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悠久の放浪者  作者: 神田哲也(鉄骨)
第四章

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第二百五十八話「皆の武器選び」

 王都の商店街は、壁外街とはまるで別の場所のように整っていた。石畳は丁寧に敷き詰められ、建物の高さや色合いも揃えられていて、どこか落ち着いた空気が漂っている。行き交う人々の服装も清潔感があり、声の大きさ一つ取っても控えめだ。

 俺はそんな街並みを歩きながら、無意識のうちに周囲を見回していた。武器屋、魔道具屋、薬草屋、防具屋……用途ごとに看板が分かれていて、初めて来る人間にも分かりやすい。


「王都の商店街って、やっぱり綺麗だな……」


 思わず漏れた俺の呟きに、隣を歩いていたトルトが、感心したように周囲を見渡す。


「すげぇだな……。村じゃ、鍬と種屋くらいしかねぇだよ」

「そりゃそうよ。王都だもの」


 ミルカが当然、といった口調で答える。眼鏡の奥の目は、店の配置や通りの構造を観察しているようで、相変わらず真面目だ。

 そんな中、ティマは少し後ろを歩きながら、きょろきょろと落ち着かない様子で看板を見上げている。人混みが苦手なのか、俺の少し後ろ、影になる位置を選んでいるのが分かった。


「ケイスケは、よく来るだか?」


 トルトの素朴な問いに、俺は首を横に振る。


「いや、俺は結構、壁外街のほうで買い物することが多いかな」


 言った瞬間、ミルカがピタリと足を止めた。


「……なんでそっちで買い物するのよ。治安、良くないでしょう?」

「まあ、そうなんだけどさ」


 俺は苦笑しながら頭を掻く。


「いつも組んでる奴が、そっちのほうがいいって言うから」

「……いつも、組んでる人?」


 ティマが首を傾げ、薄い灰色の瞳で俺を見上げてくる。その仕草に、思わず心臓がきゅっとなる。無自覚なのが、また危ない。


「ああ、言ったことなかったっけ? ニトって言うんだけど」

「初めて聞いただよ」


 トルトが素直に言い、ミルカも頷く。


「そうね、初めてね」

「ケイスケは、一人で活動していたんじゃなかったんだね」


 ヘルヴィウスが少し意外そうに言う。貴族の子息らしい丁寧な物言いだ。


「基本は一人だけどな。たまたま、よく一緒になるってだけだよ」

「……今日は、いいの? ニトさん」


 ティマが遠慮がちに聞いてくる。「さん」付けなのが、なんだか可笑しい。


「別に、俺が休みの日は必ず組んでるってわけじゃないから、大丈夫だと思う」

「そうなの? いつもはどうしているのよ?」


 ミルカの追及は鋭い。


「朝、冒険者ギルドに行くと、自然とニトがいるから、そのまま……って感じかな」


 改めて言葉にすると、本当に曖昧な関係だ。約束したこともないし、固定のパーティというわけでもない。ただ、顔を合わせれば一緒に依頼を受ける。それだけ。


「じゃあ、今日だって待っているんじゃないの?」


 ミルカが怪訝な顔をする。


「うーん、待っているかもしれないし、俺がいないならいないで、依頼見つけてやってるみたいだしなあ」


 実際、俺が学校の日は、ニトは一人で依頼をこなしているらしい。鉄級とはいえ、肉体強化魔法が使えるし、打たれ強い。雑だけど、しぶとい。

 そういえば、ニトには、他に仲間はいないんだろうか。

 俺は歩きながら、ふと考える。

 いつもギルドで見かけるのは一人だし、誰かと連れ立っているところも見たことがない。世話好きで面倒見がいいくせに、自分は一人でいる。少し不思議だ。


 今度、聞いてみるか。


 そんなことを考えながら、俺たちは目的の店を探して、王都の商店街をさらに奥へと進んでいく。


 王都の商店街を歩いて、最初に立ち寄ったのは武器屋だった。


 重厚な木製の扉を押し開けると、外のざわめきが一気に遠のく。中は落ち着いた雰囲気で、静かすぎるほどだ。磨かれた木の床に、壁一面に並べられた剣。どれもきちんと手入れされ、淡く光を反射している。


「……マジか。高そうだな」


 思わず本音が漏れた。

 というか、実際に値札を見なくても分かる。ここは、俺たちみたいな学生が軽い気持ちで買い物する店じゃない。


 店主らしき壮年の男は、こちらをちらりと見ただけで何も言わなかった。ただ、客を見る目は鋭く、それでいて嫌な感じはしない。長年この仕事をしてきた職人、という雰囲気だ。


