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侍の心得其五十九 問われる覚悟

 ソリューが某達の輪の中に入ったことで、今まで詰まっていた話がスルスルと進むようになった。ただ、製材所の内情を含む話故に、某とシーカスはほぼ空気と化していた。


 というのも某は、単純に製材所で働いていた時間が短く、普段もほとんどが貧民街で修行しているか、先日広めることになった噂の信ぴょう性の向上のためにベルノさんと短期で城壁の外へ行くというように、戦闘指南役ではあるが、製材所の中で働いたことがほぼ無いのだ。シーカスはシーカスで、働いている時間こそ四年ほどと長いが、先日職人になるまではずっと見習いであった故にまだ製材所の事情を詳しく知っているというわけではない。


 そんな事情もあって某とシーカスは時々聞かれたことに対して同意を示すので精一杯だった。


 そうして、某がほとんど話に加わることもなく、ものの二時間ほど、太陽が完全に昇りきるまでに話が付いてしまった。

 製材所が今抱えている片付けられない仕事に関しては、各地の職人のうち手が空いている者を製材所に回してもらうようにソリューが中心となって交渉し、違約金が必要ないように調整する。

 今年の税に関しても、これまでの製材所の実績を見て、足りない分はソリューを中心とした製材所以外の職人や親方連中が無利子、無担保で肩代わりしてくれるという。これで少なくとも、集夏の年である、今年の残り三ヶ月程の間、製材所は安泰となった。


 加えて、この三ヶ月という製材所に残された猶予期間に親方とベルノさんが回復せず、製材所を潰すことになったとしても、今ここで働く者たちの新たな職場もまた確保してくれるという。

 ソリューとの話し合いで出された条件は恐ろしい程の好待遇だった。まさに至れり尽くせりである。


「こんなもんか。他に製材所が抱えている問題はあるか? 流石にアドゴラやベルノの代わりを用意することは出来ないが、そうでないなら、どんな些事でも今のうちに出来るだけ教えてくれ。ただでさえやることが多くて時間が無いんだ。無駄は出来るだけ省いておきたい」


「私からは全て言ったわ」


「俺もだ」


 そこに、某とシーカスも頷いて同意する。それを確認したソリューは一つ息をつくと、今日、一番と言って良いほど真剣な表情になった。痩せている彼の少しこけた顔も相まって少し後ずさりしたくなる、そんな威圧感のある表情だ。


「さて、ここまで色々詰めて来たが、最も重大であり、本当なら何日もかけて慎重に決めるべきことが決まっていない。これによって俺たちの動きはガラッと変わるからな。正直、ここまでの話はこれを決める為のおまけに過ぎないと言っても良い」


 ソリューが静かに、それでいて力強く言い放つ。今、この場にいる者なら皆が分かっていると言っても過言ではないだろう。そう、それは――


「アドリューン、逃げたって誰も責めない。本当ならお前みたいな子供にやらせることじゃないからな。お前の話は色々と聞いている。とんでもない程の修行馬鹿で、戦闘技術だけで見るなら製材所の誰よりも強いことも、それでいて、殺生が出来ないということも。情けない限りだが、一人の職人として、一人のベルノとアドゴラの友人として頼む。あいつらがここで死ぬなんてあんまりじゃないか! 戦闘以外のすべてを俺たち大人が背負う。だから、特効薬を............あいつらを治してやってくれ!」


 ――なるほど。ソリューはベルノさんと親方の過去を知っているのでござるな――


 ソリューの言葉を聞いて、ふと、某は父上と母上を見た。そこには、某の決断の邪魔をしないように、傍目では分からないほどに凛とした表情で某を見据える二人が居た。だが、某には分かる。仮にももうじき転生してから二年が近付こうかという時間を過ごした二人、特に母上は一緒に修行だってしたのだ。


 その分、表情の奥深くに、某を心配する、引き留めたい、行かないで......


 そんな思いがあるのが分かった。それは親として子供に持つ当然な思いであろう。今の某には虚弱だった頃の面影などほとんどない。ないが、某が転生する前のアドリューンは少し体調を崩しただけですぐに死にそうになるほどには脆弱で、某が転生しなければ本当なら死んでいた筈だったのだ。


 故に、父上と母上は普通の親に比べれば某を死地に行かせたくない気持ちは数段強いであろう。だが、それでも、某の決意は揺らがない。もう、家のベッドを離れられず、いい様にノミにやられていたあの頃とは違うのだ。


「某、特効薬の素材を取りに行くでござるよ。製材所の皆の命運を背負うのは少し重すぎたでござるが、それは、某が背負わずとも良いのであろう? ならば、某はどんなに危険であろうと行かねばならぬのだ。それが、某の目指す『侍』である故に」


「............そうか、だが、大事なことだから、再度聞いておくぞ。本当にそれでいいんだな?」


 ソリューは某の言葉を、決断を噛みしめるように数秒、沈黙して、再度、問う。だが、この問いは某に聞いている様で某にだけ向けられたものではなかった。


「アドリューンがそう言うなら私はそれで構わないわ」


「ああ、俺もメリアと同じ気持ちだ」


 父上と母上はそう、寸分の迷いもなく答えた。


「本当は俺もアドリューンと行きたかったんだけどな。今回は俺もこっちを手伝わせてもらう。だからアドリューン、安心して行ってこい! だが、行くからには途中でくたばったら許さないからな? まだ、俺は約束を果たせていないからな」


「約束、でござるか?」


 シーカスの言葉に某は首を傾げる。ううむ。何かあったであろうか?


