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侍の心得其四十九 子供とは難儀なものである

 申し訳ありません。日付変わってしまいました......

 どうぞ、昨日の投稿分お納めくださいませ。

「わぁ! すごいすごい! いっけー! ござる君」


 ――うぅ、耳がちぎれそうでござる――


 某の耳元で興奮してはしゃぐ声で耳がキーンとなるような感覚に思わず眉をひそめる。初めてミルがここへ来ていることが明らかになって数日、今は製材所の見習い達の修行を見ている......そう、見ている筈なのだ。だが、某の背中には元気に声を上げながらも身を乗り出すミルがいた。


 こうなったわけは、話せば少し長いのであるが、事の発端は、ミルが貧民街へと来ているのが発覚し、親方が色々と気の毒な目に遭った次の日に遡る。


 ――――


「もうむりなの! ござる君はござる君なの! どうしてもいやなら、そのへんなおはなしのしかたをやめたらかんがえてあげてもいいよ!」


「わかったでござる。この話し方を直すのは無理故に好きに呼ぶでござる」


 某は周囲の目があったこともあり渋々、呼び名を受け入れるとミルは上機嫌そうに笑った。

 そうして、ちゃっかり某の隣を確保した。

 とはいえ、ミルが居たからといって某は自分の仕事を放棄するわけにもいかぬ。そんなわけで、ミルはいないものと考え、皆に向かって指示を出そうとした。


「では、これより――」


「では、これより!」


 すると、隣にいたミルが某の言葉を急に復唱し出したのだ。急だったので驚いてミルを見ると、してやったりといった表情で楽しそうに某を見る。

 某はこの瞬間しまった、と思った。これは相手にしてはいけないタイプのいたずらなのだ。復唱遊び。つまり、自分が相手にしてもらう為に相手の喋った言葉をそのまま真似して少しでも構ってもらえたら味を占めたかの如く繰り返すとても厄介なものだ。


 それでも某は指示を出さねばならずそのまま続ける。


「いつものように」


「いつものように!」


「修行を始める」


「しゅぎょーをはじめる!」


「各自、貧民街の大通りにある程度距離をあけて散って欲しい」


「かくじ、ひんみんがいのおーどーりに......ちってほしい!」


 こんな風に真似をされ、こちらを見ている見習い達におおよそこれから修行が始まるとは思えない微笑ましいものを見るような視線を向けられる。

 いくら五歳の女の子とはいえ、自分に向けられている視線に込められた感情が好意的か否かくらいかは分かるのだ。それ故に猶更嬉しそうにしている。


 某とて六歳半であり、こういう類の視線は見た目そのままの年齢あればそう気になるようなものでは無かったのだろう。だが、某には前世を含めれば二十を軽く超えるだけの時間を生きていた。つまり、こういう視線の中に居るのは、恥ずかしく精神的に相当堪える。


「ええい! そんな目で見てないで早く修行を始めるのでござる! これ以上見ているようであると、親方に伝えて減給してもらうでござるよ!」


 某は思わず場の雰囲気に耐えかねて声を張り上げる。すると、流石に減給になるのは不味いと思ったのか、見習い達はそそくさと貧民街の大通りへと入っていく。全く、某、ただでさえ、こんな見た目なおかげで威厳が無いというのに、これ以上削られては立つ瀬が無くなるではないか。


 某は伝わるとは思っていないがミルに不服の視線を向けておく。だが、予想通りミルはそんな視線など意にも返さず、某を引っ張って貧民街へと移動する。本人の張り切り具合から伝わってくるが、貧民街の中に入りたくて入りたくて仕方がないらしい。


 しかし、ミルは凄いであるな。ミルは親方の娘である。故に平民だ。製材所で某が木材運搬を始める前......某は親方に命じられた半年間の修行の成果を見せることになった時、親方とベルノでさえ貧民街に入るのが嫌というのを隠しもせず押し付けあっていた。

 この修業にしてもそうだが、未だに平民出身の一部の見習いはこの修業をやろうとはしない。聞くところによれば、この修業によって視野が広がり、動きが変わり始めている修行組に打ち上げトーナメントで勝てなくなりつつあってもだ。


 某だって最初はこの貧民街が嫌で嫌で仕方がなかった。なのに、ミルは自分から貧民街に入っていこうとしている。


「もー! ござる君! 引っぱるのもたいへんなの! とまってないではやくいこうよー!」


「すまぬでござる。いくでござる」


 こうして、今日の修行が始まる......はずだった。


 だが、貧民街に入った途端、隣でベチャ! という音がした。そう、ミルに糞尿が急にヒットしたのだ。某は見えていたので当然回避している。やろうと思えばミルを引っ張って回避することも不可能ではなかった。だが、貧民街に入れば遅かれ早かれ当たることにはなるし、某とてずっと糞尿回避に付き合う訳にもいかない故に、某は自分だけ避けた。


「わぁ! くさーい!」


 だが、糞尿に当たったにもかかわらずミルは興奮して喜ぶ。何がそんなに嬉しいのかはさっぱりだが糞尿に当たるのが嫌だからと大人しくしてくれるわけではないらしい。そのあとは散々だった。某は糞尿で汚れはしなかったものの、貧民街をハイテンションで駆け回るミルをずっと見ていなければならず、その合間合間で修行している見習い達にアドバイスを出さねばならなかったのだから。


