侍の心得其五十五 クローデと特効薬
「嘘でしょう?」
「アドリューン、それは本当なのか?」
「うむ。間違いないでござる。某、この目で確かに確認したでござる」
父上と母上は驚き、シーカスに関しては頭を抱えたまま黙り込んでしまう。だから、某は伝えるかどうか迷ったのだ。恐らく、ミルにその症状が出始めたということは近いうちに製材所を休んでいる平民たちにも同様の症状が出始めるであろう。
「平民なら医者に診てもらえるんだよな? 症状が出たなら再度診てもらうように促すわけにはいかなかったのか?」
頭を抱え込んでいたシーカスがふと、そんなことを言った。確かにそれが出来ればベストだろう。だが、恐らく医者はこの病気の存在は知らないか、知っていても手の打ちようが無いと某は思っている。そもそも、病気になったら医者は少なくとも、何をしていてその症状が出たのか、その程度のことは聞いて、確かめる筈である。にもかかわらず見抜けていないのだ。
そんなやぶに近い医者に下手に診せて、貴族に報告され、殺処分をされてはまさに本末転倒もいいところである。この世界には人権の考え方が無い。だからこそ、鳥インフルエンザに罹った鶏のような扱いを某達が受けたって不思議ではないのだ。
だが、これを口に出して説明するのは最終手段である。
「シーカス、某は平民を全員診てから医者について考えても遅くはないと思うでござる。ただでさえ異常事態であるゆえに、別のことに手を出し始めたら、某たちの手が回らぬ故に」
「そうね。その後でミルちゃんの症状に関しては話し合いましょう。あまり考えたくはないけれど、エミィとクローデのところへ行って新しい何かが分かるかもしれないし」
某は問題を先送りにすることを選んでそれらしい言葉を並べてみたが、母上が同調してくれて助かった。そのおかげもあってか、シーカスは「分かった」といって素直に引き下がってくれた。そのまま歩き続け、昼過ぎ頃には、エミィの住んでいるという家に着いた。
家の間取りや大きさは見た感じほぼ変わらないように見えるが、貴族街が近いこともあってかここら一体の家々は平民街の中でも更にもう一段階綺麗になっている。
恐らく、平民が住める一等地と言える場所なのだろうと某は勝手に思いながら、呼び鈴を鳴らした。だが、ドアを開けたのはエミィではなく、クローデだった――。
「やあ、待っていたよ」
「む? ここはエミィの家の筈であったのに、どうしてクローデが出てくるのでござるか? もしや、母上が家を間違えた......?」
某は、この家の主のように堂々と出てきたクローデに戸惑い、案内してくれた母上の方を見た。だが、母上は首を振った。どうやら、ここはエミィの家で間違いないらしい。
「いやあ、すまない。大丈夫だよ。ここはエミィの家で合っている。とはいえ、ここに僕がいるのにも少し事情があってね。色々話したいこともあるから構わず中へ入って欲しい」
まるで、この家の家主のような振る舞いをするクローデに少し戸惑いつつも、某たちは招かれるままに中へ入った。それにしても、クローデは病気でないのであろうか? 普段とまるで変わらぬのが不思議だ。それに、『待っていた』と言っていた。某たちが来ることは伝えていなかった筈であるが。
「アドリューン、色々僕が疑わしいのは分かるが少し待って欲しい。ちゃんと説明するから」
「む!? 何故、分かったでござるか?」
クローデは某達を先導していて、かつ、某のことなど全く見ていないにもかかわらず某の思考を的確に言い当てたことに某は少し困惑する。かなり気になるところではあるが、本人が話すと言っているのだ。某は疑うのは一旦やめてクローデに従った。
「とりあえず、ここに掛けてくれるかい?」
案内された部屋は寝室。そこでエミィは寝息を立てていた。だが、驚くことにこの場に用意された椅子の数は某達の数と同じ四つ。まるで事前に某達が来るのが分かっていたようで少し気味が悪い。それに加えて、エミィとクローデは恋仲なのであろうか? 少々、年の差はあるでござるが、そうでも無ければ成人した女性の寝室を無断で出入りするのは不可能であろう。
そんなことを考えながら、某達は用意された椅子に座った。椅子に座るとき、チラッと皆を見てみればどこか緊張した表情をしているのが分かった。やはり、ここの異常さを感じているのは某だけでは無いらしい。
「さて、今日は来てくれてありがとう。少し戸惑ったかもしれないが、僕は独自の情報網を持っていて君たちが平民の見習いと職人を診て回っているのは知っていた。だから今日はこうして出迎えられたってわけだね」
「なるほど。確かに某達は隠れて行動していたわけではない故に斯様な情報網を持っているのならば某達が来るのが分かるのも納得でござる」
それにしても凄い情報の精度でござる。昨日今日で、某達が回っているのが平民の職人と見習いというところまで分かるとは。某はクローデの評価を一段階上げた。
「納得してもらえたようで嬉しいよ。なら、今日来たのは製材所で流行りだした病気のことでいいかい?」
「そこまで分かっているのなら話が早いでござるな」
「そうね。クローデ。あなたはどうして病気になっていないのかしら?」
某の言葉に同意しながら、単刀直入といった様子で母上がクローデに問う。確かにクローデは病欠ということになっていたし、クローデはズル休み組と違って、修行もきっちりこなしていたし、糞尿だって何度か被っている。
にもかかわらず、ここに居るクローデの顔色は平常そのものなのだ。まさか、完治したのであろうか?