 トルトは興味津々で、試しに一本の剣を持たせてもらっていた。両手で柄を握り、ゆっくりと構える。


「……軽ぇだな」


 そう言いながらも、表情は微妙だ。剣先を少し動かしてみて、首を傾げる。


「悪かねぇけど……なんか、違うだ」


 俺はその様子を見て、妙に納得した。

 トルトは開拓村育ちだ。扱ってきたのは斧や鍬、槌。道具は「振る」ものじゃなく「叩く」もの。洗練された剣のバランスは、彼の体感とは合わないのだろう。


「やっぱ、重量級の武器のほうが似合いそうだな」

「んだ。こういうのは、ちょっと気取ってるだ」


 トルトらしい感想だ。

 ティマはというと、剣を手に取ろうとして、すぐに小さく首を振った。


「……お、重い……」


 両手で持ち上げるだけで精一杯、といった様子だ。

 確かに、体格的にも厳しい。肉体強化魔法を使えば振れなくもないだろうが、それを常時前提にする装備は現実的じゃない。


 結局、武器屋では「見るだけ」で終わった。

 誰もが、値札を見る前から「手が出ない」と悟っていた。


 でも意外だったのは、ヘルヴィウスもそうだったということ。


「僕自身はお金なんて持っていないよ。裕福なのは家だけだよ」


 ヘルヴィウスはそう言いながら、少し影のある曖昧な笑みを浮かべた。


「貴族にも、色々あるだなあ」

「本当ね。カズグラード様たちなんて、いつも自慢しているのに」

「そうだな、あいつらはいつも、自分の服はどれだけ貴重な素材で高価だとか、すごいものを食べたとか、金持ち自慢ばかりだからな。――俺たちの持ち物がどれだけ素晴らしいのか、お前たちにはわからないだろうがなっ! ってな」

「ふふふ……」


 俺の物マネが少しは似ていたのか、ティマが笑いを零す。


 次に向かったのは、魔法の杖を扱う店だった。

 こちらも落ち着いた雰囲気だが、武器屋とは少し違う。店内は年季が入っていて、棚にはさまざまな形状の杖が所狭しと並んでいる。素材も木だけでなく、金属や骨、よく分からない鉱石のようなものまであった。

 対応してくれたのは、柔らかな物腰の上品なおばさんだった。会話上手で、こちらが子供だけというのにきちんと対応してくれたのはポイントが高い。

 会話の中で俺達が神学校の生徒だということがわかると、彼女は言った。


「あら、皆さん神学校の生徒さんなんですね。でしたら、杖の購入に補助金が使えますよ」

「……補助金?」


 思わず聞き返す。

 話を聞けば、杖の購入金額の半額までを国が負担してくれる制度があるらしい。ただし、あまりに高額なものは上限があるとのことだ。


 サンフラン王国は、自国内に神学校を持つことでアポロ神教との距離が近い。そのため、こうした政策が昔から整えられているのだという。


「中等部で課外実習に参加する際、杖が必要になりますからね。その前段階の制度なんですよ」

「……へぇ」


 正直、そんな制度があるとは知らなかった。


「でも、授業で杖を使ってる人、見たことないわ」


 ミルカが冷静に疑問を口にする。


「ええ。神学校では、まず杖なしで魔法を行使できるように学びますからね」


 自分の体だけで魔法を制御することが、魔力操作の基礎になるらしい。確かに理にかなっている。


「じゃあ、杖を持つ利点って何なんですか?」


 俺がそう聞くと、おばさんは棚から一本の杖を手に取った。

 装飾のない、シンプルな木製の杖。長さは二の腕ほどで、先端に向かって細くなっている。


「こちらは最も基本的な杖です。魔導体を加えてあり、使用者の魔法効果を増幅します。大体、一割ほどですね」

「一割……」


 小さいようで、魔法では決して無視できない差だ。

 さらに、おばさんは続ける。


 魔力消費を抑えるもの。

 魔力を蓄積できるもの。

 特定条件で効果を発揮するもの。


 杖にはさまざまな補助機能があり、性能が尖るほど相性が重要になる。誰でも使えるわけではなくなるのだという。


「ちなみに、一、二、三号杖の汎用品でしたら、中等部に進級すれば支給されるはずですよ」


 一号は魔力消費抑制。

 二号は魔力蓄積。

 三号は魔法効果増幅。


 汎用品というのは、最もランクの低い量産品のものらしい。


 説明を聞きながら、ティマがそっと俺を見上げた。


「……ケイスケは、持っていないの?」

「持ってないよ」


 即答すると、ティマは少しだけ目を伏せた。


「……そう、なんだ」


 その声は小さく、どこか安心したようでもあり、同時に不安そうでもあった。


 そのあとも色々な杖の説明を受けた。長い杖、短い杖、鈍器としても問題なく使えるような重量級の杖。杖なのかと疑う形状のものなどなど。

 その間、ティマはどこか落ち着かない様子だった。

 時折自分の手元を見つめたり、店のショーウィンドウに映る自分の姿をちらりと確認したりしている。


 無理もない。

 神学校では、まず杖なしで魔法を使えるようになることを重視している。そこには明確な意味がある。自分の体と魔力をきちんと理解し、制御できなければ、杖に頼った魔法はただの借り物になるからだ。


