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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百五十九話「逃亡撃」

本年最後の投稿となります。

誤字報告、感想ありがとうございます!

毎日の更新はできなくなりましたが、ここまでなんとか続けてこれました。来年からも頑張って更新していきたいと思います。


皆さま、良いお年をお迎えください。

 足元の石畳を踏みしめる音が、やけに大きく響いていた。

 周囲には人通りがある。露店も出ていて、雑多な生活音も聞こえる。なのに――胸の奥がざわつく。


 原因ははっきりしていた。


 俺のすぐ後ろを歩くヘルヴィウスが、やけに大人しくなっている。

 さっき体をぶつけられてから、ずっとだ。


「……」


 ちらりと振り返ると、彼は唇を引き結び、視線を落としていた。

 怒っているというより、どう対応すべきか測りかねている顔だ。


 前方から、さっきの三人組とは別の男たちが歩いてくる。

 だが、視線の向け方で分かる。


 ――俺たちじゃない。


 狙っているのは、ヘルヴィウスだけだ。


 すれ違いざま、今度は肩を強く当てられる。


「おっと、悪いなぁ?」


 謝罪の形だけをした声。

 そのまま立ち止まり、男が振り返る。


 通行人たちは、その様子をちらりと見て、すぐに目を逸らした。

 誰も関わろうとしない。


「坊ちゃん、服がずいぶん立派だな」


 男の口元が歪む。


「迷子か? それとも、親のお使いか?」


 嫌な空気が、完全に出来上がった。


「デロンド組って言えば、分かるよな?」


 その名前を出した瞬間、男たちは薄く笑った。

 俺はその名前を聞いたことはない。しかし理解した。


 ギャングだ。


 下町の顔役ってやつだろう。


「ちょっと話があってさ。なあ、お坊ちゃんたち」


 ミルカが小さく息を呑み、ティマは俺の服の裾を掴む。

 トルトは一歩前に出ようとして、俺が手で制した。


 そんな中、一人だけ前に出たのがヘルヴィウスだった。


「……失礼ですが」


 柔らかい声。あどけない顔。

 だが、彼は背筋を伸ばし、はっきりと言った。


「僕は貴族の家の者です。ここで騒ぎを起こすのは、お互いのためにならないと思いますが」


 やんわりと、しかし確実に「自分は後ろ盾がある」と主張する言い方。

 ……よくやった、とは思う。


 だが相手が悪かった。


「は?」


 男の一人が、あからさまに鼻で笑った。


「貴族? ガキが何言ってやがる」

「親の金で生きてる坊ちゃんが、俺たちに説教か?」


 一気に空気が荒れる。

 怒鳴り声が飛び、ヘルヴィウスの肩がびくりと揺れた。

 それを見て男らは調子に乗った。

 見下すような視線、嫌らしいニタニタとした笑み。すべてが不快で、こちらを不安にさせようとするものだった。


「親に金引っ張ってこいよ。そうしたら、今日は見逃してやる」


 完全に舐めてる。

 しかも視線は、再びティマとミルカへ。


「それにしても……いい目だなぁ」

「白いのも、眼鏡のも」


 ――クソ。


 ここで叩きのめすのは簡単だ。見た感じ、体はでかいが鍛えている感じもない。実力があるというわけじゃなさそうだ。

 本気を出せば、文字通り一瞬で終わる。


 でも、その後だ。

 報復。裏社会。何をされるか分からない。


 躊躇した、その瞬間。


 ドン、と衝撃。


 俺とトルトの腹に、拳が叩き込まれた。

 正直、俺にはほとんど痛みはない。でも――。


「きゃっ」


 ティマの腕が引き寄せられ、ミルカも同時に掴まれる。

 躊躇している暇はなかった。


「みんな、目を瞑れ! ――リラ!」


 呼びかけは、ほとんど反射だった。


『りょーかいっ』


 軽い返事。

 だが、その直後――世界が裏返る。


 視界が、爆ぜた。


 白。

 白。

 白。


 昼間の太陽なんて比じゃない。

 視界そのものを殴りつけるような、圧倒的な光量。


「――っ!?」


 誰かの悲鳴が聞こえた。

 男の声か、通行人か、それとも――判別する余裕はない。


 耳鳴り。

 足元が揺れる感覚。


 だが、俺の身体はもう動いていた。


 光に包まれた世界の中で、俺は踏み込む。

 一歩。

 半歩。


 距離が詰まる。


 相手の動揺が、手に取るように分かる。

 腕が上がりきらない。

 視線が定まっていない。


 ――もらった。


 腰を落とし、体重を乗せる。

 拳を畳み、一直線に叩き込む。


 鳩尾。


 鈍く、湿った音。


 空気が肺から強制的に吐き出される感触が、拳越しに伝わってきた。


「ぐっ――!」


 男の身体がくの字に折れる。

 だが、止まらない。


 そのまま体をひねり、次。


 視界の端で、もう一人が何か叫びながら振り向くのが見えた。


 顎。


 骨に当たる、乾いた衝撃。


 頭が跳ね上がり、歯が噛み合う音がした。


 さらに半身をずらし、肘を畳んで――。


 胴体――肋。


 衝撃が、確かな手応えとなって返ってくる。


 男の身体が横に流れ、足元から崩れ落ちた。


 倒れる。


 まるでドミノ倒しのように。

 地面に叩きつけられる音が、立て続けに響く。


 白かった視界が、ようやく輪郭を取り戻し始めていた。

 