「なんだ? 忘れたのか? アドリューンが戦闘指南役になったおかげでずっと時間が無かったが、俺にアーミーが勝った、見習い最後の打ち上げトーナメントの試合の後に俺の加工技術を教えてやるって言ったじゃないか。頼むから俺を嘘つきにしないでくれよ」


「そうであったでござるな。これは益々某、死ぬわけにはいかなくなったでござる」


「ハハッ! その言葉絶対に忘れるなよ?」


 シーカスは、笑いながら某に近づくと、某の胸に拳を押しあてた。何かがじんわりと某の中に流れてくるような気がした。某はそれがこみ上げてあふれ出さぬように、大きく息を吸って耐える。

 そして、某はソリューに向き直ると、先ほどの問いに答える。


「某は絶対に特効薬の素材を確保して戻ってくるでござる」


「よし! よく言った! ならば特効薬が手に入ることも念頭に入れて動くぞ。期限は準冬が始まるまでの三ヶ月! アドリューンはクローデとかいうやつの元に行って今の決断を伝えてこい! そして、特効薬の素材について詳しく聞いてくるんだ。その後、ベルノにも会って外の世界についてきっちり聞いてこい。勿論アドゴラにもな。少なくとも俺が知る中であいつらより外の世界について詳しい奴は他にいないんだ。多少病気できつかろうがそのくらいしてもらわなきゃ困るってもんだ」


 そう言うとソリューは父上と母上、それにシーカスにも指示を出す。某はそれを少しだけ見ながら、クローデの家へと急ぐ。この決断を伝えて、特効薬の素材の詳細を聞くために――。



 ――――



「やはり、アドリューン、君は行くんだね?」


 クローデはまるで某が来るのを分かっているかのようにエミィの家の前で待っていた。というか、クローデの家に向かう途中で呼び止められたという方が正しいであろう。

 どうあっても、クローデは某を家に上げたくないらしい......


「クローデ、私の家で毎日のように話すのはやめてくれないかしら?」


「すまないね。こればかりは僕にもどうしようもないんだ。代わりにこれをあげるから少し目をつぶってくれないか」


 クローデに迷惑そうに言うのは昨日まで病床にあったエミィだ。この家の主でありながら、義理の兄であるというクローデに応接室......いや、応接家とでもいうべきであろうか。そんな使い方をされ、文句を言うが、クローデが懐から取り出した......恐らく、菓子であろう。それを受け取ると、黙って椅子に座った。


 どうやら、エミィはごねたらお菓子を貰えることを知っているらしい。なんだか某の目の前で堂々と袖の下のような行為が行われているのは見ていていい気になるようなものではないのだが、言及する時間が惜しい故に、本題に入ることにする。今日はこれからベルノさんと親方の家を巡らねばならぬし、出来ることなら明日には外に出て素材を探しに行きたい。

 お菓子程度のことで目くじらを立てるわけにはいかない。


「クローデ、特効薬の素材の詳細について教えて欲しいでござる」


「あれだけ警告したのにね。とはいえ、そこまで覚悟が決まっているのなら、教えざるを得ないか。素材は二つというのは説明したよね?」


「うむ。それが遠征せねば手に入れられぬ場所にあるということも」


「そうか。なら、言うよ。一つ目の素材はここ、ドルバーデンから東に六十キロ、そこに、この国最大の大きさを誇る湖、バンデル湖に住むあるイーターから取れる。そのイーターの名はデビルバンデルボーンフィッシュ。見た目は、名前で分かるとは思うが全身骨だけで出来ている。色は頭から尾ヒレに至るまで黒一色。大きさは、二メートルから四メートル、そして夜行性だ。目が無くて音に敏感だから、夜に大声をだして湖の周りを歩けばすぐに襲い掛かってくる。つまり、見つけること自体は簡単だ。倒せるかどうかは別だが」


 ぬう、一つ目からかなり難易度が高そうだ。イーターはこれが初めての討伐になるのであろうか......とはいえ、魚であれば問題なく捌けそうであるな。某とて前世では授業の調理実習において魚の活〆くらいはしたことがあるゆえに。


 トラウマについてであるが、この辺り、前世での価値観が大きく影響している気がする。某とて、牛や豚の肉は普通に食べていた。当然魚もである。だが、動物の肉と魚の違い、それは現物を直接解体するか否かであろう。当然動物の肉を某が直接一から解体したことは無かった。だからこそ、バーサークカウの首を落とした時は......うぅ、思い出しただけで少し寒気が。


「大丈夫かい? 少し顔色が悪いようだけど」


「大丈夫でござる。少し、初めて狩ったバーサークカウを思い出してしまっていただけ故に」


 某は、即座にバーサークカウのことなど頭の中から消し去り真剣な表情をクローデに向ける。


「......そうか。とはいえここで使う素材が問題なんだ」


「問題、でござるか?」


 デビルバンデルボーンフィッシュを狩って帰ってくればよいわけでは......まさか特殊な処理が必要だったりするのであろうか?


