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侍の心得其五十八 窮極の選択

 次の日の朝、某達家族とシーカスは製材所の前に集まった。

 昨日はクローデから突き付けられた現実に皆が話し合いを出来るような状況ではなく、一晩置いてから話そうということになったのだ。


「何だか重いわね」


 母上が呟いた。


「そうだな。俺たちの決断でこれからの製材所の行く末が決まるんだからな」


 父上がそれを拾うように粛々と言葉を繋げる。


「今日、決めなきゃいけないのは、【死病・斑】だったか。それにどう対応していくか。アドリューンの話だと、もうすでに、ミルには特有の斑模様が浮き上がり始めていたんだよな。クローデは確か具体的にどのくらいで死ぬかについては言わなかったが、そう多くの時間は残されていないのは間違いないんだよな」


「シーカス、その通りでござる。......端的に言えば、『二百年前の特効薬が足りなかった者と同様の処置を実行する』か、『某達の中の誰かが、命を賭して特効薬の材料を集める』の二つに一つでござるな」


 前世のように延命治療が出来る設備はあるのかもしれないが、平民や貧民が利用できるものがあるとは聞いたこともない。唯一の救いと言えば、感染力が弱いことであろう。クローデの話から考えても、隔離すれば収束する......つまり、【死病・斑】は一定数以上の菌(違うかもしれぬ)が集まらなければ、増殖せず、菌は自身の身を護ることに注力するのではないかと思うのだ。


 だから、症状が現れるまでに、ミルで二ヶ月、平民の見習いや職人達では三ヶ月程度もかかり、保菌数が一定値を超えたところで皆、一斉に発症することになったのではないか、と。


 加えて、風邪のような症状が長引くのも、繁殖スピードが遅いと考えれば合点がいく。それが分かったところでどうしようもないと言えばどうしようもないのだが......


 某の言葉で再び皆が黙り込んでしまう。皆、分かっていても、改めて口に出してみれば、取れる選択肢の少なさに閉口するしかなくなる。


「ひとまず、状況を整理しよう」


 そう、父上が言い、一呼吸置く。


「まず、アドリューンがさっき言った二択のうちどちらかを選んで俺たちは動く必要がある。

『二百年前の特効薬が足りなかった者と同様の処置を実行する』を選んだ場合、ベルノさんと親方を失うことがほぼ確定するから、製材所はまず間違いなく破産だ。平民の職人や見習いだけならまだなんとかなるが、流石に親方とベルノさんの穴を埋められる人材はうちにはいない。よって、納期が間にあわないことによる違約金、税金の納入、見習いや職人たちの新たな就職先の確保等に奔走することになる。だが、今【死病・斑】に侵されている者以外誰も死ぬことはない一番無難な手でもある。これから準冬になれば冬越えの準備のための狩りでどこも人手不足になるからな。戦闘力もあり、労働も出来るうちの者が職で困ることは無いだろう。

 一方、『俺達の中の誰かが、命を賭して特効薬の材料を集める』場合、製材所を破産させないよう、ギリギリで維持しつつ、特効薬の完成を待つことになる。もし、特効薬の素材が集められれば全員助かって製材所も維持できる。だが、特効薬の素材が手に入らなかった場合、【死病・斑】に侵されている者だけでなく、素材を集めに行った者も犠牲になるだろう。それだけならまだいい。製材所をギリギリで残す分、違約金の額も増え、製材所に残る者たちが最悪の場合、借金で奴隷落ちする可能性もある」


 重い、あまりにも重い。正直、こんな重い決断を背負わされるなんて、一週間前の某は想像もしていなかった。ベストは全員が助かって、製材所で働いたり、元通り修行出来るようになることだ。それはここに居る全員が分かっている、それは間違いないのだが――。


「今の話し方だと、どちらを取るにせよ、製材所を纏めるのは誰がやるんだ?」


 ――む? それは一体......まさか!?――


 シーカスの言葉に含まれる意味に嫌でも某は気付いてしまう。今の製材所でこの病の事情について詳しく知り、かつ纏められる者と言えば――。


「そうだな。俺と、メリアでなんとかやれるか......いや二人いたって手は足りない。いくら大人びているとはいえ、まだ子供のアドリューンに製材所の予算関係の仕事なんて任せられないからね。加えて、シーカスはまだ、冒険者カードを持っていなかったよな? 加えて、この話を馬鹿正直に話せば、特効薬の完成如何にかかわらず、辞める者だって出てくるはずだ。つまり、特効薬の素材を取りに行けるのはアドリューンしか、いないんだ」


