侍の心得其五十六 クローデの語り〈前編〉
執筆終わってみれば九千字近くなってしまいましたので、前後編に分けて投稿します。後編も今日中に投稿しますのでお楽しみに。
時を遡ること三百余年、辺境の地への開拓命令が出され、この城塞都市ドルバーデンが出来て間もない頃の話。
当時は貴族と平民と奴隷という三つの身分のみが存在した。即ち、この時の身分制度に貧民の文字は無かった。奴隷といえど、犯罪を犯した者や、借金が返しきれなくなった者というように今の不明瞭な状況と違い、明確な線引きがされており、たとえ奴隷落ちしたとしても、奴隷になる際に決められた金額分の労役をこなせば元の身分に戻ることが出来た。
それだけではない。開拓とは、貴族が頭ごなしに指示を出すだけでは上手く進まない。加えて、辺境に城塞都市を築くということは、当然のことながら、アニマルやイーターから労働者を守る必要があり、当時の貴族と平民は今よりもずっと距離が近く、気軽に言葉が交わせるほどの間柄だった。
それに加えて城塞都市が完成した後、辺境とは他国の国境にも近いということでもあり、様々な交易の中継地となり、また、辺境の地ならではのアニマルやイーターや植物の類を狩って得られる、王都では手に入らない珍しい素材や貴重な薬を求め、多くの人々が出入りするようになり、都市は栄え、少しずつ拡張されていった。
――――
「ふむ、ということは、幾重にも城壁が存在するのは、その名残りでもあるということでござるか?」
某は気になったので話の途中ではあったがクローデに聞いてみる。
「そうだね、アドリューン。今の貴族街がある第三門の内側が開拓初期のドルバーデンだったといわれているね」
某はその答えに納得して話の先を促した。
――――
開拓されてから五十年は安泰だった。開拓を知る貴族と平民が協力することで、ドルバーデンは出稼ぎ、一獲千金を狙う者などによる移住で増え続ける人口にも何とか対応していた。
だが、開拓から七十年が経ち、代替わりによって貴族にも平民にも開拓を知る者が完全に居なくなった頃、問題が起こる。そう、貴族と平民の間にズレが起こり始めたのだ。
開拓当初は貴族と平民が意見を交わしあい、自分たちがどれだけ開拓出来、都市を拡張出来るのか、拡張に伴いどれだけの人数を受け入れられるのかを互いに把握していた。だが、代が変われば貴族は指示、平民は都市拡張や労働という形だけが残ることになる。口伝だけでは開拓の苦労が伝わりきらなかったのだ。
結果として、都市の発展を求め、立場の弱い平民たちの反対を押し切った貴族は大量の移民を受け入れることを決定する。理には敵っている。人が増えればその分労働力は増えるし、生産量だって増えてゆく。そうなれば税収だって増えるし、それを投資して更なる発展を――。
だが、それなら極論を言えばどんな馬鹿でも領地経営出来るし、発展しない領地や破綻する領地が出るはずも無い。
この政策で、都市内の治安は一気に悪化した。住む場所は覚醒者の力を使い、高層建築をすれば賄えた。辺境として栄えていたのもあって、財源もあった。だが、増えすぎた民の食料だけはどうしようもなかったのだ。それを改善する為に貴族はとんでもない決断を下した。
――今の都市からはるか遠くに新たな城壁を作り、広大な生産区画を作れ――
金はあった、人もいた。ならば、食料を生産できる場所を新たに作り出せばいい。
――――
「それにしても、クローデはよくこんな話知ってるわね。私は初めて聞いたわ」
「俺もだ」
母上と父上が言う。確かにこの地にはほとんど書物の類が無い。アーミー曰く、平民が文字を覚える為のものはあるそうだが、それ以上のものは見たことも聞いたことも無い。某が貧民なのもあるであろうが、製材所の書類は基本木簡であり、歴史を綴るにも、虫だらけの家の中で保管するにも不向きだ。貴族は知らぬが、少なくとも、これまで寄った平民の家の中に本の存在は見ていないし、血の繋がっていない兄弟だと言うエミィの家であるこの家にもそれらしきものは見当たらない。