 それでも――。


「……あの」


 ティマが、意を決したように声をかけてきた。


「杖は……持ったほうが、いい……のかな?」


 その問いかけは、俺に向けられているようでいて、実は自分自身への確認のようにも聞こえた。

 俺は一瞬考え、正直に答えることにした。


「うーん……判断が難しいな」


 そして、さっき説明してくれた店員のおばさんの言葉を思い出しながら、改めて尋ねる。


 結果として返ってきた答えは、やはり同じだった。

 汎用の杖であれば、魔法の感覚が劇的に変わるほどではない。むしろ今の段階では、杖に頼らない訓練を優先したほうがいいのではないかということ。


「ですから、焦って購入する必要はありませんよ。ただ、どうしてもというのであれば――」


 そう言って棚から出して見せてくれたのは、見かけはナイフにしか見えないもの。

 木の柄に、刃渡り十センチほどの両刃のナイフ。


「これも杖なのですが、ナイフとしても使えるものです。冒険者活動をするのであれば、刃物は必要になるでしょう? 杖の効果としては汎用品とそう変わらないものしかありませんが」


 なるほど、確かにこの杖ならば、いざというときは護身用にもなる。


「へー……、いいですね」

「こういった武器と杖が一体となっているものも多くありますよ。男性は皆こういったものが好きですからね」


 なるほど、確かにこれは男心をくすぐられる逸品だ。

 手に取っていいかを確認してから、俺はそのナイフのような杖に手を伸ばす。


「これ、いいな」


 刃物としての作りもちゃんとしている気がする。杖としての効果は微妙なのだというが、入門としてはそれくらいで十分だろう。


「ティマ、一旦こういう杖を持つってのはどうだ? ちなみにこれも購入する際は補助金が出るんですか?」

「ええ、勿論」


 にっこりと笑うおばさん。

 ちなみに補助金が使える杖店は限られているらしい。壁外街の店なんかじゃまず無理だろうとのこと。


 ティマは熱心にその杖を手に取って確認する。


「……私には、わからない、けど。ケイスケがいいって言うのなら……」

「今すぐに決める必要はないだろうから、第一候補ってことで考えとこう」

「……うん」


 ひとまず保留ということになった。まあ現状必要のないものだしな。

 お値段も補助金が出るからと言って、けして安いものじゃない。


 おばさんには丁寧に礼を言って、俺たちは店を後にした。


 次は、トルトの武器探しだ。


 剣、槍、斧。

 いくつも店を回り、試しに持たせてもらったが、どれも本人は首を傾げるばかりだった。


「悪くねぇけど……違うだ」


 その一言に尽きる。

 そして何より、どれも高い。実用性と価格がまるで釣り合っていない。


 何軒目かの店を出たところで、俺は正直、半分諦めかけていた。


 ――そんなときだ。


 トルトの足が、不意に止まった。


 視線の先には、小さな農機具店。

 店先に立てかけられていたのは、大きな鉄製の槌だった。


「……これだ」


 低く、確信に満ちた声。


「武器じゃねぇけど、これでいいだ」


 確かに、それは武器ではない。

 だが、トルトの体格と、これまでの生活を考えれば、これ以上しっくりくる“道具”はないだろう。


 店主と話をして、用途を説明すると、あっさり売ってくれた。値段も良心的だ。


 こうして、トルトの武器はこの大きな槌に決定した。


 その後は、弓矢を冷やかし、冒険者用の衣類を見て、ナイフや薬草、ロープなどの雑貨を揃える。


 昼時になり、屋台で軽食を買って路地の端で腰を下ろした。


「……うまい」


 素朴な味だが、歩き回ったあとには染みる。


「他に、行きたいところあるか?」


 そう聞くと、意外な声が上がった。


「壁外街に行ってみたいな」


 言ったのは、ヘルヴィウスだった。


 俺は思わず言葉を詰まらせる。

 貴族の子息を、あそこに連れていくのは――正直、気が引ける。


 だが、他のみんなも興味ありげに頷いた。


 冒険者活動をする以上、壁外街を知らないのは致命的だ。

 スラムは論外としても、壁外街の空気を知らずに現場に出るのは危険すぎる。


 ……覚悟を決めるか。


 そうして、俺たちは壁外街へ向かった。


 壁の内側とはまるで違う。

 雑多で、埃っぽくて、だけど活気に満ちた街。


 ヘルヴィウスは、すべてが物珍しいらしく、きょろきょろと周囲を見回している。


「実はこうやって歩くのも、初めてなんだ」


 その言葉に、俺は苦笑した。

 しばらく歩くうちに、明らかに雰囲気の悪い区域に入ってしまった。

 明らかに周囲の空気が違う。

 俺達を観察するような、嫌な視線。


『ケイスケ、ここ、良くないよー』

『ああ、早く離れた方が良さそうだ』


 リラの声に同意する。すぐに皆に声を掛けるようとした。しかし、その判断は遅すぎた。


 前方から歩いてくる人相の悪い三人の男たち。

 奴らはニヤリと笑みを浮かべて近寄ってきて、俺の右後ろを歩くヘルヴィウスに体をぶつけた。


「おい、気をつけろよ坊ちゃん」


 ニヤついた笑み。


 身なりのいいヘルヴィウスを見て、狙いを定めたのは明らかだった。


 ――嫌な予感が、確信に変わる。


 事件は、もう始まっていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

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