「ああ、実は、このデビルバンデルボーンフィッシュの中で薬に使うのは骨の中にある髄液なんだけれど、一匹から取れる量がかなり少ないんだ。二百年前、特効薬が全員分用意出来なかったのは主にこの素材のせいなんだ」


「ふむ。つまり今、倒れている平民全員分用意しようと思えばどのくらい必要なのであろうか?」


「髄液の量には個体差があるから、正確なところは分からないが、余裕を持って......そうだね、三十は欲しいところだね」


 三十......バンデル湖まで第二門から第一門までの三十キロを除いても、往復百二十キロ。小さいものでも二メートルを超える個体であれば、某が運べるのは一体が限界であろう。某が全速力で駆けるにしても、行きは半日、帰りは一日はかかる。夜行性ということを考えれば、どう考えても野宿で一夜は過ごさねばならぬ故に、三日で一匹が限界であろう。これだけで三ヶ月――。


 ――雲行きが怪しくなってきたでござる――


 だが、まだ素材はもう一つ必要であった筈。某はもう一つの素材の説明をクローデに求める。


「なら、二つ目の素材について説明するね。二つ目は、ドルバーデンから西に百キロほど行った先の平原に自生するイーター、グリフィンモドキハーブの根だ。こいつは、見ればすぐにわかる。成長すれば、エン・アニマルであるグリフィンに似た形になるからな。だが、グリフィンのように空を飛ぶわけではない。あくまで見た目が似ているだけで、攻撃には自身の体の一部であるツタや枝を使ってくる」


 なるほど。二つ目は形だけグリフィンという生物に似た食人植物ということでござるな。これもトラウマに関係なさそうで助かるでござる。とはいえ――。


「素材がある地が真反対でござるな。それに、某ではその素材を持ち帰れるか怪しいでござる」


 そうなのだ。急ぐ某にとって、東と西という地理上の問題はかなり厄介である。つまり、ついでに集めるということが出来ないのだ。加えて、食人植物の根と言えばかなりの大きさになる、もしくは移動する為に常に土の中に根が入っているわけでないとすれば太陽の光や風雨にさらされ、枝と見分けが付かない色合いになっている可能性も否めない。

 最悪の場合、グリフィンハーブモドキを丸々一つ持ち帰らねばならぬ可能性もあるのだ。


「嘘でしょう? もしかして一人で行くつもりだったの!?」


 某の言葉に反応したのはエミィだった。やはり、一人では無理らしく、目に見えて呆れられている。


「ははは。エミィ、少し考えれば分かることだよ。今はアドリューンが頼れる人がいないのは明らかじゃないか。アドリューンの周りの大人たちは製材所の存続のために奔走しているし、かといって見習いは冒険者カードを持っていないから外に出られない。故にアドリューンは一人で素材を集めるつもりだったなんて」


「そこまで分かっていて、どうして、どうして話したでござるか! ......いや、すまぬでござる。クローデに当たるのは筋違いであった」


 相変わらずクローデの情報網には恐ろしいものを感じた。それと同時にどうしてそこまで分かっていて某に素材の詳細について教えたのか。それではたとえ狩れたとしても持ち帰れぬ故に生殺しもいいところではないか!

 だが、某も薄々分かっていたことでもある。あの場では盛大に啖呵を切ってきたが、数十キロ離れた場所に一度ならばまだしも、数十回も一人で往復するのは無理があったと。少なくとも睡眠は必要で、ベルノさんと一緒に狩りに行くときだって、交代で夜間の見張りは必ずやっていた。それを一人でやらねばならぬと思うとぞっとしないものがある。これは、「やはり、無理であった」とソリューに断りをいれるしかないのであろうか......


 そんな某を見てクローデは笑っていた。


 ――何がそんなに面白いでござるか! こっちは相当に絶望的な状況であるのに――


 やはり、クローデには一発ガツンとお見舞いしてやるべきであろうかと思う。クローデしか特効薬をつくれぬし、素材さえあれば特効薬を作ってくれるとも言っている。クローデがいなければ、某はベルノさんや親方を救うという選択肢すら取れなかった可能性もある。だが、それでもこの場で必死に思い悩む某を見て笑っているのは流石に腹が立つというものだ。


「ははは。ごめんごめん。君があまりにも一生懸命だったから、つい、ね」


 クローデはそんな某の感情を読んだように謝罪すると、某が今、最も求めていた言葉を発した。


「もし、僕たちが実は冒険者カードを持っていて、アドリューンを手伝えるとしたらどうする?」


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