「そんなもん、無理って言ってるようなもんじゃないか! アドリューンが強いのは製材所にいる奴ならみんな知ってる! だが、クローデの話だと、この領地を覆う壁の向こうにはアドリューンだって敵わないような生物がいるんだろう? そんな場所に一人でなんて......なあ、冒険者カードを今すぐ用意することは出来ないのか! こんな日のために俺は修行してきたんじゃないのか?」


 沈痛な面持ちの父上にシーカスが声を荒げ、胸倉に掴みかかりながら言う。


「............」


 父上は答えず俯いたままだった。無視したわけではない。ただ、答えずとも意図は伝わるというだけで――。

 無理なのだ。某の時も冒険者になるのに申請してから一週間かかった。いくら金を積んで便宜を図ってもらうにしても、冒険者ギルドは、申請を受理するまでに貴族を通している。それは某が冒険者ギルドに行った時、受付に扮して貴族が某を見に来ていたことからまず間違いない。つまり、二日、三日なら短縮出来てもそれ以上となると厳しいだろう。加えて、あの不思議な冒険者カードの発行を行う時間も必要であろう。


今、悠長にシーカスの冒険者登録を待っていられる時間など残されていないのだ。


「......くそっ! アドリューンを助けてやる為にここに居るはずなのに、肝心な時に力になれねぇ」


 シーカスは吐き捨てるように言いながらも、父上から優しく手を離した。流石に父上に当たるのは筋違いだというのは分かっているらしい。だが、それを分かってはいても抱えている感情は別だ。行き場のない思いにシーカスは製材所の周りを囲う門壁に思いきり拳を叩きつける。


 某といえば、シーカスに掛ける言葉が見つからず、ただただ見ているだけしかできない。


「アドリューンはどうしたいの?」


 不意に母上が某に聞いた。


「某は......某は――」


 上手く言葉が紡げない。もし、ファンタジーで見るような英雄であれば、ここで、「絶対に皆、助ける!」なんて言葉を、言えるのであろうか? もし、某が理想とする『侍』になれているのなら、意気揚々とこの絶望的な状況を覆すような、乾坤一擲の大勝負に出られるのであろうか? 


 ――だが、今の某には、どちらも、選べないでござるッ......!――


「話は聞かせてもらった。ベルノとアドゴラが急に顔を出さなくなったから様子を見に来たが、まさかこんな小さな子の決断で製材所の命運がかかるほど深刻なことになっているとはな」


 む? 誰であろうか? 某は背後から聞こえた聞き覚えのあるような声につられるように振り返った。


「よぉ、泥棒、元気にしてたか?」


「え、アドリューン? それ、どういうこと?」


 振り返った時、やせ型長身の男が某達の方へ近づいてきているのに気付いた。某は泥棒など、前世含めて産まれてから一度たりともしたことはない! だが、泥棒を疑われたことなら、あった。そう、某が糞尿回収用のたらいを頼みに金物屋へ行った時――。


「な、父上と母上の前でなんてこと言うでござるか、ソリュー! 某、ちゃんと正当な方法で得たお金で正当な値段を払って買い物をしたではないか!」


「なんだ、アドリューン。もしかして親に隠れてこっそり悪いことしてたんじゃないだろうな?」


 父上まで某を疑うような目を向けてくる。某は、なんとか味方が作れないか必死で視線を巡らせると、シーカスは突然現れた男にどうしていいか分からずあたふたしているのが見えた。


 ――何をしているござるか、シーカス! ここは、いきなり入ってきたこの男に先ほどの怒りをぶつけて颯爽と某の味方をする場面であろう! 先ほどまでの助けてくれる発言はどこに行ったでござるか!?――


 そんな某の思いは当然、状況が分かっていないシーカスに届くはずも無く、いつの間にか出来上がった、疑う二人と煽る一人対無実を主張する某、それを見守るオーディエンス一人という、某に勝ち目のない構図が完成していた。


「ねぇ、アドリューン、本当のことを言って頂戴、泥棒ってどういうことなの?」


「ああ、嘘は良くないぞ」


「む、むう」


 某は父上と母上の誘導尋問じみた攻勢にタジタジであった。いつの間に移動したのか、それを見て父上と母上の死角でニヤニヤと笑うソリューが見えるのが余計に腹が立つ。


「某は、この命に賭けても泥棒などしていないでござる!」


 某はそう、言い切る。それを見て流石に分が悪いと思ったのか、観念したようにソリューが某の前へ出てきた。


「それだけ言える元気があれば大丈夫だな。どうもお前らが辛気臭い話をしてたから、こうして話に割って入らせてもらったってわけだ。紹介が遅れて申し訳ないが、俺は平民街で金物屋の店主をやっているソリューという。先日、修行に使うという名目で卸した『たらい』や、木材の加工に使う一部工具を作らせてもらっている。よければ、その話、俺にも一枚噛ませてもらえないか? こんなでも、ベルノやアドゴラにはかなり世話になっているんだ。出来る限りのことはやらせてもらう」


