顔にぶつかった。
「……あいつは、いねえか」
無意識に、俺は中を見回していた。
背が低くて、やけに落ち着いたガキ――ケイスケの姿を探して。
だが、見当たらない。
ケイスケが休みの日は、だいたい一緒に仕事をする。
あいつが神学校だの、買い物だのに行ってる日は――俺は一人だ。
別に不満があるわけじゃねえ。むしろ、そのほうが普通だった。
兄貴たちが死んでから、結局俺はずっと一人でやってきた。
つるむ相手もいない。深く関わる相手も作らない。冒険者としては、そのほうが楽だった。
普段の仕事は運搬の依頼、土木作業、瓦礫の撤去。
派手さはねえが、確実に金になる仕事だ。一人でやると舐められるのも確かだったが、そんなやつは無視するか、殴ってわからせた。
昔、兄貴たちの雑用係だったころは、稼ぎも少なくて、殴られてばっかりだったが、今じゃ、自分の腕でなんとか食えてる。
……それで十分だ。
ケイスケだけが、例外だった。
理由はよくわからねえ。
気づいたら隣にいて、気づいたら一緒に依頼を受けてた。
組もうって話をした覚えもねえのに、いつの間にか当たり前になってた。
……まあ、あいつといると、仕事が楽だったってのもある。
朝もまだ早いってのに、ギルドの中は冒険者でぎゅうぎゅうだった。
今日は安息日。
金持ちだの、貴族だの、学者だのは揃って休む日らしい。
――が、俺みたいな身分の人間には、関係ねえ。
むしろ、あいつらが休むからこそ、街の仕事が増える。
護衛がいなくなる。
管理が甘くなる。
面倒な場所の依頼が、どっと出る。
あいつの姿を探すが、やっぱり見つからない。
「しゃあねえ。なんか探すか」
一人で仕事を探すのは久しぶりだ。
人でごった返す掲示板に近づく。
俺は目がいいから、少し離れてても内容は読めるが、依頼書を剥がすには前に出るしかない。
肘や肩がぶつかるのも気にせず、視線を走らせ――見つけた。
「スラム地区・野犬退治……か」
魔獣じゃない。
ただの野犬。
数は多いが、相手は獣だ。
「……一人でいけるな」
そう判断して、依頼書を剥がした。
スラムに入ると、空気が変わる。
石畳はひび割れ、家々は歪み、路地には生活の臭いが溜まっている。
だが、俺にとっては懐かしい匂いでもあった。
「ニト兄!」
「ほんとに冒険者だ!」
顔役に軽く挨拶を済ませた後、顔見知りのガキどもに囲まれる。
「おう。元気そうじゃねえか」
道中で買った安い菓子を取り出すと、歓声が上がった。
俺は、ここから冒険者になって出ていった。
だから――ガキどもにとっちゃ、身近な目標らしい。
「お前ら犬が出た場所、どのへんだ?」
「川のほう! 外れ!」
教えてもらい、歩き出す。
「俺達も行く!」
「ニトと一緒に戦うぜ!」
「そんで冒険者になるんだ!」
うるせえ。
こんな風に言い出すことは予想できた。
だけど、遊びじゃねえんだ。
「ついてくんなよ」
そう言って追い払ったつもりだったが――。
まさか一人、こっそりついてきてるとは、この時は気づかなかった。
野犬が出たのは、スラムの外れ。
汚い川。
藪と泥。
石ころだらけで、畑にするには最悪の土地。
それでも、住人たちは簡素な畑を作っていた。
それも野犬のせいで少し荒れちまってる。
「……さて」
俺は小さく息を吐き、魔力を巡らせる。
肉体強化魔法。
感覚を研ぎ澄まし、目と耳を強化する。
――これは、ケイスケに教わった技だ。
何も肉体強化魔法は、腕力とか体の頑丈さを強くするためだけに使うもんじゃねえってことに気づかされた。
やろうと思えば空も飛べるんだって言ってたが、それはあいつの冗談だって思ってるけどな。
畑の中を歩き回っていると、ほどなくして気配が集まる。
――いた。
野犬の群れ。
十匹以上。
「お前らに恨みはねえが、大人しくやられとけよ」
こういった普通の獣の討伐は、力押しじゃだめだ。
強すぎると、逃げられる。
だから――わざと勝ち筋を見せる。
怯えさせすぎず、油断させる。
そして、気づいた時には――遅い。
俺は、それが得意だった。
一匹、二匹と確実に仕留めていく。
だが、何匹かが逃げた。
「っ、逃がすかよ!」
瞬間、足に魔力を集中させる。
「――爆足」
強烈な踏み込み。
一瞬で距離を詰め、野犬を仕留める。
「……あいつの技を真似てみたが、結構いけるじゃねえか」
ケイスケは、師匠の銀級冒険者から教わったと言っていた。
それを、俺は教えてもらった。
俺の肉体強化魔法は、気づかないうちに相当進化している。
そこらの銅級冒険者なんざ、相手にならねえレベルで。
だがそんなことを、俺自身はまだ、よく分かっていなかった。
野犬の亡骸を集めながら、神経をとがらせる。
――そのときだった。
耳に、かすかな音が引っかかった。
藪が揺れる音。
短く、掠れた悲鳴。
「……っ!」
反射的に振り返る。
畑の外れ、川に近い藪の陰。
そこに――小さな影。
「が……っ、あ……!」
子供だ。
スラムのガキ。
さっき追い払ったはずの――。
そして、その前に。
――野犬が、二匹。
「チッ……!」
