侍の心得其六十 定まった方向性
昨日出したかったのですが、遅れてしまい申し訳ありません。
どうぞ、お納めください(土下座
「まことで......」
「ちょっと! いきなり何を言っているの!? クローデ!」
某が、クローデに真偽を問い正そうとしたところで、エミィが、声を荒げた。クローデの唐突な発言はどうやら、エミィと事前に打ち合わせたものではなかったらしい。
「ははは、まあ、いいじゃないか。それともなんだ? エミィはこんな小さな子が一人で外へ行こうとしているのに見捨てるのかい?」
「......ええ。製材所が無くなったら別の職場を探せばいいだけじゃない。製材所に拘らずともどこでだってそれなりにやっていけるはず。なのにわざわざ命を懸けてまで外へ......しかもそれ以上に危険な遠征についていく必要があるかしら?」
道理である。だが、それでも、エミィの意見は某を落胆させるに等しいものであった。デビルバンデルボーンフィッシュも、グリフィンハーブモドキも、遠征も......一度慣れてしまえばやってやれないことはないであろう。だが、某一人では時間がかかりすぎるのだ。いくら特効薬が出来たってその時病人が居なければ無用の長物と化す。
それを考えればここでエミィを説得するのは必須と言って良かった。
「そこを何とか頼めぬでござるか? エミィ」
某は子供の愛らしさを存分に活かした目でエミィを見つめてみる。
「駄目なものは駄目よ。今更、そんな目をしても女性も糞尿の雨の中へ行かせるような鬼畜な子って分かっているからむしろ殺意が湧くわ」
「そうは言っても、アレのおかげで、エミィとて見違えるほど動きが良くなったでござろう! マイナスばかりでは無かったはずである」
どうやら、エミィは糞尿修行のことを未だに根に持っていたらしい。某とて、他に良い方法があれば......例えば、普段の倍の負荷で生活できるとか、年を取ることなく長時間の修行が可能になるとか、そういう類のことが可能なら、何が悲しくて糞尿を浴びる必要があったであろうか。
「それとこれとは話が別」
他に選択肢が無かったとはいえ、糞尿修行をやらせたのは紛れもなく某であり、これ以上エミィに何か言っても某では説得出来ぬと感じた。感じたのならば別の方面から行くしかない。
「クローデ、某ではエミィを説得出来そうにないでござる」
「そっか。仕方ない、あれを使うしかないか」
そう言うとクローデは懐から明らかに上等と分かる、真白の小さな布袋を取り出した。その瞬間、エミィの表情は明らかに変わった。
「嘘......それを、どこで?」
クローデはエミィの顔を見て勝ち誇るように笑った。一体この男はいくつ引き出しを持っているんだと思わずにはいられない。
「アドリューンを手伝うって言ってくれたらエミィにこの袋の中身をあげてもいいよ。厳密には返すと、そう言った方が正しいのかもしれないけどね」
「......分かったわ。協力する」
「ありがとう、これで、調査について、はかどりそうで何よりだよ」
「調査、でござるか?」
今の話は某のあずかり知らぬことばかりだ。クローデがエミィに見せた袋のことも、それで、エミィが嘘のように態度を変えた理由も。おまけに、最後、クローデが発した調査......一体何を調べるのであろうか。
そう思わずにはいられない。
「ああ、僕は製材所の休日を利用してドルバーデンの植生について調べていてね。一人だとあまり遠出がね......今回は三人だし色々見られるかなって」
「なるほど、そういうことでござったか」
確かに医者の息子であれば、薬の材料である様々な植物や動物についての見聞を広める機会は逃せないであろう。究極を言えば人でさえ薬になるのだ。それだけに、ネットが気軽に使えない、蔵書すらまともに無いと思われるこの異世界。薬物治療が基本であるが故に、医者の腕は勿論、経験も大事だが、それ以上にどれだけ、薬を調合する為の素材や薬効を知っているかも鍵になる。
某はクローデの事情に納得しつつ、純粋に戦力が増えたことに安堵する。無論、三人という人数は外の世界を遠征するには少ない。だが、クローデも、エミィも、糞尿修行をする前から、純粋な剣術のみで某と互角に打ち合える程の実力者であり、製材所の職人や見習いの中で見ても、ベルノさんと親方を除けば間違いなく一位・二位を独占出来る程の実力者なのだ。
