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侍の心得其五十 貧民街のアイドル

遂に心得其五十を迎えられました! 次は百を目指して頑張っていこうと思います。


これからも拙作をよろしくお願いいたします。

「ミル、もう少し静かにせねば置いていくでござるよ?」


 某は貧民街をミルを背負って駆け回りながら楽しげに騒ぐミルに声をかける。ミルが貧民街に遊びに来るようになってから二ヶ月が過ぎた。この二ヶ月で変わったことと言えば修行の進み具合で新たに三グループに再編されたことくらいであろうか。

 ミルが来てすぐの頃は苦労させられたものだが、今となってはミルを背中に乗せたままでも指導出来るようになっている。


「しょーがないなー」


 そうは言ってくれるも某とてこれがほとんど無駄だというのは分かっている。何故なら、ミルは注意したすぐ後は意識してくれるのだが、某の背中の上は本人からすればかなり楽しいらしい。最初のうちは舌を噛んで痛そうにしていたが、子供とは適応が早いものでミルは某の背中の上でどんなに騒ごうが舌を噛まなくなった。


 つまり、某の注意などすぐに忘れてどんどん声は大きくなるというわけであり、注意して一時間も立つ頃にはまた元に戻っている。それが二ヶ月治っていない。某とて既に諦め気味ではあるのだが、少しでも静かになる時間があるのならばと、一日一回は言うようにしている。


 とはいえ、某も二ヶ月ほぼ毎日耳元で騒がれ続ければ流石に慣れる。感覚で言えばカラオケに近いものがあるであろう。初めてカラオケボックスへ行った時はあまりの爆音に度肝を抜かれたものだ。慣れればどうということは無いのだが。


 そんな某達に、前方の建物の窓から顔を出した者たちが声をかけてくる。


「今日もやってんなー!」


「そおれ! お二人さん! これでも食らえ!」


「頑張れー! 今日は避ける方に賭けてんだ! 頼むぜ!」


 そう、貧民街は広いし、建物は高い。どの建物にも仕事が休みだったり、某の転生直後のような育児をするものだっている。今までは某が黙々と修行をしているだけだった故に、通行人たちとそう変わらずそこまで目立つことはなかった......筈だが、製材所の面々が加わり、更に動く拡声器とも言えるミルが某の背中に搭載されてしまった。


 こうなれば、貧民街にこれまで無かった娯楽として認識されるのは時間の問題であり、しかもやっていることが糞尿を駆け回りながら躱すことと知れれば自ずと意図的に某達を狙う者も現れるというわけだ。


「ござる君、いそいで! ここはこっちをねらっているバケツがいっぱいあるの!」


 ミルが興奮して言う。当然某の目にだって映っている。カラーバケツというわけでは無いのだが、どのバケツも木製や鉄製の手作りのものであり、作られた時期だって違うのであろう。それだけでとても色鮮やかに見えた。だが、そのバケツのグラデーションは某達にとっては悪夢への導きでもある。


「ぬああああああああ! これは流石に多すぎるでござる!」


 そう、多すぎるのだ。最近、某は汚れ無しで一日を終えられる日が激減した。というのも、最初のうちは狙っている人がいるとはいえ少数だった。少数であれば普段より簡単だ。いくら、ランダムに投げ込まれるよりは某に向かって正確に飛んでくるのだが、来ると分かっている攻撃は対処が比較的容易なのだ。ノールックで窓から大通りへ投げ込まれた糞尿の方が某に当てようとしていない分、かなり難易度が高いのだ。


 そんなわけで、某へ糞尿を当てようとしている者など、今思えば、居ないのと同じと言っても過言ではないほど余裕を持って躱しながら貧民街を駆け回っていた。


 とはいえ、それはこちらを狙う側にも伝わる。某があまりにも容易に躱し過ぎたのが原因だったのだろう。こうして某は研究されることとなった。まずは一人や、向かい側にいる数人で出来ること。つまり、射出するタイミングを合わせてきたり、逆に時間差をつけてきたり、今まで自由落下か放物線の軌道だった糞尿の軌道に放り上げを加えたり、逆に初速度を大幅に上げてきたり。


 だが、某は問題なく躱した。躱してしまったのだ。そもそも数人でやる程度であればどれだけ完璧に連携しようが今までと難易度は変わらない。貧民街の糞尿は速度もタイミングも出鱈目だったのだ。酷い時は偶然の産物であれ、糞尿のブラインドショットが飛んでくることだってあった。それに比べればにわか仕込みの連携や個人技など対策を練るまでもなかった。


 だが、それでも某とミルを狙う者たちは諦めなかった。


 個人技でどうしようもないのならどうするか?


