侍の心得其五十七 クローデの語り〈後編〉
というわけで予告通り後編です~!
お納めください。
「それで、皆さんお揃いで私の家に来られたのはどうしてでしょう?」
どうやら、エミィの方は何も聞かされていなかったらしい。もしかすればクローデはエミィが寝ているうちに終わらせるつもりだったのかもしれない。わざわざクローデの家ではなくここで話をしていたのは恐らくエミィに特効薬を使ったことによる、不測の事態に備える為であったのだろう。もしくは、クローデは父が医者だったからこそ、家の中には素人に見せるわけにはいけない薬品があり、万が一を避けるためだったのかもしれないが。
「私たちはエミィとクローデの様子を見る為にここへ来たのよ。製材所で突然流行り出した病気を放置したら危ないかもしれないってアドリューンが言い出してね。でも、エミィは元気そうね」
「ええ。クローデが風邪薬だって言って飲ませてくれた薬のおかげで良くなったみたい。明日には問題なく動けると思います」
某達一行は、全員で首を傾げた。エミィは何も聞かされていない......?
「エミィ、これはただの風邪ではないでござるよ。まさか何も聞いていないでござるか?」
某の言葉に、エミィは全く何も知らなかったようで目を見開いて驚いていた。
――クローデ、お主、有能でありながら実は結構抜けているのではござらんか? ううむ。有能な者ほど尻に敷かれるというのもあながちあり得る話なのやもしれぬ――
そんなわけで、今までクローデからされた話の要点だけをエミィに話し、エミィは「どうしてそんな重要なことを先に説明しないのよ」と呆れと怒りが入り混じったようなため息をついた。
そんな時、扉が開く音がした。恐らくクローデが戻ってきたのだろう。
「やあ、待たせた......あれ? 皆、揃ってどうしてそんな目で僕を見るんだい?」
何というか、とんでもなく間が悪いというか良いというか。クローデが先ほど某達に出していたのと同じ、エミィの分のお菓子を持って帰って来たとき、エミィからは疑惑の目を、某達からは憐みの目を向けられて戸惑う。
「クローデ、私に病気のこと黙っていたみたいね?」
「いやいや、そんなつもりはないよ。僕は君が元気になったら話すつもりだったさ。それに、今、要点は聞いたんだろう? なら、丁度良い。エミィもこの話の続きから一緒に聞けばいい。その方が僕の手間も省けるしね」
「はぁ、どうせそんなことだろうとは思っていたけれど」
クローデはエミィのちょっとした怒りの言葉など意にも返さぬように飄々と言った。先ほどエミィが起き出してきた時とはクローデの余裕の持ちようがまるきり違うというか......まさかこの男、某達がエミィに説明を終える瞬間を狙って家に入って......いや、考えすぎでござるな。いくら何でもそれは流石に気持ち悪すぎる。
それでも、クローデの態度に何を言っても無駄だと察したのか、エミィも怒りのぶつけどころを失くし、毒を抜かれた蛇のような顔をして、新たにクローデが準備した椅子に腰かけ、本当に平民かと思ってしまうくらいには品のある動作でお菓子を食べ始める。
それを確認したクローデは一息つくと話し始める。
「さて、続きからだね。確か――」
――――
今から約二百年前、城塞都市ドルバーデンは最も多くの人で賑わった時代を迎えていた。家々はどんどん高層化し、交易を行う者で賑わう大通り......現在で言う、東西南北の第二門から貴族街へ伸びる四つの大通りは生活排水や糞尿を捨てない様に取り決めが為されていたため、綺麗であったが、一歩平民街の中へと入れば、そこはまさに異次元と言える環境だった。
当時、交易の中継地点として栄えたドルバーデンは今よりも何倍も多くの品々......特に食料が豊富だった。理由は単純で、素材や宝石など、腐らぬものは王都まで運ぶことが出来たが、食料は保存食として加工したもの以外は王都まで持たなかった。
そんなわけで食料はドルバーデンで売りさばかれたのだ。もし、売れないし日持ちしないのであれば、常識的に考えて商人は普通の食料を持ち込むことは無いだろう。だが、当時のドルバーデンの民たちは交易で潤っていたことや、生産区画の完成による報酬で懐に余裕があり、その結果として......舌を肥やしていった。
そんな多様な食文化の流入は当然、生活環境の汚染にも一役買うことになる。増えすぎた人、食の多様化による排泄物の増加による悪臭で都市が覆われるのも時間の問題だった。
だが、当時のドルバーデンの人々は慣れてしまった。劣悪な生活環境に。そして、生活環境を犠牲にしても辞められなかったのだ。一度得た贅沢を。