 とはいえ初めてミルが来た日はなんとかなった。


 だが、問題はそう簡単なものでは無かった。ミルはその後も週一日の製材所の休日で修行が無い日を除いて毎日貧民街へとやってくるようになった。


 職人の修行の日には親方にまでミルを頼むと言われた。なんでも、家で縛り付けておきでもしない限り勝手に出て行ってしまうんだそう。行き先が分かっているだけに、無理に押さえつけて爆発させるよりはマシだとそのままにしているそう。


 そんな親方のいたたまれない顔を見て親というのは大変なんだなと思いつつ、某はミルが勝手にどこかへ行ってしまわないか目を光らせながら修行をこなすようになった。


 そうして、ミルを見ながら修行をこなすのに慣れてきた頃、急にミルが拗ねた。


「ねぇ、なんで、ござる君はいつもきれいなままなの? ずるい!」


「そうは言ってもでござるな......」


 そう、子供の癇癪とはいつだって突然だ。何がきっかけになるのかは分からない。確かにミルは貧民街になんのためらいもなく入ってきたし、糞尿で汚れたっていつも楽しそうにしていた。だが、気付いてしまったらしい。某が汚れていないということに。


 とはいえ、ミルは本当の子供なのだ。某のように前世の記憶があって体の動かし方を知っているわけでもなければ、修行をしているわけでもない、ただの五歳の女の子。某を除けば最低でも十歳を超える、既に働いていてある程度体力のある見習い達であっても苦労する糞尿回避を、一朝一夕で出来るようになるほどこの世界は甘くない。


 つまり、どうなるか。この日からミルは事あるごとに邪魔をしてくるようになった。それは直接的なものではない。ミルはおそらく、ずっと某が気にかけていることに気付いていた。だからこそ、貧民街から外に出たり、逆に今まで動き回っていたのをじっと動かずにいたりして、某が見習いや職人たちを見回るのを間接的に邪魔するようになったのだ。


「ミル、貧民街の中に居る分には何をしてもかまわぬでござる故に、外に行くのだけは勘弁してくれぬでござるか?」


「やだ! ござる君はうんちにあたらないほうほうを教えてくれないんだもん」


 誤解である。某はちゃんと教えた。だが、これをやるには体づくりから始めるのが絶対条件であり、それは糞尿回避からはかけ離れているものばかり。結果としてミルは某が意地悪をしたと思ったらしくそれ以来いつもこんな調子だ。


 そんなわけで某は、こんな時に最も頼れる存在に相談することにした......


 ミルに手を焼かされながらも修行を終えて家に帰った後の食事の時間。転生してから相も変わらず毎日同じ、トズとクリュウの入ったほとんど味のしないスープを口にしながら母上に尋ねる。


「母上、最近、貧民街で某がやっている修行に親方の娘が来ていることは知っているでござるか?」


「ええ。勿論よ。だって製材所にいる時の親方の様子が面白過ぎるんだもの」


 どういうことかと尋ねると、ミルのことが心配で、少しでも暇があれば職人の修行の日以外も抜け出して貧民街を覗きに行ったり、仕事中に頭が急に明滅するのだそう。しかし、親方がこっそり見に来ているのには全く気付けなかったでござるな。暇が出来た時にでも修行法を考えねばなるまい。

 貴族と対峙する以上気付けなかったで死ぬのは御免である。


 とはいえ、今、この話は重要ではない。某は今のミルの現状について余さず母上に話した。


「うーん。そうねぇ。そういう時は放っておいたり、叱ったりして我儘を言うのを辞めさせるのが一番だとは思うのだけれど、アドリューンはほとんど年が変わらないからどうしてもミルちゃんに理解させるのが難しいのよね。叱るのも効果が薄そうだし」


「うーむ。母上でもお手上げでござるか」


 某はがっくりとうなだれる。これはベルノさんに聞きに行くしか無いのであろうか? とはいえベルノさんは独身故にこういう時は頼りにならないであろうし、親方は娘を心配したり贔屓する故にあまり有効な意見を聞けないのは目に見えている。

 これは中々厄介である。


 そう思った時、この話を一緒に食事しながらじっと聞いていた父上がこう提案した。


「叱っても駄目、ほおっておくことも出来ないのなら、そこはアドリューンらしくやってみたらどうだ?」


「某らしく、でござるか?」


「ああ、つまり、ミルちゃんを修行道具として見てみたらどうだってことだ。面倒を見ないといけない子供だと思うからこうして大変な思いをすることになるんじゃないかって」


「それは盲点でござった......!」


「あら、たまには良いこと言うじゃない!」


 某と母上は父上の意見に思わず身を乗り出して頷いていた。

 そうである。親方の娘の登場の仕方があまりにも印象的であったがゆえにどこか、親方のために某が面倒を見なければならないと思い込んでいた。だが、必ずしもそうであるわけではない。某はいつだってエゴイスティック! 使えるものはなんだって......糞尿から親方に至るまでなんだって使ってきた。此度はそれが親方の娘になっただけではないか!


 思考が切り替われば新たな案が生まれる。こうして母上に相談した次の日の修行から某はミルを背負ったり肩車をしたりして動き回ることになったのだ。



 というわけで、今日はミルちゃんの我儘について書いてみました。子供って自分の言うことをどれくらい聞いてくれるのかなとか、構って欲しいという裏返しで我儘を言うんですよね。逆に信頼されていなければ我儘すら言ってくれないのでござる君は年が近いのもあって結構ミルちゃんの中では信頼されているのです。(他の見習いや職人には割と人見知りしますし、我儘も勿論言いません)


とはいえ、次回からは状況が一転します。どう一転するのか。それはお楽しみということで。ヒントは、『糞尿』です! え? ヒントになってないって? 


......では。(逃走)

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