「ああ、実は僕は、医者の息子で、偶々、この病気の特効薬を手に入れられたんだ」
「まことか!!?」
「「本当!?」」
某達はその言葉を聞いて思わず皆で声を上げていた。特効薬、今クローデが言うことが確かならば製材所の平民たちを治せる。某以外の皆も嬉しそうだ。某はクローデの言葉によって見えた光明にすがるように声を大にして頼もうとした。
「では! その医者であるという御父上に某達を紹介――」
「もう死んだよ」
「へ? 死んだ、でござるか?」
一体どういうことであろうか。某はクローデの言葉が一瞬理解出来なかった。特効薬を手に入れられたのに死んだ? ではどうやって手に入れたというのであろうか?
「実は少し前までは生きていたんだけれど、僕に医者としての知識を継ぐまでに急逝してしまってね。だから、特効薬に関しても、僕とエミィの分しか無いんだ。すまない」
その言葉に某達は一気に希望を奪われ、先ほどの歓喜と驚きから一転、一気にその盛り上がった気持ちは沈降してしまう。
「そう、だったでござるか。それは不謹慎なことを言ってしまったでござるな」
「いや、構わないよ。僕の方こそ力になれずすまない。製材所には恩があるから返したい気持ちはあるんだけどね」
「恩、でござるか?」
某がそう尋ねてみると、クローデは自身が製材所に入った経緯をかいつまんで話してくれた。
「本当は、僕は父の跡を継いで医者になる予定だったんだ。だが、さっきも言ったように、父は僕に十分な知識を教えきる前に急逝してしまった。父以外の医者の伝手があるわけでもなく、不十分な知識では医者なんて出来ない。どうしようか迷っているところで、偶々製材所の見習いの募集について耳にしてね。こうして、血は繋がっていないけど、妹分であるエミィと共に製材所に入ったというわけさ」
「だから、クローデはその年で製材所に来たのでござるな」
「アドリューン、その言い方は傷つくよ」
少々自嘲気味に某にクローデが言うので某は不味いことを言ったと「すまぬでござる」と謝っておく。
クローデは童顔故に二十代前半に見えるのだが、実際には三十に差し掛かろうかという年だったりする。初めて勝ち抜き戦で相対した後、クローデの雰囲気に含まれた顔に見合わぬ熟練された気配が気になって、実は某こっそり調べていたのだ。対峙した時の様子や剣の腕前から、見た目通りの年齢ではないと思っていたが、その予想は当たっていたのだ。
個人情報の保護? プライバシー? そんなもの、この世界には無いから知らぬ。
「さて、年齢の話はここまでにして、クローデ、医者としての知識は不十分であれ、特効薬が分かるということは今製材所の平民を襲っている病気はなんなのか知っているのだろう? こんな言い方をするのは心苦しい限りだが、製材所に恩を返すつもりで聞かせてくれないか?」
某とクローデの話を止めるように父上が切り込んでくる。そう、これが本題だ。特効薬の数が無いのなら作るしかない。そのためにはクローデの協力は必須と言って良かった。というか、そもそも、ここでクローデを味方に付けられなければ、この謎の病に関する情報の手掛かりはゼロに戻ってしまう。それだけは何としても避けねばならなかった。
「もとより僕はそのつもりですよ。少し長くなりますが構いませんか?」
「ああ、頼む」
父上がそう言ったと同時に某達もまた頷いた。それを確認したクローデは満足そうに笑った後表情を引き締めると今、製材所を襲う謎の病気について話し始めるのだった――。