 そう、某とミルの存在を周知し、貧民街のアイドルに仕立て上げてしまえばいい。その結果が、今、某の目の前で繰り広げられている、バケツ版スタンディングオベーション、だ。


「うわあ! ござる君、すごいすごい! ぜったいぜつめいでござる!」


「ミル! ちょっとしっかり掴まっておくのでござる。少々手を離す故!」


 絶体絶命もそうだが、最近、ミルは某の口調を真似し始めている......というか、そんなことはどうでも良いのだ! 今日こそこれを跳ねのけて見せる! 

 某はおぶさっているミルの足を支えている両手を離し、最近ずっと腰に差している父上作の木刀を腰から抜く。


 その瞬間、ミルは某をがっちりとホールドするようにしがみついた。


 ――む? そんなに強くしがみつけるのでござるか!?――


 某は、少し締まった首と、ものすごい力で挟み込むようにして腰に足を回したミルの力に驚く。 

 最近、ミルが強くなっている気がするのは気のせいであろうか? とはいえ、それをゆっくり考えさせてくれるほど、投下された大量の糞尿は待ってくれない。


「この程度の理不尽、跳ねのけられずして何が侍であろうか! いざ参らん! アドリューン式 迎刀術 覆転」


「あどりゅーんしき げいとうじゅつ ふくてんなの!」


 ミルが某の技だけを的確に復唱したのに驚きながらも某は刀を構える。


 実は、某はこの糞尿の人為的大量投下によって今までの技の限界を突き付けられることになっていた。というのも、今までは受けられない攻撃は避けるか受け流すか出来ればそれで事足りた。だが、この糞尿地獄の前にそれは通用しなかった。避けた先には既に避けられない位置に糞尿があり、受け流そうにも液体であることや、糞そのものの硬度に難(軟)ありというわけで、幾度となくミルと糞尿を被ることになっていた。


「ぬあああああああああああ!」


 某は、糞尿の滝とも言える中へ突っ込んでいく。避けられないのなら、受け流せないのなら、糞尿をはじく膜で少し前を保護するようなイメージで、被弾するまでに全て切ってしまえば良いのだ!


「きゃあああああ! たのしー! ござる君、もっともっと!」


 某は必死だ。一回斬っただけで水や糞の粒が何とかなったら今までの技でどうにか出来ていた。だが、液体を斬ればどうなるかなど火を見るよりも明らかであり、結果として某は全力の動作と、一つでも打ち漏らせば途端に糞尿まみれになるというプレッシャーの中で戦っている。


 ――どうしてミルはこの状況でそんなに楽しそうに出来るのだ!――


 そうは思っても某にそこを突っ込んでいる余裕などあるはずも無く、少しずつ糞尿の滝を捌いていった。


 そして、運命の時はやってくる。遂に、某の目の前から糞尿が消え、いつもの貧民街の大通りが目に映る。


「嘘だろ!? 汚れてないだと!」


「おい! 今日は汚れる方に銭貨三枚掛けてんだぞ! くそー! ここ数日安定して儲けさせて貰ってたのに」


「これだけ人数が居ても駄目だっていうのか? 化け物だろ!」


 某の目の前から糞尿が消えた時、そんな声が聞こえてくる。どうやら某は、あの糞尿の滝に勝ったらしい。


「やったね! ござる君! あーたのしかったの! へんなけんがびゅんびゅんうごいて、うんちとおしっこがどんどん、ござる君からはなれていって、ござる君もいっぱいいっぱいうごきまわってなんかもうとにかくすごかったの!!」