 混乱の中心で、俺は息を吐いた。


 ――今だ。


「行くぞ!」


 叫ぶと同時に、俺はティマの手を取って、皆の方へと振り返った。

 俺は叫び、全員で走った。


 背後から、割れるような怒鳴り声が響いた。


「待ちやがれ!」

「ガキども!」


 荒れた声が石畳に反響する。

 だが、俺は振り返らない。振り返る余裕なんてない。


『そこ、右ですわ! 次は左でまっすぐです!』


 アイレの道案内で、道に迷うことはない。


「こっちだ!」


 俺たちは大通りを外れ、露店の裏へ、さらに細い裏路地へと雪崩れ込む。

 洗濯物が頭上を横切り、樽や木箱が無造作に積まれた狭い道。

 腐った水の臭いと、香辛料と油の匂いが混ざり合う、壁外街特有の空気。


 ――速く。


 足音が重なり、息が荒くなる。


 その時だった。


「っ……!」


 ティマが小さく声を上げ、足をもつれさせる。

 転びかけたその身体を、俺は反射的に抱き上げた。


「大丈夫だ、掴まれ!」

「……っ、うん……」


 一方、トルトも状況を理解していたらしく、無言のままヘルヴィウスとミルカをそれぞれ肩に担ぎ上げる。


「す、すまない!」

「全然、軽いだよ! でも乗り心地は保証しねえだ!」


 ヘルヴィウスの声が裏返るが、トルトは熊のような体躯で地面を蹴った。

 背後から、混乱した声が聞こえる。


「ぐわっ!?」

「なんだ今の!?」

「目が、目がぁっ!」


 何かが起きている。

 だが、確かめる余裕はない。


 俺はただ、前だけを見て走った。


 走って、走って。


 壁の内側――区画の境界が見えたとき、ようやく希望が胸に灯る。

 そこを越え、角を二つ曲がったところで、俺とトルトは同時に足を止めた。


「はぁ……っ」


 息を吐く。

 誰も怪我はしていない。

 しばらく耳を澄ませるが、追ってくる足音はなかった。


「……もう、大丈夫だろ」


 自分と皆に言い聞かせるように呟く。


『奴らは完全にこちらを見失いましたわ』

『ちなみに追ってきてたあいつら。目の前につよーい光を当てたりしてあげてたから、追うどころじゃなかったかもー』


 影の中から、リラの楽しそうな声。


 なるほど。

 俺が必死に逃げている間、精霊たちはきっちり仕事をしてくれていたらしい。


『ありがとうな、二人とも』

『お安い御用ですわ』

『もっと派手にやってもよかったんだけどねー。でもさー、面白かったよ? 躓いて転んだり、壁に突っ込んだり、そのままゴミの山に突っ込んでたりしててー』


 ……あまり想像したくない光景だ。


 とはいえ、逃走支援に徹してくれたおかげで、致命的な事態にはなっていないはずだ。

 これ以上、事を荒立てずに済んだのは大きい。


 俺は抱き上げていたティマを、そっと地面に下ろす。


「あ……」

「ティマ、大丈夫か?」

「……うん」


 小さく頷くが、俯いたまま視線は上がらない。


 トルトも、二人を丁寧に下ろしていた。

 その仕草が、彼の人柄をよく表している。


 ……よし。


 張り詰めていた空気が、ようやく緩む。

 街の水路にかけられた橋の欄干に言葉なく座り、気持ちを落ち着かせた。


 沈黙を破ったのは、ミルカだった。


「さっきの光……」


 ミルカが言いかけて、俺を見る。


 そうだよな……明らかに俺が何かをしたってことが丸わかりな状況だった。

 俺は隣にいるティマに小声で言った。


「えっと……ティマの契約してる、光の精霊――エステレルがやったってことにしとけないか?」


 ティマは一瞬考えて、こくりと頷く。


「……それで、いいよ。でも……」


 首を傾げる。


「それで、いいの?」


 その問いに、影から声。


『別にこの子たちなら、話しても大丈夫じゃないー?』


 ……マジか。でも確かに、いつまでも隠しておけることでもない。普通にグライコフ総長とか、知っている人は知っているわけだし……。


 まだ付き合いは短いが、ここにいる皆が信用できる奴らだってのはわかっている。

 俺は少しだけ迷ったあと、俺は観念してリラのことを話した。


 ティマはすでに知っているから無反応。

 トルトは目を丸くし、ミルカは眼鏡を押さえ、ヘルヴィウスは口をぽかんと開ける。


 だが――。


「……やっぱり、という感じね」


 ミルカが冷静に言った。


「魔力量も、詠唱も、普通じゃなかったし」

「うん。納得した」


 ヘルヴィウスまで落ち着いた声。


 ……あれ?


 思ったよりリアクションが薄い。


 驚いてほしかったわけじゃない。

 でも、少しだけ肩を落とす俺。


 その後、自然と反省会になった。


「僕が……軽率でした」


 ヘルヴィウスが深く頭を下げる。


「身なりのいい服で、下町に行くなんて……」

「私もよ」


 ミルカも頷く。

 全員、同じことを考えていた。


「……強くなりたい」


 ヘルヴィウスの声が震え、涙が頬を伝う。


「怖くて、何もできなかった……」


 俺はそっと、彼の肩を叩いた。


「強くなろう」


 そう言ってから、少し笑う。


「でもまずは――もっと粗末な服を用意しないとな」


 その言葉に、皆が小さく笑った。


 夕暮れの街の片隅。

 茜色の空の下で浮かんだその笑顔が、今は何よりも尊いものに思えた


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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