「ははは、父が暇さえあれば口癖のように語っていたんで、僕のそれは受け売りですよ。......さて! 今はそんなことより病気の話でしょう? 今までの話は忘れて貰っても一向にかまわないから、ここからよく聞いていてくださいね」
クローデは少し焦って何かを誤魔化しているようにも見えたが、元々病気の話を頼んだのはこちら側であり、加えて、口伝で多少話の本質が変わっているかもしれないとはいえ、この都市の成り立ちの話を聞けるのはありがたかった。そんなわけで、某は再度クローデの話に耳を傾けた。
――――
新たな生産区画の開拓計画は膨大なものだった。何せ、現在の都市から、半径三十キロの円を描くように新たな城壁を設置し、その内側で食料や木材生産を安全に行うというものであった。
何度も繰り返すが、金はあった、人もいた。だが食料が足りない。ならばどうすればよいか? 貴族は破格の報酬と引き換えに、民たちに委託したのだ。生産区画の開拓を。
報酬に釣られ、各地から人は集まる。集まっても、辺境の地の開拓は過酷そのものでしかなく、貴族側が用意した報酬を受け取ることなく、ある程度労働すれば皆、イーターに襲われたり、更なる報酬を求めて死んでゆく。
それだけ人が死ねば、噂にならないのかと言われれば、そんな事は無かった。だが、実際に破格の報酬を得て戻ってくる者を羨む者や、金に困ってどうしようもない者は、危ない橋であれ渡ってしまう。故に完成まで労働力が足りなくなることは無かった。
五十年後、結果として、貴族側は想定の半分も金をかけることも無く、生産区画を覆う城壁を完成させた。
だが、完成させた後が問題だった。これまでは多くの人が来ても開拓で死んでいった為に均衡が保たれていた。だが、開拓が終われば、途端に人口は増加に転じた。
人が増えるに従って家はどんどん高くなり、今から約二百年前、貴族街の外から、第二門までの居住区画一帯は、今の貧民街よりも高い高層住居で埋め尽くされた。
幸い、技術はあった故に、家が足りなくなればどんどん上へと増築すれば良かったし、食料は生産区画の完成によって余裕があった。だが、ここで新たな問題が発生した――。
――――
「やっとか。長かったなあ。住む人の密度が増えれば、その分、排泄物は増えるし、生活環境も汚れて行って、結果として、今、製材所で発生した病気が流行り出したってことか?」
シーカスが少しうんざりした表情でそう言った。
「そうだね。その通りだ。でも、そろそろ限界かな? 少し休憩しようか。エミィの家のものを勝手に出すのは申し訳ないから、うちからお菓子を持ってくるから、楽にして待ってて」
シーカスの問いに感心したようにクローデは答えたが、同時にシーカスの様子をみて苦笑して休憩を告げた。
クローデはお菓子を取りに行く為、部屋から出てゆき、この場には眠っているエミィと某達だけが残された。
どうやらシーカスは長い話を聞くのが苦手らしい。実は少し前からそわそわし出していた。たとえるなら、勉強を始めてすぐの子供のようだ。よく考えてみれば当然かもしれない。平民はアーミーの話を聞く限りでは前世ほどではないにしろ、多少なりとも学があった。それは文字が書けることであったり、人の話をしっかりと聞けるということもあるだろう。
だが、隣でそわそわしているシーカスは職人になったとはいえ貧民。つまり、人の話をじっと聞くという行為に慣れていないのは間違いなかった。そんなシーカスを見て某は少し腑に落ちることがあった。
――なるほど。あの密談の場にシーカスが居なかったのはこういう訳もあったのでござるな――