「ふふ、分かったわ。なら細かい事情を話そうかしら」


「ああ、そうだな。確かに今は少しでも人手が必要な時だ。助けてくれると言うのに、それを無碍にするような余裕はない。というか、できないという方が正しいか」


 ソリューが声をかけてきたことで、先ほどまでの深刻な雰囲気はまるきり消えていた。おまけに、父上も母上もなんだかソリューを受け入れる雰囲気になっている。だが、無用な疑いをかけられた某の心労はなんだったのであろうか! 

 一言文句を言ってやらねば気が済まぬが、父上も母上もソリューに自然な流れで事情を話し始めている故に割って入る隙が――。


「なあ、そんな急に来たような得体のしれない部外者に勝手に事情を話してもいいのか? バレたら不味いんじゃなかったのか?」


 ――よおし、よく言ったでござるよ、シーカス!――


 某は思わずシーカスを崇めたく......おっと危ない。確かにシーカスからすれば意味が分からないことだろう。急に来た男が某を泥棒呼ばわりしたと思ったら、いつの間にか輪の中に入って、貧民の職人や見習い達にも伏せている今回の事情の詳細を話し始めたのだ。納得がいかないのも間違いない。


「ああ、すまんな。とはいえ、今は急を要することだろう。本当はお前さん......シーカスと言ったか。シーカスも俺の店へ連れていって俺が何者なのか証明したいが、時間の都合上無理なんだ。代わりに、製材所の事情の根回しと、製材所で働く者たちの奴隷落ちは避けられるように取り計らってやるから、今は大目に見てくれ」


「そんなことが可能でござるか!?」


 シーカスはまだ納得しきれていない顔をしていたが、某にとって、働いている者たちの奴隷落ちが防げるというのは何よりも魅力的な言葉だった。


「おい、アドリューン!? 良いのかよ、仮にもお前を泥棒呼ばわりしたやつなんだぞ? 信用できるのか?」


「シーカス、それに関しては大丈夫でござるよ。泥棒と言われるのは、色々諸事情があった故に。濡れ衣であったことに変わりないでござるが。とはいえ、シーカスが一言言ってくれたおかげで某の溜飲が下がったのは事実。感謝するでござる」


「アドリューンがそう言うんなら」


 そう言ってシーカスは引いてくれた。


「改めて聞くでござるが、本当に、製材所の者たちが借金で奴隷落ちということにはならないでござるか?」


「ああ、勿論だ。だがな? 俺に感謝するのは筋違いってやつだ。感謝するなら、常に困っている職人や他の職場へ気を配り、損得度返しで助けに来てくれたアドゴラとベルノに言うんだな。あいつらが倒れたくらいで製材所で働くやつらを奴隷落ちさせたなんてことになったら、この先ドルバーデンの職人連中は胸張って生きていけねえよ」


 ソリューは照れを隠す為であろうか? 早口でまくし立てた。

 それを聞いて某は思う。


 ――本当に、親方とベルノさんは凄いでござる。まさかこの都市の職人を殆ど丸ごと味方につけているなんて――


 それと同時に、某の中で一つの決意が芽生えるのを感じた。


 ここまでお膳立てされて助けられるかもしれない恩人を見捨てるは侍に非ず。身の危険が何たるや。必ずや、特効薬を完成させようではないか!






 【補足】製材所の門の前でそんな話をするとは不用心なと思うかもしれませんが、製材所の中の密談が出来る部屋は全てベルノさんか親方、もしくは両方が居なければ使えません。

 かといって、貧民街で話すのも不用心に変わりはなく、製材所の門の前で、周囲で話を聞かれないように注意しながら話していたということです。

 ちなみに、ソリューは実は結構最初の方からアドリューンとシーカスの死角になる位置で話を聞いていて、ソリューのことを知っていたアドリューンの父上が母上に向けて、この人は大丈夫だと、夫婦の呼吸の中で話をつけていました。つまり、あのやり取りも実は話の流れを変えるためのシーカスとアドリューンだけが知らない予定調和なものであったというわけです。

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