 それを証明するようにミルは背中からこれまでに無いくらい早口で、まくしたてるようにさっきの某の動きの感想を言った。とはいえ、一つ訂正しておかねばならぬであるな。


「ミル、これは、変な剣ではなくて、刀でござるよ」


「かたな?」


「うむ。これは某の目指す『侍』にとって、魂とも言える武器なのでござる。だから、変な剣とはいわず刀と呼んで欲しいのでござる」


 すると、ミルが「ふーん。そうなんだ」と言った後、急に静かになってしまう。某、何かしたであろうか? 少し心配になるが、某は気付く。ミルの手足の力が少しずつ抜け出していることに。某は慌てて刀についた糞尿を払い落とし、腰に差してある鞘へと納刀してミルの足を支える。


 だが、某もまた、ここで自身の異変に気付いた。


 ――不味いでござるな......手足が重いでござる。それに、思考が上手く纏まらなく......――


 どうやら迎刀術 覆転は相当に使用者に負担をかける技だった。これまで成功していなかったゆえにそこまでの疲れを感じることは無かった。だが、初めての成功で分かることもある。


「これは不味いでござるな。まだ、昼真っ盛りであるのに、既にいつもの修行終わりよりも疲労感があるでござる」


 結局、この後、消耗しきった某は、いつも通りの動きをして倒れるわけにもいかず、動きをセーブしたのだが、疲れ切った頭では上手く降ってくる糞尿を処理できるはずもなく、結局夕方になるころにはミル共々糞尿まみれになっていた。


 と言っても、ミルは某の背中で眠ってしまっていた。糞尿まみれになっているにもかかわらず起きないとは、もしかすれば某同様にあの糞尿の滝に興奮して疲れたのやもしれぬな。

 そう思いつつも、製材所まで歩き、ミルを親方に受け渡した後、某も家に帰った。新しい技の成功の達成感と、そのあとの反省について疲れた頭を巡らせながら......


 次の日、某は久々に熱を出して修行を休んだ。某の戦闘指南役の代わりは母上が勤めるという。ああ、ご愁傷様でござる。確か今日は一番糞尿回避が苦手なグループでござったな。母上のやり方は中々スパルタ故に苦労していないと良いのだが。


 そんなことを思い、某は久々の熱にうなされながら一日をベッドで過ごした。


 そして夕方、体力がついたおかげか熱が下がるまでにかかる時間も短くなり、すっかり良くなった某は仕事から帰ってきた母上と父上を出迎えた。


「おかえりでござる!」


「ただいま、アドリューン、元気になったようで何よりね」


 そう言って笑う母上には跳ねどころか、汗一つかいた後が無いようにも見える。本当に、化け物ではないであろうか? 某はそう思う。


「ただいま、今日修行だった見習い達が製材所に戻って来たとき、早くよくなってアドリューンに戻ってきて欲しいって言ってたぞ」


 これは間違いなく母上のやり方の問題であろう。某は今日が修行日となってしまった唯一見習いだけで構成されている、糞尿回避苦手グループの面々に手を合わせた。


 そうして、父上と母上が帰ってくれば、灯りのないこの家では日が完全に暮れるまでに食事の準備をしなければならず、休む間もなく手早くいつものスープ作りに移っていった。


 その後、食事で今日の母上が行った修行のことについて聞いてみたり、父上に今日の親方......製材所の様子を聞きながら団らんの時間を過ごした。

 そこで、今日はミルも貧民街に来ていなかったと聞いて少し心配になったが、父上が親方から聞いた話曰くただの風邪だという。


 某はそれなら数日休めばなんとかなりそうでござるなと思った。

 こうして、食事を終え、完全に日が暮れた後、某は気温が上がったにもかかわらず、活発なままの異世界ノミと共に眠りについた。


 だが、ミルが病気に倒れたことは製材所を襲う荒波の始まりでしかなかったと、この時は知る由もなかった――。








 はい! まさかのミルがアドリューンの背中の上に来ただけで、一気に修行の段階が進みました。今まで、糞尿の雨といえどほぼ単発だったのが、ミルのおかげでヘイトが集まり、滝に変わる......ミルはもしかすればタンクの才能があるのか!?


 ......冗談はさておき、どうして人は糞尿を嫌がるのか。次回からはその根源に迫っていこうと思います。知っていますか? 兎などの小動物には糞を食べる生態を持つものも珍しくないんです。魚なんかも食べる子はいますよね。でも人は避ける。当然臭いや味の問題はあるんでしょうけど......続きは読みながら楽しみにしていただければと。では。



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