考えるより先に体が動いた。
これでもかと足に力を貯めて、一気に地面を蹴る。
視界が一気に引き伸ばされ、距離が縮む。
一匹目。
頭を殴りつけた。呆気なく骨が砕け、血が舞った。
二匹目。
ナイフを投げ、わき腹に刺さったが、まだ生きていた。
それでもガキに気を取られている。
だが。
「……甘えんな」
踏み込み。
瞬間、間合いに入り、わき腹に突き立っているナイフを思いっきり振りぬく。
野犬の「ギャイン……!」という鳴き声があがり、そのまま動かなくなった。
俺は念のため周りにまだ隠れている野犬がいないか探った。
だが、今ので最後だったのか、野犬が現れることはなかった。
「……ふぅ」
そこまでやって、俺は漸く力を抜く。
「……っ、う、うわあああああああ!」
俺の様子を見て理解したんだろう。助かったと。
ガキが泣き崩れた。
地面にへたり込み、土だらけの顔で、声を張り上げて泣く。
「こわ、こわかった……っ! しぬと、おもっ……!」
肩を震わせ、嗚咽を漏らす。
俺は深く息を吐いた。
……ったく。
「――馬鹿野郎が」
そう言いながら、乱暴に頭を掴んで引き寄せる。
「言ったよな?」
泣きじゃくる顔を、無理やり上げさせる。
「ついてくんなって」
「……っ、ごめ……なさ……」
「ごめんなさいで済むかよ!」
思わず声が荒くなる。
「お前が死んでたらどうすんだ! 誰が責任取るんだよ!」
ガキは、びくっと肩を跳ねさせ、さらに泣いた。
……くそ。
俺は舌打ちして、少しだけ声を落とす。
「……俺が間に合わなかったら、今頃どうなってた」
震える小さな体。
爪が、俺の服を掴んでいる。
「冒険者の仕事はな、遊びじゃねえ」
しゃがみ込み、目線を合わせる。
「化け物も、獣も、人間も――簡単に人を殺す」
「……」
「だから、大人の言うことは聞け」
子供は、涙でぐしゃぐしゃの顔で、こくこくと頷いた。
「……にと、にいちゃん……」
「もう二度とだ」
頭を軽く小突く。
「次、勝手についてきたら、本気で怒るからな」
「……うん……」
ようやく、泣き声が小さくなる。
俺は立ち上がり、辺りを見回す。
野犬の気配は、もうない。
「……帰るぞ」
そう言って、ガキの背中を軽く押した。送り届けて、また説教してやった。
「もうしねえな?」
「……うん。もうしない」
「ならいい」
冒険者に憧れる気持ちはわかる。俺もそうだったからな。俺にとっては兄貴たちがそうだった。
俯くガキに俺は言う。独り言みてえに。
「……もうすぐ俺は銅級にあがる。そうしたら、お前らの面倒も少しは見てやれるかもな」
「それって……!?」
パッと顔をあげるガキは、もう察したのか笑顔を浮かべてやがる。
俺はあえてそっちは見ない。
「それまで無茶すんなよ」
「……うん!」
ぼさぼさでごわごわのガキの頭を乱暴に撫でる。
痛いと言いながらもガキは笑った。
野犬退治の結果を、スラムの顔役に報告する。
「助かったぜ、ニト。最近はガキやじじいが襲われかけてな」
「もう出ねえと思う。群れは潰した」
「さすがだな」
軽く手を振って、その場を後にした。
スラムを抜け、壁外街へ。
そこから、壁の中――王都へ向かう道。
その途中だった。
……妙だ。
空気が、ざわついている。
視線が多い。歩く速度が早い。
殺気立った連中が、あちこちにいる。
「なんだ? やけに騒がしいな……」
そう呟いた瞬間だった。
「おい」
背後から、低い声。
振り返ると、人相の悪い男が一人。
服装も歩き方も、冒険者じゃねえ。
――チンピラだな。
「んだよ?」
俺は、わざとだるそうに返す。
「ここらで、ガキ五人組を見なかったか?」
「……ああ?」
「隠してもいいことねえぞ?」
男の目が、俺を値踏みするように動く。
体格はいいが、動きは鈍そうだ。
「見てねえよ」
「本当か? お前と変わらねえくらいのガキどもだ」
「知らねえって言ってんだろ」
男は、無遠慮に睨みつけてくる。
……が、俺は目を逸らさねえ。
負ける気は、さらさらなかった。
「……ちっ」
男は舌打ちし、少し距離を取る。
「まあいい。見かけたら、デロンド組まで連絡しろ」
――デロンド組。
胸の奥が、少しだけ冷えた。
「男三人、女二人だ。覚えとけ」
「覚えてたらな」
男は吐き捨てるように言って、去っていった。
「……んだよ、ったく」
俺は肩を回し、歩き出す。
――だが、それで終わりじゃなかった。
少し進むと、また別の連中。
さらに進むと、また同じ質問。
合計、三回。
さすがに、嫌でも察しがつく。
「……貴族のぼっちゃんに、光魔法使うガキに、でかいガキ」
女は二人。
白髪と、眼鏡で身ぎれい。
「……なんなんだよ、一体」
頭に浮かぶ顔。
――ケイスケ。
あいつがよく話してた神学校のやつら。
胸の奥が、ざわっとした。
「……チッ」
嫌な予感しかしねえ。
デロンド組が本気で動いてるなら、碌なことにならねえ。
俺は歩く速度を、無意識に早めていた。
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