そんなある日、遂にドルバーデンの各地で動けない程ではないが、働けないほどの風邪によく似た症状を訴える者が出始めた。最初は季節柄、体調を崩しただけだと、誰もが気に留めていなかった。だが、その病は安静にしているだけでは収まることは無かった。
次第に人々は気付き始める。増え続ける風邪による患者と、一向に下がることのない熱が普通の風邪では無いと。
それでも皆が風邪では無かったゆえに何とか病気で働けない者の穴をカバーしてやりくりしていた。
だが、ひと月ほどたったある日、初期のころに感染した一人の男が死んだ。その男の死体には、全身に四角が規則的に並んだような赤い斑点が全身に浮き上がっていたという。
それからだった。この一人の男の死を境に病は爆発的に増加した。以来、
「ドルバーデンに入って病気になると全身を冒されて死に至る」
そんな噂がドルバーデン内部だけでなく、交易先へも広がっていった。その結果、ドルバーデンは孤立した。交易は打ち切られ、ドルバーデン出身の者は他国は勿論、国からも切り捨てられ、何処に行っても入領、入国拒否されるようになった。
ここで、焦った貴族たちは必死で治療法を探した。このままではドルバーデンが潰れるのは時間の問題であった故に。
【死病・斑】
――いつしかこの病はそう呼ばれるようになった。
その後、二年の時をかけ、貴族と医者たちはこの病気の特効薬を開発することに成功した。だが、遅すぎた。その時既に人口はピークの時の三分の一にまで減り、残った三分の一のうち、半数がこの病に苦しめられていた。
特効薬の材料は貴重なものもあり、とてもではないが大幅に減ったとはいえ、当時の平民貴族合わせた全員分は無かった。だからこそ、貴族と医者たちは選んだ。助ける者と切り捨てる者を。
同時に、特効薬を渡せなかった者たちは北門と東門の間の家々へと追いやり、隔離しつつも、反逆されないように、財力を制限しながらも今までの生活環境の維持と様々な保証を付けた上で新たに貧民の地位を与えた。
助けられた者たちには助けた代わりに今までの生活をやめ、生活環境の徹底的改善を図ることと、高層建築の取り壊しを約束させ、新たに平民という地位を与え、【死病・斑】は収束したのだったーー。
――――
「まさか、二百年も前の病で苦しめられるとは思っていなかったよ。貧民は特効薬無しで【死病・斑】を克服した者たちの子孫だから耐性があった。だからこそこれまで、表舞台には上がっていなかったんだね。父がこの話を僕にしきりに語っていた理由が分かったよ。【死病・斑】は今も貧民街に潜んでいたことを身をもって知って、ね」
そう言って、クローデは語り終えた。なるほど、それがこの城塞都市における身分制度の発端でござったか。とはいえ、たかが二百年前のことだが某はともかく、他に誰も知らぬとは......いや、貧民街全域を探せば知っている者はいるのかもしれない。
だが、後世に残せるような文字も、書けたとしてそれを書き写す為のものや、書き写した後の保存環境も貧民は持っていなかった。
日本で言えば、江戸時代に起こった飢饉を口伝だけで現代に伝えましょうと言うに等しい。まずもってほぼ不可能と言えるであろう。今回は多少の脚色があるのは間違いないが、奇跡的にクローデがほぼ完全な形で口伝を話してくれたのだ。病名も、原因も分かった。ならばあと一つ――。
「特効薬の作り方と材料は知っているでござるか?」
「勿論。足りないのは二つだけだからそれがあれば作れるよ。幸い、この薬の作り方は奇跡的に受け継いでいるからね。だけど――」
「だけど、どうなのでござるか?」
「どちらの素材もこの都市の外、それも、遠征しないと手に入らないところにあるんだ。しかも、僕の情報網によるとこの都市の周辺は夜になるとイーターが出るって話だ。最近、街道を雑草で埋め尽くしているのはエン・イーターの仕業だって噂も聞いている。加えて、アドリューンは精神的な問題で生物が殺せないんだろう? それで、どうやって素材を集められると思っているの?」
「ぬ......」
某はクローデの指摘で言葉に詰まった。確かに某は未だに生物を直接殺せない。イーターとの戦闘経験も無い。おまけに、エン・イーター......即ち、覚醒者の動物(喰物)バージョンである。そんな危険の中を今の某が行くには無理があることは明白だった。
「少し考えさせてほしいでござる」
「すまないね。もっと力になれたら良かったんだけれど」
外へ出た時、やはり、かなり長い時間話していたこともあってすっかり日は暮れていた。病気の原因も治療法も分かった。何も分からないことに比べれば明らかな前進だった。だが、某達の足取りは重く、結局この日は家にたどり着くまで誰一人言葉を発することは無かった――。