シーカスはアーミーと比べれば軽い調子で話すし、初対面でのコミュニケーション能力も高い。加えて某と同じ貧民でもあるし、某ともアーミーともライバルという点を除けば良好な仲と言える。だが、今のシーカスには長時間の会議は無理であろう。
本当に、ベルノさんは怖いくらいに人を見ているーー。
某とて全力で六歳児をやっているつもりでござるが、今のシーカスを見ると某、少し浮きすぎではなかろうか? いや、今更であるな。次、もし転生する機会があれば忘れず検討することにしよう。
某がそんな決意を固めていると、クローデが木で出来た盆のようなものに、人数分の菓子を持って戻ってきていた。
「話が長くなって申し訳ない。あともう少しだけ話があるから、口に合うかは分からないけど食べて欲しい」
そう言って出されたお菓子はアーミー宅で出されたものと同様に手のひらに乗せられるほどの焼き菓子ではあったが、ところどころに干した果実と思われる黒い小さな果実が入っていた。
「これは、なんでござるか?」
某はそんな果実を指して聞いてみる。
「ああ、これは、ブルベールだね。実はこれ、外国の菓子なんだ。少し伝手があってね。偶々手に入れられたんだけど、一人で食べるのは寂しいだろう? だから、丁度良いと思って持って来たのさ」
一体、クローデという男はどれだけ人脈が広いのであろうか......確か、正門は草が茂っているせいで、最近ではほとんど他国からの交易の類は出来ていないと聞いたであるが。某は少しクローデを見直すを超えて畏怖の感情が芽生え始めた気がした。
だが、菓子を勧めてくれたクローデを見てみれば、どことなく、もの悲しげな雰囲気を漂わせていた。それを見れば、いくら人脈は広かろうと、菓子を共に食べる程の仲の者も居ないのかもしれないと、少し某は申し訳ないような気持ちになりもした。
そんな複雑な感情を抱えて出された菓子を一口――。
「くぅぅぅぅぅぅ、美味でござる!」
某は口の中に広がる熟成された甘みに思わず声にせずにはいられなかった。
「あら、美味しいわね」
「うめぇな! 取引先で食ったものとは違う新しい甘みだ。これが、外国の菓子なのか。中の......ブルーベルだったか? これ以外この地で出されているものとそう変わらねぇのに」
「父上、ブルベールでござるよ」
父上と母上も声に出して喜んでいるしシーカスに関しては、美味さを表現する言葉が出なかったのか、無言で口をゆっくりと動かして味わっている。某は既に食べつくしてしまった故に、シーカスを見て少し羨ましくなる。
そんな視線に気付いたらしいシーカスが見せつけるように食べ終えた後、一言。
「こういう貴重なもんは味わって食うもんだって教わらなかったか? もう次は無いかもしれないんだぞ」
「む、むう、腹に入ってしまえば一緒でござる!」
そうは言うものの、某は次同じ機会があれば、絶対味わって食べると心に決めた。
「さて、じゃあ、皆食べ終わったみたいだし、話の続きを――」
「「......ッ!!?」」
皆が食べ終えたあたりでクローデが話を切り出そうとした時だった。今は、集夏の年の筈、日陰であるはずの室内に居ても暑い。にもかかわらず、まるで、一瞬にして吹雪の中に立ったかのような寒気に部屋全体が覆われた気がした。
「あら、なんだかいい香りがすると思ったら、私の家で勝手にお客様をお招きして私抜きでお菓子を食べていたの? まさか私の分が無いとは言わないわよね? クローデ?」
「......ひゅっ」
「言わないわよね?」
「今すぐ持ってまいります。お嬢様」
そう言うや否や、クローデは脱兎のごとく駆け出した。恐ろしい程の人脈と、人の顔を見ずとも感情を察することが出来る洞察力を持つクローデであっても、流石にエミィがいつ起きるかは分からなかったらしい。