おまけに、冒険者カードを持っているということは外の世界を知っているということでもある。こう言っては悪いが外を見たことが無いシーカスを連れて行くよりも余程頼りになると言えるであろう。
「ところで、クローデとエミィは冒険者レベルはどのくらいでござるか?」
ふと、気になったので聞いてみる。ちなみに某は現在二十だ。一回目の狩りでこそ十二に到達していたのだが、その後は噂の周知の問題もあったが、やはり某自身がトラウマを解決できていないこともあって、ベルノさんと月一ほどの頻度で狩りに行っていたが、ここ三ヶ月で三回、情けないことにそれで八しか上げられていない。
「うーん。僕は百二十くらいかな。基本的に植生調査が目的だから、アニマルを自分から狩ることがほとんど無いからね。精々運悪く遭遇したイーターを狩るくらいかな。そんなわけで、エミィの方が......ヤッパリナンデモナイデス」
クローデがペラペラ話そうとするのをエミィは視線で制した。あと少しでエミィのレベルについても聞けそうだったのだがと思うと少し残念ではあったが、クローデよりもエミィの方がレベル的には上らしい。
本当はエミィの冒険者としての実力がいかほどのものかまで聞いておきたかったのだが、本人が拒否しているのだ。これ以上聞くのは流石に愚というものであろう。少なくとも某はこの三ヶ月ほどの修業期間でクローデやエミィの実力をある程度は把握している。これが初対面なら無理してでも聞きださねばならなかった。だが、そうではない。故に百二十以上、とだけ分かっていればそれでいいのだ。
「冒険者レベルについては分かったでござる。少し急ではあるでござるが、明日出発で構わぬでござるか?」
「ああ、僕は問題ないよ」
「私も大丈夫よ」
「助かるでござる。ただ、一つ聞いておきたいのだが、クローデ、素材はどちらから先に集めるべきであろうか?」
「それは、勿論、グリフィンハーブモドキからだね。というのも、数十匹仕留めなきゃ必要数集まらないデビルバンデルボーンフィッシュと違ってグリフィンハーブモドキは一匹狩れば事足りるからね。それに、グリフィンハーブモドキの方が保存しやすいという意味もある」
「なるほど。ではまずはグリフィンハーブモドキからでござるな。では、明日は朝一で西門集合でよろしく頼むでござる」
某は明日の詳細について軽く打ち合わせした後、クローデとエミィに別れを告げて、足早にエミィの家を出る。日は既に傾き始め、少しずつ空の色が変わり始めていた。
「さて、次はベルノさんの家でござるな」
某はこの後、親方の家にも行く必要があった故に少々周囲の視線が気になりはしたが、一気に平民街を駆け抜けた。
――――
「そうですか。そんな風になりましたか。これは、何としても特効薬が出来るまでは頑張らないといけませんね」
某が家に着いた時はなんとか扉を開けてくれたが、前回来たときよりかは明らかにベルノさんの口調に生気が無くなりつつあった。まだ、【死病・斑】特有の模様は出ていないが、長引く風邪はやはり精神すら蝕むものであるのだろう。
とはいえ、前回の何が原因かも分からない謎の病気が蔓延しているという報告をした時よりは幾分か希望の見える報告だったこともあり、ベルノさんから若干ではあるが安堵の雰囲気が感じ取れた。
その後、某はベルノさんからデビルバンデルボーンフィッシュとグリフィンハーブモドキについて話を聞いた。
ベルノさん曰く、デビルバンデルボーンフィッシュとの交戦の経験は無いが、亜種であるバンデルボーンフィッシュとの戦闘の経験はあるそうで、強靭な顎と歯によるかみ砕く攻撃、全身の肉が皆無の為、骨格がむき出しになっており、捨て身で攻撃してくると、骨が鎧を貫通して思わぬ重症を負うこともあるとのこと。とはいえ、それは湖の中から飛び出した時のみ注意が必要なことであり、陸に上げた後、湖に帰さず、かといって相手が地面を跳ねる射程を見極めた上で陸で戦えば楽に仕留められるらしい。
グリフィンハーブモドキは、普通は駆除対象でしかないので、グリフィンハーブモドキの攻撃が届かないほど遠くから火矢で燃やしきって倒すのが一般的らしい。が、今回必要なのは根であり、直接戦うしかなさそうだ。火矢で燃やして根を駄目にしてしまっては本末転倒である故に。こういう時に親方の覚醒者の力があれば――。
いや、貴族に知られている親方が能力を使うのは無理であるな......
「ベルノさん助かったでござる」
「それは何よりです。とはいえ、素材として必要な二種とまともな交戦経験がなく申し訳ありません。まさか、可食部がほとんど無く、人を食うだけの何の旨味も無いイーターが特効薬の材料になるとは思ってもいなかったもので」
確かに、そうであるならば、ベルノさんほどのベテランであっても戦闘経験が無くて当然であろう。二種共にこの異世界基準で考えれば実入りが無さ過ぎる。デビルバンデルボーンフィッシュ、どんな形状をしているかは分からないが、黒色の魚の化石が襲ってくると考えてよいであろう。グリフィンハーブモドキにしても、ハーブと言いながら実態は恐らく、木が主体であることは間違いない。木であればまだ、建材として使えるのかもしれないが、それにしたって、命を賭けるにはあまりにも割に合わない。
普通なら、交戦するだけで武器の損耗や怪我、最悪命を落とす割に実入りが無いとなれば遭遇戦にでもならない限り戦わずに済むよう、避けるのが普通であろう。
「気にしないで欲しいでござる。例え亜種であれ、直接的な戦闘経験が無いのであれ、見た目や相手の戦闘手段が知れたのはありがたいことでござる。クローデは薬の素材として生息地や簡単な特徴は知ってはいても、どんな動きをするのかは教えてくれなかった故に」
そう某が言うとベルノさんは微笑みながら、病床にあるベルノさんから頭を撫でられた。最近少し大きくなった気はするが、椅子に座っている状態ならば寝転んだままでも某の頭に手が届くらしい。
「アドリューンに全てを任せなければならないのは大変心苦しい限りですが、任せましたよ。製材所の命運はアドリューンが薬を完成させられるかに掛かっています」
――む、ベルノさん、ここでプレッシャーをかけてくるでござるか!?――
某の顔がこわばったのを察したのであろう。ベルノさんは微笑ましげに笑った。
「何、あなたのこの小さな体に全てかかっているのは聡明なアドリューンなら分かっているでしょう。何を今更ということです。ただ、不安を和らげる為に出発前に一つアドバイスをしておきましょうか」
――む? ベルノさんからのアドバイスでござるか! これは一言一句漏らさずに聞くしかあるまい――
「アドリューン、今回は木刀だけ持って狩りに行ってください。幸い、このドルバーデン近隣には火を使う生物は人間以外いませんからね」
「へ? 木刀だけ、でござるか?」
「ええ。噂の為の演技をして貰ったとはいえ、まだ、アドリューンは斬れないでしょう? なら、斬るという選択肢を捨ててしまえばいいのです。今のあなたなら大丈夫です。無理に斬ろうとして失敗する方が遠征では致命傷になりますからね。クローデとエミィに関しては良い誤算でした。二人ともかなり腕が立ちますからね。斬るという行為が必要な敵は二人に倒してもらえばいいのです」
その瞬間、某を覆っていた不安がひとつ綺麗に消えた気がした。
「某、斬らなくても、良いのでござるか――」
少々、先のお話に影響が出ますので、修正についてのお知らせ。前話、心得五十九後半部分の、デビルバンデルボーンフィッシュの髄液に関する情報、並びに、アドリューンの思考について大幅に加筆修正しました。
具体的には、「デビルバンデルボーンフィッシュの髄液が必要」→「デビルバンデルボーンフィッシュの髄液は一匹から少量しか取れない為、三十匹は必要」と修正しました。それに伴ってアドリューンの思考と、その後の展開について加筆しました。
クローデの過去話に登場した「二百年前、特効薬が人数分用意出来なかった」の補足として、『デビルバンデルボーンフィッシュの髄液が人数分取れなかった』という風にしたかったためです。
この部分を見直すために大幅に投稿が遅れてしまったこと、お詫び申し上げます。




